短い夢@

□メリークリスマス
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イブの夜。夕食後。

「あら。いいじゃない。」

「…意外と、いい体してるのね。」

「普段着てる服、ちょっと変えてみたら?」
名無しさんの着替えとメイクを手伝ったナースの面々が口々に肯定的な意見を言ったものの。

「いいよ、そんなおべんちゃら。」
と名無しさんは仏頂面のまま。

「ほら。そんな顔しないで。ここまで来たら、楽しんだ方がいいんじゃない?」
ニッコリ笑ってそう言ったナース長にそう言われて名無しさんは腹をくくった。

「…だね。よし!こうなったら、嫌がるクルーに思いっきり絡んでやるっ!」
気持ちを入れ替えた名無しさんはプレゼント(中身は小さな酒瓶)が入った白い大きな布袋を担ぐと、

「行くぞ!」
と気合を入れて甲板に出た。

「…嫌がられないと思うけど…。」

「ねぇ。」
そう言ったナースたちのつぶやきは本人の耳には届かなかった。



「メリークリスマース!」
もうこうなったら恥ずかしがってる方が恥ずかしい!そう開き直った名無しさんが甲板で会うクルーにどんどんプレゼントを渡していく。

「…え?誰?」

「あれって…?え?マジ?」
猛スピードでプレゼントを配り歩く「サンタ」をクルーたちが振り返る。さっさとクルーへの配布を終わらせて、きっと船長室で飲んでいるであろう隊長陣に嫌がらせをしに行くことしか考えていなかった名無しさんは、クルーたちの視線を釘付けにしていることなど全く気づいていなかった。
モビーをぐるっと一周周り終えてから、コンコンと船長室のドアをノックすると、名無しさんは返事を待たずに

「メリークリスマース!」
と声を張り上げてドアを開けた。

「おぅ!来たか…。」
真正面に座った白ひげの眉が上がる。名無しさんをじっと見ると、

「グラグラグラ!いいじゃねぇか!おら、こっちに来い!」
と手招きをして名無しさんを呼び寄せた。名無しさんはにっこり笑うと、素直に白ひげに向かって真っすぐに進んだ。
ドアが開いた瞬間一斉に振り返った隊長たちは、白ひげに向かって歩く名無しさんを茫然と見ていた。

「え?え?名無しさん?」
唯一声を発したサッチも開いた口がふさがらない。
白ひげは名無しさんを自分の膝の上に座らせると、

「プレゼントはいらねぇ。酒をついでくれ。」
と言ってグラグラと笑うと、大きな盃を名無しさんの前に出した。

「っていうかさ、立派な白いお鬚があるんだから、オヤジがサンタすればいいんじゃない?」

「ああ?いや。今年からサンタはおまえで決まりだ。なぁ、サッチ。」

「え?あ!ああっ!来年もよろしくっ!」
いきなり白ひげに声をかけられたサッチが慌ててそう言うと、

「はぁ?何言ってんの?もう十分でしょ?オヤジも、バカなこと言わないでよね。」
と名無しさんがサッチを睨んだ。だが、サッチは

「いやぁ。いっつも足出してるナースよりなんだか新鮮でいいなぁ。」
といやらしい目つきで名無しさんの足を見る。

「オヤジ!名無しさんを独り占めすんなよっ!ずりぃぞ!」
ラクヨウがそう叫ぶと、

「グラグラグラグラ!いい女はいい男のもんだ。」
と言って、白ひげが酒を煽った。

「オヤジまで、何いってんだか…。」
全く、オヤジも口がうまいよ、なんて思いながら空になった盃にもう一度酒をつぐと名無しさんは白ひげの膝から飛び降りてサッチに近づいた。

「さぁて。サッチさん。あなたのせいでこんな格好になってんだから、責任取ってもらいましょうかね〜?」
そう言って、酒をサッチのジョッキに注ごうと名無しさんがサッチに詰め寄ったのだが。サッチはにや〜っと笑うと、ぐっと名無しさんの腰を引き寄せて、胡坐をかいている自分の膝の上に座らせた。

「え?ちょ、ちょっと!サッチ!てめぇっ!」

「いや〜。ここまで化けるとは思わなかったぜぇ!おまえ、いっつもあんな恰好して、もったいねぇことしてんじゃねぇよ!」

「おい!サッチ!おまえ何抜け駆けしてんだよっ!」
ラクヨウがそう抗議をすると、サッチの膝に乗っていた名無しさんの体が宙に浮いた。

「え?え?」
名無しさんが驚いて振り返ると、背後にはジョズ。ジョズは後ろから名無しさんを抱き上げてサッチの上から降ろすと、そのまま隊長の輪の中に降ろした。すかさずラクヨウが名無しさんの横に座って酒を注げと名無しさんに促す。

「え?あ、お酒?」
本来は「あー!なんでおまえなんだよっ!」とか「こっち来んじゃねぇ!オレはきれいなナースのコスプレが見たかったんだよっ!」なんて悪態を聞くだろうと想定していた名無しさんは、隊長たちの反応に戸惑っていた。
エースに至っては

「こいつ、名無しさんなんだよな?」
なんて言っている。

「…みんな、酔ってる?」

「酔ってねぇさ。オレもまさかおまえがこうなるとは思わなかったねぇ。」
気が付けば、ラクヨウの反対側にはイゾウ。ニヤッと艶っぽい笑みを浮かべながらお猪口に口をつけている。

「そ、そうなの?」
むしろゲテモノ扱いされることに慣れていた名無しさんは、急に居心地の悪さを感じて萎縮する。それまで開き直って堂々としていたいのに、急に恥ずかしくなってきて足や胸元を隠すように身を縮めた。と、そこでラクヨウが名無しさんの腰に腕を回したもんだから、名無しさんは思わず立ちあがって隊長の輪の中から逃げ出すと、白ひげの横に座っていたマルコに泣きついた。

「マルコ!みんなおかしいよっ!」
ちらっと名無しさんを見たマルコは、

「まぁ、しかたねぇよい。」
と呆れたように言うと、自分の羽織っていたシャツを名無しさんの肩にかけた。

「おい!マルコ!何やってんだよっ!」

「余計なことすんじゃねぇ!」
サッチやエースが抗議の声をあげるが、名無しさんはマルコが肩にかけてくれたシャツをしっかりと握ると、

「ありがとう。」
と言ってマルコに微笑んだ。マルコはニヤッと笑うと、何もなかったように酒を飲み続ける。

「あいつらやばいよ。私を女扱いするなんて、みんなよっぽど欲求不満なんだよ。さっさと次の島に上陸したほうがいいよ。」
名無しさんがそうマルコに囁くと、マルコは

「あー、まぁ、そうかもしれねぇな。」
とだけ言って黙々と酒を飲み続ける。いつもどおりに落ち着いているが、むしろ若干機嫌が悪そうにすら見える。

(…一番反応して欲しい人はまるで興味なしってわけね…。)
密かにマルコに好意を抱いていた名無しさんは、他の隊長たちとは対照的に全く自分に興味なさ気に黙って酒を飲み続けるマルコに小さくため息をつくと、肩にかけられたマルコのシャツを脱いだ。

「ありがと。もう、大丈夫。」

「え?」
マルコは何か言いたそうにしていたが、名無しさんはそれを振り切るように立ち上がった。

「サッチ!もうこれで約束は果たしたからねっ!」
そう隊長陣に言い渡すと名無しさんはすたすたと歩いて、船長室を出て行った。

「え?もう?ちょっと待てよっ!おまえ、もうちょっと酌してけって!」
後ろでそんな声が聞こえたが、名無しさんはそんなサッチの声も、通りすがりに振り返るクルーたちも無視して女部屋に戻った。
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