長い夢「何度でも恋に落ちる」

□ Happy Birthday
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翌朝、食欲なんて全然なかったが、名無しさんはとりあえず食堂に向かうと、一、二口果物を摘まんですぐに自室に戻った。ベッドに寝っ転がって本を開いたが、相変わらず本の中身は全然頭に入ってこず、大きなため息しか出ない。さっき起きたばかりだけど、また寝てしまおうかと思ったところで、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」
返事をすると、顔を出したのはマルコだった。

「よぉ。」
一瞬、何かを期待する自分に気が付いたが、名無しさんはすぐに昨日終日隊長会議だったことを思い出し、きっとそこで決まった何かの連絡だろう、と考え直した。

「何?」
そう言って気だるそうにマルコを見ると、マルコがニヤリと笑った。

「ちょっと付き合えよい。」

「…は?」

「誕生日プレゼント、欲しいんだろい?」

「え?」

「上着、忘れんなよい。この前も寒いって大騒ぎしてたからな。」
それだけ言うと、マルコは名無しさんの返事を待たずにドアを閉めてしまった。

「え?ちょ、ちょっと?マルコ?」
名無しさんは慌ててベッドから飛び降りると、すぐにマルコを追おうとしたが、上着を持ってこいと言われたことを思い出して、一度触れたドアノブから手を放してクローゼットに戻った。上着をひっつかんで部屋を出ると、すでに両腕を翼に変えたマルコが待っていた。

「早くしろよい。あいつらに見られると面倒くせぇ。」

「あ、あいつらって…?」
いろいろ聞きたいことがあったものの、マルコがそのまま全身不死鳥に変身してすぐにでも飛び立ちそうな体制に入ったものだから、名無しさんは大急ぎで上着を羽織ると、おぶさるようにマルコに捕まった。

「行くよいっ!」
大きく翼を広げると、マルコは一瞬モビーから落ちるように急降下した。海面に落ちるんじゃないかと思った瞬間、風をとらえたマルコの翼が大きく開いて気流に乗った。ぐるっと右に旋回しながら、そのままぐんぐん高度を上げる。マルコの首にしがみ付いていた名無しさんは肩越しに振り返って小さくなるモビーを見下ろした。しばらくして、マルコの飛行が水平になったところで名無しさんがマルコの背中に座ると、前方に小さな島がいくつも見えてきた。

「順調に進めば、明後日にはこの先の大きな島に上陸の予定だよい。」
マルコがそう背中の名無しさんに説明を始めた。

「ただ、この小せぇ島の間を縫って大船団を動かすのは簡単じゃねぇ。昨日の会議はそれで紛糾しちまった。」
そう言われて名無しさんは下を見下ろす。確かに、上から見ている分にはとても綺麗な風景だが、航海するとなるとやっかいだ。場所によってはモビーがギリギリ通れるかどうか、という幅の場所もある。

「しっかり見とけよい。一応『偵察してました』ってのが言い訳だからよい。」

「え?」

「捕まってろい。振り落とされんなよっ。」
マルコはそう言ったかと思うと、ぐっと高度を下げた。斜めに傾くマルコの体に、名無しさんは慌ててまたマルコの首にしがみつく。マルコは名無しさんが自分にしっかり掴まったことを確認すると、さらに高度を下げて島々の間を縫うように飛び始めた。海面から飛び出した切り立つ岩山すれすれに飛ぶと、驚いた海鳥たちが一斉にバタバタと飛び立った。

「きゃぁっ!」
驚いたような名無しさんの声が聞こえるが、すぐに楽しそうな笑い声が響くと、マルコはニッと笑って今度は一気に高度を上げた。ほぼ垂直に飛ぶマルコに名無しさんが再び楽しそうに声を上げる。雲を突き抜けたところで、マルコは前方に大きな島を確認して速度を落とした。

「これ以上はちょっと目立っちまうな。」
マルコは、大きく翼を広げたままゆっくりと降下すると、最寄りの小さい島の上に降り立った。眺めのいい崖の上に足をつけたところでマルコが変身を解いたから、名無しさんもマルコから手を放して自分の足で立った。

「満足かい?」
ニヤリと笑うマルコに名無しさんも

「うん。ありがとう。すごく楽しかった。」
と笑って答えた。
背の低い草が生えた地面の上に、マルコが腰を下ろしたので名無しさんも横に座る。

「そもそも昨日は終日会議だったからちょっと厳しいってのもあったが…。今日ならもう島の上を飛べると思ったからな。何もねぇ海の上を飛んでるだけじゃつまんねぇだろい?」
マルコは正面の海を見たまま続けた。

「とは言え、当日に『おめでとう』くらい言えるかと思ったら、結局終日缶詰だ。ま、おかげでオレにとってもこの『散歩』はいい気分転換になったよい。」
そう言うと、マルコは大きく伸びをして草の上に寝っ転がった。

「『散歩』じゃなくて『偵察』なんでしょ?」
横に寝転ぶマルコを見下ろしながら名無しさんがそう言うと、マルコはニヤッと笑って

「あー、そうだったよい。帰りにもっとしっかり見といてもらわねぇとなぁ。」
と言って目を閉じた。

「こういう時は、能力者はいいな、って思うんだけどね。」
そう言った名無しさんをマルコはチラッと見る。

「鳥になれるかどうかは食ってみねぇとなんとも言えねぇからなぁ…。ま、何になってもそれはそれで面白れぇけどな。」
そこまで自分で言ってみて、火拳を使う名無しさんや、ダイヤモンドになっている名無しさんを想像して、思わずマルコの口から本音が漏れた。

「…でも、能力者のおまえは怖ぇな…。」
名無しさんはそんなマルコを一瞬ジロッと睨んだが、すぐにふっと笑うと、

「私、能力者にはなりたくんだよね。」
と言った。
あまりにはっきりと言い切る上に、日頃強くなりたい、女だから舐められたくないと思っている名無しさんの発言とは思えず、マルコは驚いて名無しさんを見た。

「だって、泳げなくなっちゃうでしょ?そしたら能力者が海に落ちた時にこまるじゃん?」

「まぁ、そりゃそうだけどよい…。」
それが理由なのか?と納得しない様子のマルコに名無しさんはふっと微笑むと、

「もちろん、私じゃなくてもいいんだけどね。この前マルコが言ってたみたいに、毎回私が助けに行くのも変だし、もっと若者には頑張って欲しいけど。でも、ね。」
と言った名無しさんの視線は、まっすぐに遠くの海を見つめていた。

「船に乗ってすぐ、私、何もできなかったでしょ?そこら辺の女子よりは強い自信はあったけど、白ひげ海賊団の中じゃ中の下って感じだったし。前も話したけど、読み書きもできなかったし。でも、泳ぐのだけは比較的早い方だって気が付いたんだよね。」
昔を懐かしむように、遠くを見たまま名無しさんは続けた。

「もちろん、ナミュールが一番だし、そこには絶対勝てないんだけど。でも、一番最初に落ちたことに気が付いてすぐに飛び込むスピードも込みなら、負けないことに気が付いたの。しかも、陸上で親父やジョズを担ぐのは大変だけど、海の中で引っ張って泳ぐなら私にもできるってわかって。初めて自分が戦力になれることを見つけた気がしたんだよね。」
マルコは真っ青な空を見上げたまま名無しさんの話を聞いていた。

「それに、もう、誰かが落ちたら条件反射で飛び込む癖がついちゃってるから、今泳げなくなったらやばいと思うんだよね。」
そう言って名無しさんが笑うと、マルコも

「そりゃ周りにも大迷惑だよい。」
と言って笑った。
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