長い夢「何度でも恋に落ちる」

□もっともらしい理由
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自室に戻ったマルコは、読みかけの医学書を机に広げたものの、大きくため息をつくと両手を頭の後ろで組んで天井を仰いだ。
考えてみれば、能力者が海に落ちると名無しさんが飛び込むことが多い。もちろん、他の隊員や隊長が助けに入ることもあるが、何しろ一番素早く動けるからか、無茶をするエースや、隊長ではない能力者をよく拾い上げている。(マルコやジョズ白ひげがめったなことでは海に落ちないから、必然的に拾われる面々はそいつらになるのだが。)その事実は別に驚くことでもなんでもないが、今日の今日まで、マルコはそのことを気に留めたことはなかった。

「…なんとも、なぁ…。」
大きくため息をついたマルコは、あの場で咄嗟に思いついた「もっともらしい理由」に自嘲する。確かに、古株の名無しさんが飛び込むのではなく、若い衆がすぐに飛び込めるようにすべきだ。俊敏に臨機応変に対応できるクルーが増えるのがあるべき姿だから、隊長陣や名無しさんを含めた古株連中が高みの見物をしていられるようにしておけと指示を出すことに何の違和感もない。むしろ、もっともな意見なのである。

「我ながら、不純な動機だよい。」
伸ばしていた体を戻して、マルコは机に頬杖をついた。マルコは、その「もっともらしい理由」があくまで後付けで出てきたことを認識していた。本当は名無しさんが他の男を担ぐこと、大勢のクルーの前で濡れた体をさらすこと、或いは、めったにないが、たまに今日のように水着姿になるのが嫌だったのだ。マルコはもう一度大きくため息をついた。

(…まさか、こんなことを考えるようになるとは思わなかったよい…。)
急速に二人の距離が縮まっていることはマルコも感じていた。そして、それは嬉しくはあっても、嫌なものでは決してなかった。もともと、実力もあれば努力もする奴だと名無しさんのことを認めてはいた。ただ、今となっては女であることで苦労してきたがゆえなのだと理解してはいるものの、ちょっと前までは自分に対する「壁」のようなものを感じていた。そして、共通の趣味を介して、その「壁」がなくなったことを実感していたが、それはあくまで「クルーとの仲が深まった」程度のものとしか思っていなかった。
それが、あの日。名無しさんに命を救われて、一晩無人島で一緒に過ごした。マルコの脳裏に、あの日のことが蘇る。
特に指示をしなくても名無しさんと阿吽の呼吸で役割分担をしていたこと。仲間が助けに来るだろうことを疑いもせず、むしろその遅れから仲間の安否を気にしていたこと。自分はいいからモビーの様子を見に行って欲しいと言ったこと。その一方で、その提案に対するマルコの反論を素直に受け止めたこと。判断力もそうだが、名無しさんの仲間や自分に対する信頼をマルコは肌で感じた。何も言わなくても意思の疎通ができることに居心地の良さを感じた。
だが、それだけではなかった。負傷した自分を必死で助けようとしていた時の不安げな顔。極度の緊張から解き放たれて号泣した時の顔。親父の悲しむ顔が思い浮かんだと、マルコを見捨てなかった理由を話した時の顔。完全に「壁」の消えた、素のままの名無しさんの表情を思い出す。そして、何よりも、あの自分の腕(翼)の中の安心しきった寝顔を思い出して、マルコは自分の顔が熱くなるのを感じた。今思えば、そもそもあんな行動に出た段階で、もう、自分は名無しさんに惚れていたのではないか思った。あの時マルコは、照れがあったのと、もしかしたら名無しさんに拒絶されるかもしれない、という不安から、敢えて不死鳥に変身して名無しさんを抱きしめた。少しでも名無しさんが拒むような態度を取れば、すぐに引き下がるつもりだった。それなのに、そっと自分の翼を撫でてすり寄ってくる名無しさんに、愛おしさしか感じなかった。
あんなに安心しきって爆睡した名無しさんに、自分は全く「男」として見られていないのだろうか、という不安もよぎったが、当初あった「壁」を考えれば、無防備に触れさせてくれた事実だけでマルコは十分に満足していた。

「とりあえず、これから海に落ちた奴を拾うのはもうちょっと若い奴らにしねぇとな…。」
フッと笑うと、マルコは次回の隊長会議で全隊長に指示を出そうと決めた。
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