長い夢「何度でも恋に落ちる」
□掘り出し物
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「ねぇ。マルコ見なかった?」
名無しさんがそう声をかけると、
「…見てねぇな。」
とジョズは答えた。
「んもぉ!どこ行ったんだよっ!」
思いっきり不機嫌な顔をして走り去る名無しさんの背中を見ながら、何かの緊急事態かとジョズは一瞬思ったものの、
「アホマルコー!出てこい〜!」
と名無しさんが叫んだから、きっと大した用事じゃないんだろうと判断した。
「誰がアホだい、バカヤロウ。」
「痛ぁい!」
船長室から出てきたマルコが名無しさんの背後から思いっきり頭をひっぱたくと、叩かれた頭を押さえながら名無しさんが振り向いた。
「ちょっと!せっかく人がいいもの見つけたから大急ぎで教えてやろうと思ったのにっ!」
「あ?いいもの?」
「そう!ほら、行くよ!売れちゃったらどーすんのよっ!」
名無しさんはそう言うと、わけがわからない、という顔をしたマルコの手首を掴んで走り出した。
「おい!どこに行くんだよいっ!」
「お?手なんか繋いで、どーしたんだ、おまえら?」
サッチがそう声をかけると、
「これのどこが手を繋いでるに見えんだよいっ!」
と文句を言いながら、マルコは引きずられるように名無しさんと船を降りて行った。
「おい!いい加減にしろっ!一体オレをどこに連れてくつもりなんだよいっ!」
小走りで走る名無しさんに同じく小走りのマルコが声をかけると、
「ここだよ、ここ。」
と言って名無しさんが小さな店の前で止まった。
「…古本屋?」
「そ。ほら、来て、来て!」
そう言った名無しさんは楽しそうにマルコを中へ連れて行こうとする。
読書の趣味が同じだとわかってから、若干距離が近づいたとは感じていたものの、相変わらずマルコと名無しさんは隊長と隊員であり、同年代の仲間であり、腐れ縁ってもんでしかなかったから、白ひげ海賊団に関わること以外で名無しさんがマルコに絡んでくることは珍しかった。しかも、こんなに騒がしい名無しさんも珍しい。
「何なんだい、一体…。」
そうぶつぶつ言いながらも名無しさんに誘導されるままに古本屋に入っていくと、店主と思わしい人物が名無しさんを見て
「さっきの姉ちゃんかい。安心しろ、あんなもん、誰も買わねぇよ。」
と笑いながら言った。
そんな店主に名無しさんはにこっと愛想笑いをすると、そのまま店の奥に進んでいく。訳も分からずマルコが付いていくと、
「ほら、見て、これ。」
と言って、本棚を指さした。
「あ?」
マルコがいぶかし気に見上げると、すぐにその表情が変わった。
「…こりゃあ…。」
「ね?すごいでしょ?でもね、それだけじゃないんだよ。」
そう言って名無しさんは分厚い図鑑のような本を一冊本棚から取り出すと、ひっくり返してそこについている値札をマルコに見せた。
「…マジかい。」
「これだけが安いんじゃないの。あれ、全部同じような値段なんだよ。」
そう言われて、マルコは目の前にある本を何冊か本棚から引っこ抜くと、ついている値札を確認する。
「こりゃぁ…すげぇ。」
マルコが見上げた本棚にはびっしりと医学書が収められていた。そして、その本につけられた値段はどれも数百ベリー程度。
「もう持ってるのもあるかもしれないけど…。」
「ああ。でも、ねぇのも結構ありそうだよい。」
目を輝かせて本棚を見上げるマルコの様子を見て名無しさんはニヤッと笑った。
「どっかの船乗りだか海賊だかが、もう船を降りるからいらねぇって大量に持ち込んできたんだよ。この手の本は新品を買えば高ぇがあんまり欲しがる奴がいねぇならなぁ。ずーっとそこで場所を取っちまってるから、こっちとすればそんな値段でも買い取ってくれるとありがてぇんだよ。」
本棚を眺める二人の後ろから店主がそう声をかけた。
「まとめて何冊か買ってくれるなら、オマケするぜ。」
店主の最後のセリフに、マルコと名無しさんは同時に振り向いてから、顔を見合わせた。
「やったね!」
そう言って名無しさんがニヤッと笑うと、マルコはバシっと力強く名無しさんの肩に手を置いた。
「いいもん見つけてくれたよい!」
それからマルコは本棚に手を伸ばしては、気になる医学書を取って中身を確認した。すでに持っているもの、いらないものを本棚にもどして、買いたいものを自分の横に積み上げていく。冊数にしては大したことはないが、どの本もまるで辞書のように大きい上に、1冊で10センチ、或いはそれ以上の厚さがありそうなものばかりだったから、それなりの高さになっていた。
その様子を見ていた店主が、
「一度に持って帰れねぇなら、また明日取りに来ても構わねぇぞ。」
と声をかける。だが、マルコも名無しさんも積み上げられた本をチラリと見ると、
(…大した量じゃねぇよい。)
(私とマルコなら余裕でしょ。)
と思いながら苦笑いをした。
一通り選別作業を終えると、マルコが振り返って
「全部で32冊だよい。まとめていくらにしてもらえるんだい?」
と店主に聞いた。店の他の場所で自分の本を眺めていた名無しさんも側に寄ってくる。もし、手持ちが足りないなら貸してやろうと思っていたのだ。
「そうだなぁ…。値札は1冊400くらいだろ…?」
そう言いながら店主が電卓をたたくと
「ま、端数切って、あと、その別嬪さんに免じて10000でどうだい?」
「いいのかい?」
「ああ。構わねぇよ。そもそもただみてぇに仕入れたもんだ。そのスペースが全部開きゃぁ、すぐに回収できるさ。」
満面の笑みで財布を取り出すマルコの横で
「足りる?」
と名無しさんが声をかける。
「さすがに大丈夫だよい。」
そう言いながら支払いをすると、
「ありがとよい。いい買い物ができた。」
とマルコが店主に告げた。
「その姉ちゃんが今朝ここに来ていきなりそこの棚を確保しといてくれって言ったかと思うと、すっ飛んで出て行ったから何事かと思ったが…。彼氏想いのいい彼女じゃねぇかい。」
同じく満面の笑みでそう言った店主に、マルコも名無しさんも一瞬固まる。だが、ここで「いや、彼氏じゃないし」とか「こいつはオレの女じゃねぇよい」なんて反論しても仕方ないと全く同じことを思った二人は、適当に愛想笑いをして誤魔化した。