短い夢@
□無欲すぎるホワイトデー
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14日当日。予定どおりマルコと一緒に買い出しに出掛ける。医療関係の道具や薬品などがメインだったが、その中にいくつか、あまり多くの店では取り扱いのないものもあったから、手分けをして探すことにした。薬局を何軒か回った後、待ち合わせ場所に戻るとマルコが待っていた。
「どうだい。あったかい?」
「うん。えっと…。これとこれはあった。どっちも結構在庫があったから多めに買ってきたよ。」
「よかった。こっちは全滅だったよい。」
買ったものを見せると、マルコはそれを手に取って確認する。
「よし。これで目的の物は全部買えたよい。」
そう言ってマルコはにっこりと笑うと、
「茶でもしていくかい?」
と言った。
「ご苦労さん。解散だよい。」と言われると思っていた私は、一瞬固まってしまったが、すぐに
「う、うん。」
と返事をすると、マルコはすたすたと私の前を歩きだした。
「ここでいいかい?」
マルコが立ち止まって振り返る。おしゃれな感じのカフェだ。黙って頷くと、マルコは店のドアを開けた。
メニューを広げれば美味しそうなケーキがたくさん並んでいる。ショーケースに並ぶケーキもどれもおいしそうだ。
「どうしよう…。」
「好きなもん、頼めよい。」
「ううぅー。どれも美味しそう…。」
「だったら全部頼んじまったらどうだい。」
そう言われて私は顔を上げると、
「豚になるからやめときます。すいません!」
と言って店員を呼んだ。
注文を終えて店員が去っていくと、
「お返し、困ってるんだよい。」
とマルコが窓の外を見ながら言った。
「え?」
「この島の有名どころのもんは、全部自分で買っちまったみたいだしねぃ。」
「あ。」
じろっと横目で睨まれて、先日のことを思い出す。
「べ、別にいいよ。お返しなんて。無理やり受け取ってもらった上に、食べかけだったし…。」
「オレが勝手に取ったんだよい。とりあえず、ここは奢るよい。」
「え?いいよ、そんなの。」
「そこは素直に『ありがとうございます』って言っとけよい。」
ペチンと叩かれたおでこを抑えながら
「あ、ありがとうございます。」
と返事をすると、マルコはニヤッと笑った。そこでコーヒーとケーキが運ばれてくる。マルコの注文したケーキがテーブルに置かれると、
「ほれ。」
と言って、マルコはそのケーキを私の方へ押しやった。
「え?」
「豚になれ。」
「…マルコのでしょ、これ。」
「これとこれで迷ってたのはバレてんだよい。」
私が頼んだケーキとマルコの頼んだケーキを指さしてマルコがそう言った。
「…さすがです。」
私は素直に頂くことにした。
ケーキを食べながらコーヒーを飲む。しかも目の前にマルコ、という至福の時を過ごしていると、マルコが頬杖をついて窓の外を見ながら
「おまえは義理チョコは配らねぇ、って聞いたよい。」
と言った。思わずケーキに刺そうとしていたフォークが止まる。頭の中が真っ白になる。至福の時が一気に凍った。一瞬、嘘をつくことも考えた。「いやいや、仲間には配らないけど、隊長は特別ですよ。」とか。でも、私は、深呼吸をすると
「うん。」
と返事をした。一か月前に体験するはずだった失恋がずれ込んだと思えばいい。あの時した覚悟を思い出せばいい。いつ、戦闘で命を落とすかわからない身だ。玉砕覚悟でも伝えておきたいと思ったから、チョコをあげて告白しようと思ったのだ。
「いつ…。いつ、何が起きるかわからないから…。気持ちだけでも伝えたいって思ったから。だから、その…返事もいらないし、本当は、お返しもいいから。」
目の前のマルコのコーヒーを見ながら言った私に対して、マルコは窓の外を見たまま無言だった。
「その…何か期待しているわけでも、接し方を変えて欲しいわけでもなくて…。な、何もなかったことにしてもらっても全然かまわないから…。」
そこまで言うと、マルコはふぅと息を吐きだした。
「一方的に気持ちだけ伝えて、何もなかったことにしてくれって言われてもねぃ。」
「っ!」
「意識するなって言われても、なかなか難しいよい。」
マルコの言うとおりだ。どうしよう。どうしよう。ここは謝ったほうがいいのだろうか。思わず「ごめん」と言いかけたところで、マルコが続けた。
「お返し、なんか欲しいもんはねぇのかい?或いは、オレにしてほしいこととか。」
「え?お、お返しなんて、そんな…。」
もう、十分迷惑をかけているのに、これ以上欲しいものなんて。強いていば「嫌いにならないで」くらいしか頭に思い浮かばない。
「普通、告白したらつきあってください、とかじゃねぇのかい?」
「そ、そんな無理難題、言わないよっ。」
恐らく、マルコの視線は窓の外から私に向いていた。でも、私は顔をあげることはできなかった。
「…無理難題、ねぃ…。気持ちだけ伝えて、それだけでいいのかい?」
無言のまま頷くと、
「全く、欲のねぇ奴だよい。…海賊失格だねぃ。」
と笑う声が聞こえたかと思うと、頭にポンと何かが乗った。
「つきあって欲しいとか、オレの女になりてぇとかって思ってねぇなら、いくらオレからつきあおうって言っても、ありがたみもなんもねぇじゃねぇか。」
(…え?)
「むしろ、そんなこと言われたら迷惑かい?」
マルコが何を言っているのかさっぱり理解できなくて、ゆっくりと顔を上げると、マルコは目を細めながら私を見ていた。その時になって、私の頭に乗っていたのがマルコの手だと理解する。
「オレの女になってくれよい。」
「え?」
マルコの女って、何だ?マルコの女になるって、一体どういう意味だ?字面どおり受け取っていいはずがないとしか思えなかった私は、マルコの顔をじっと見たまま、動けずにいた。
「…嫌かい?」
「え?」
「え、以外に言えねぇのかよい。」
マルコは私の頭に乗せていた手で私の頭を鷲掴みにする。
「お返しは、ここで奢るのと『オレ』でいいかい?」
「…い、いいの?」
「オレがおまえにいいかどうか聞いてんだ。受け取り拒否するなら今のうちだよい。」
「え?!し、しないよ!拒否なんてしないっ!」
「じゃ、決まりだ。もう返品は受付ねぇよい。ほら、さっさと食っちまえ。」
そう言うと、マルコは食べかけのケーキの皿を私の方に寄せた。
「あ。う、うん。」
笑うべきなのか泣くべきなのか、わけのわからなくなった状態で食べたケーキの味は残念ながらよくわからなかった。
「夢、じゃないよね…?」
思わずそうつぶやくと、マルコの手がにゅっと伸びてきて、私のほっぺたを引っ張った。
「いひゃぃっ!」
「よかったな、夢じゃねぇよい。」
きっと少し赤くなっているだろう私の頬を撫でながら、マルコはニヤッと意地悪く笑った。