短い夢@

□試し試され最終的に
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帆の修繕は十六番隊の仕事だったから、その他の業務をすべて他の隊に分担させて帆だけに集中できるようにした。各隊、船の補修からけが人の手当、医療品・食料品の点検・補充、武器・砲弾の点検・補充など、前回以上の攻撃を想定しての作業になった。少なくとも2,3日は次の攻撃は無理だとは思われたものの、万が一のこともある。しかも、次の攻撃を想定するとなると、体を休めておく必要もある。限られた時間の中ですべてを同時進行で行うのはなかなか至難の業だった。
一番隊の分担業務ももちろん一日で終わるようなものではなかったが、オレは隊員に休むように告げると、他の隊の進捗状況を確認することにした。最後に十六番隊の帆の修繕作業をしている場所に向かう。作業場に近づいたところで、

「生地に限りがあるから、ちゃんと全体を見てから優先順位つけないとっ!」
という声が聞こえた。

(…名無しさんか?)
そう思いながら作業場のドアを開けると、名無しさんが十六番隊の隊員に何やら指示をした後、横に立つイゾウと険しい顔をして話していた。オレが来たことに気が付いたイゾウがこっちに向かってきたが、オレはイゾウを無視して名無しさんの方に向いた。

「あ。マルコ。」
同じくオレに気が付いた名無しさんがオレを見てにこっと笑ったが、オレは

「オレは休めって指示を出したはずだよい。」
とその笑顔に答えずに言った。

「なんで女部屋じゃなくてここにいんだよい。」

「帆、帆の修繕が大変そうだったから…その…。」

「帆の修繕は十六番隊の仕事だ。おまえは一番隊じゃねぇのかい?」

「すまねぇ、マルコ。名無しさんがいると全然スピードが違うんだ。ちゃんと休息は取らせる…。」
慌ててオレの横でごちゃごちゃ言い出したイゾウを無視して、オレは続けた。

「そもそも、何でおまえがここにいることをオレが知らねぇ。勝手な行動してんじゃねぇ。」

「ご、ごめん。この前肩凝りの話の時に言ったから、その…。」

「あの話とこれは全然別だ。一番隊の仕事だってまだ終わってねぇんだ。それでも休めって指示だしてんのは知ってんだろい?十六番隊の隊員はこれを最優先にしろって指示だから最悪の場合は戦闘時には後ろに下げる。でも、てめぇは一番隊だ。そういう対象にはなってねぇ。」

「すまねぇ、マルコ。オレがちゃんとおまえに話をつけなかったのが悪い。」

「イゾウは黙ってろよい。イゾウはそれこそ帆の修理で忙しいんだ。ガキじゃねぇんだ。隊長に説明するくらい自分でできんだろい。」

「ご、ごめんなさい。早くなおさなくちゃと思って、報告するのを忘れてて…。」

「そもそも。報告されたって、十六番隊の手伝いをオレが許可するかどうかはまた別の話だよい。」
オレがそう言うと名無しさんは困惑の表情を浮かべた。

「おまえの体調とか一番隊の業務を考えたら、十六番隊の手伝いなんてしてる暇はねぇ。とっとと寝ろ。」

「で、でもっ!このままじゃ間に合わないよっ!」
そう言った名無しさんにオレはもう苛立ちを隠さなかった。

「帆の修繕は十六番隊の仕事だっ!間に合わないかどうかの判断はイゾウがするし、その相談を受けて親父と隊長で話をしてどうするかを決めんだよいっ!おまえがとやかく言うことじゃねぇっ!」

「でもっ!今までのみんなの仕事のスピードとか、今の帆の状況を見たら、間に合わないんだよっ!」

「名無しさんの言う通りだ。すまねぇが名無しさんに手伝ってもらいてぇ。」

「だから、勝手に決めんなって言ってんだろいっ!だったら正式に話を通せよいっ!」

「今このタイミングで隊長全員集めてなんて面倒なことをするのかい?おまえが許可出してくれりゃぁ済む話じゃねぇか。おまえの心配もわかる。名無しさんには必要最低限のところだけ頼んで、しっかり休息を取らせる。だから…。」

「一番隊の方も支障が出ないようにちゃんとするよっ。この状態をほっとけないよっ!」
イラついた。とにかくイラついた。オレに何も言わずに勝手に十六番隊を手伝って、一番隊の業務だってギリギリの中でやって疲れ切っているはずなのに、勝手に睡眠時間を削って。名無しさんの体調を気遣うからこそ頭にきているのに。

「そうかい。そんなに十六番隊の仕事を手伝いてぇなら好きにしろ。今日からおまえは十六番隊だよい。」

「え?」

「お、おい、マルコ…。」

「一番隊の仕事はやらなくて構わねぇ。好きなようにイゾウの指示に従え。イゾウがおまえの隊長だ。」

「え?あ、マ、マルコ?別に、私は…。」
オレは踵を返して作業場を出た。むしゃくしゃした。後ろで「マルコ、待って!」と名無しさんが呼び留める声がしたが、オレは無視をして自分の部屋に戻った。
だが、本当はわかっていた。あの二人が間に合わないと判断したなら間に合わないのだ。そうなった場合、一番隊の業務より帆の修繕を優先すべきだし、そのために名無しさんが必要なら一時的にそっちに集中させてやるのが今の状況では最善の判断だ。戦闘になったら今回だけ十六番隊と一緒に後方支援に回せばいい話だ。どっしり構えて「しかたねぇ、今回は十六番隊に貸し出してやるよい。」と言えばいいだけのことだ。でも、イラついた。オレの指示を無視して、相談もなく勝手にイゾウと話を進めて。おまえの隊長はオレじゃねぇのか?オレのおまえの体を心配する気持ちは無視なのか?そう考えだすと、合理的な理由があるのにも関わらず感情が許さなかった。むしゃくしゃしたままベッドに寝っ転がる。まさしく不貞寝だった。次の日の朝、少し冷静になった頭で昨晩のことを振り返って、自己嫌悪に陥る。自分の優秀な隊員誇らしく思うどころか、「取られた」「オレに相談しなかった」なんてくだらねぇ理由でへそを曲げて。正しい状況判断もできねぇくらいオレの思考を妨げる感情が、嫉妬なのだとこの時初めて自覚した。
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