短い夢@

□内緒だよ
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「全く…。」
朝食時にも昨日のことをサッチにからかわれた。そもそもあいつが「あの子の横に座ってると面白いことになるぜ」なんて言うもんだから、どういうことかと思ったら。

「ただのキス魔じゃねぇか。」
改めて、あの場に名無しさんがいなくてよかったと思った。暴れるか、泣き出すかはわからねぇが黙っているはずがない。だが、一方でこんなことになるくらいならもうつきあってることを言っちまったほうがいいかもしれねぇ、とも思う。自分の隊の隊員に手を出したとなれば、絶対に周りの奴らにからかわれるし、特別扱いしていないつもりでも、うがった目で見られちまう。オレ以上に名無しさんが苦労することになりかねないからと関係を伏せてはいるが、オレもいろいろ限界を感じていた。
と、ちょうどそこで3番隊の奴らが当番の洗濯物を干しているところに遭遇した。

「…。」
ここにも公にしたほうがいいかと思う原因があった。以前名無しさんが話をしていた半年前に入った奴だ。そいつは他の隊員たちと楽しそうに話しながら、シーツの山を運んでいる。今まで気にも留めたことはなかったが、改めて見れば、見た目はなかなかいい男だ。

「入って半年で女の尻を追いかけてるなんて、随分余裕じゃねぇかい。」
今度3番隊の稽古に参加して、身の程を思い知らせてやるか、なんて思いながら、オレは部屋に戻った。
昨日好きでもねぇ女にキスなんてされたからだろうか。いつもにまして名無しさんに会いたいと思ったが、この日は名無しさんは部屋には来なかった。
それからしばらく、海軍に遭遇したり、大しけになったり何かと大忙しだったこともあって、名無しさんと二人きりになるチャンスがなかなかなかった。もしかしたら、オレがいない時に部屋に来ていたのかもしれないが、オレ自身の出入りが多かったからタイミングが合わなかったのかもしれないと思っていた。
上陸してからも戦闘やらしけやらで船の損傷もクルーのケガも激しかったから、いろいろと忙しかった。ログが貯まるまでの一週間があっという間に過ぎて、やっとちょっと余裕が出てきたところではたと気が付いた。名無しさんがどこの宿に泊まっているのかを聞いてねぇ。いつもなら、それとなくオレに声をかけてくるのに、今回は全く見かけない。

「…これだけでけぇ島だと見当もつかねぇなぁ…。」
久しぶりに二人でのんびりしたいと思っていたから、時間を見つけては街中を歩いて名無しさんを探したが見つけられなかった。結局時間切れになって、モビーは出航した。

それまで名無しさんと二人っきりになる機会がなくなっていたことは、ただの偶然だと気にも留めていなかった。だが、決定的におかしいと思うことが起きた。
たまたま直前の島での買い出し担当だったクリエルに、かかった金額を報告しろと言ったらまだ全額がわからないと言われた。だから、オレはバタバタしているから、名無しさんに結果を伝えておいてくれと指示を出した。オレ自身も久しぶりに名無しさんと二人っきりになりたいと思ったからだ。
しばらく自室で作業をしていると、ドアをノックする音がして名無しさんが入ってきた。思わず顔がにやけそうになるが、そこは何とか無表情を貫いて名無しさんの報告に耳を傾けた。予定より予算オーバーだったこととか、一部誰が何を買ったんだかわからないものもあったらしく、少々面倒な報告にはなったものの、必要最低限の情報は確認できた。

「まぁ、それくらいなら誤差の範囲だな。もし、追加でなんかわかったらオレに報告しろって言っといてくれよい。」

「わかった。じゃ、とりあえず今はこの件は一旦これで大丈夫?」

「ああ。ご苦労さん。」
いつもなら急ぎの案件が片付いたのを合図に、名無しさんから業務とは全然関係のない話を振ってきたり、或いは、そのままオレに抱き着いたりしてきたから、オレは自然とそういう流れになるものだと思っていた。しかも、しばらく会話らしい会話をしていなかった。きっと、この前上陸したときの話なんかをしだすんだろうと思っていたのだ。だから、何となく机の上を片付けて、ふと、顔を上げた瞬間、バタンとドアが閉まる音が聞こた時にオレは何が起きたのか理解できなかった。

「え?」
立っていると思った人物が消えて、オレはさっき音をたてたはずのドアを見ていた。むしろ、誰かが入った来たかと思ったくらいだったのに、部屋にはオレ以外誰もいなかった。数秒固まったのち、やっと名無しさんが出て行ったのだと理解したオレは、しばらく茫然とドアを見ていた。
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