短い夢@

□願懸け
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コーヒーを二つ持ってマルコの部屋に向かう。
ドアをノックすると

「入れよい。」
と返事が返ってきた。

「はい。」

「お。すまねぇな。」
コーヒーを渡すと、マルコは書類から視線を上げずに受け取った。私もすぐにベッドのサイドテーブルに置かれた書類の山に向かうと、しばらく二人、黙々と目の前の書類に対峙した。
もしかしたら「調子はどうだい?」とか「で、誰に告白するつもりだったんだよい?」なんて聞かれるかもしれないと思っていたから、黙って作業するこの状況はありがたかった。
それに、もう諦めるんだと決めてはいたものの、やっぱり側にいられるのは嬉しかった。告白するのは諦めた。でも、まだ好きでいてもいいだろうか…なんて思いながら、ちょっと疲れてきて大きく伸びをしたときだった。

「はぁ。ちょっと休憩でも入れるかい?」
そう言いながら、マルコが机の引き出しから何かを出した。

「この前の島で見つけたんだよい。」

「何?」
マルコは引き出しから出した箱をサイドテーブルに置くと、ベッドに座った。

「おまえ、こういうの好きだろい?」

「ん?あ!マカロン!」
箱を開けると、中にはきれいに並んだパステルカラーのマカロンが5つ。

「いつも手伝ってもらってるからな。」
マルコはそう言ってにやりと笑う。

「食べていいの?」

「ああ。全部やるよい。」

「やったぁ!」
マカロンは全部違う色。どれにしようか迷っていると、なんだか視線を感じて振り返る。優しい笑顔でマルコが私をじっと見ていた。

「…。」
全くもって大人気ない自分が恥ずかしくなる。

「マ、マルコも食べる?」

「いいよい。おまえのために買ってきたんだ。」

「…そうなの?」
マルコは無言でにやりと笑う。
黄緑色のマカロンを摘まんで口元に運びながら思う。もしかして、願懸けの件で落ち込んでると思って買ってきてくれたのだろうか。

「…美味しい。」

「そりゃよかったよい。」

「ありがとう。」
一つ食べ終わると、なんだかそれだけで胸がいっぱいになる。

「少しは元気になったかい?」
そう言われて二つ目のマカロンに伸ばした手が止まる。やっぱり来たか。

「…元気だよ。」

「へー。」
嘘だろい、とでも言いたそうな気の抜けた返事が返ってくる。黙ってピンク色のマカロンを摘まむ。

「空元気にしか見えねぇよい。」

「…。」
こういう状況ではもうマルコを相手に何も言わないほうがいい。絶対に論破されるから。そう思った私はだんまりを決め込んだ。それをわかっているのか、マルコは続ける。

「に、しても。一体誰なんだって考えてみたが、全然見当もつかねぇ。」
マルコは自分の膝に頬杖をついて私を見る。

「おまえのことだ。自分より弱い奴に興味はねぇだろう、と思うが、そうなると対象になるのは隊長陣くらいだ。でも、どうもそういう雰囲気というか、特別扱いしていそうな奴が見えてこねぇ。」
マルコは視線を私から自身の真正面に移すと、どこか遠くを見るようにする。

「おまえはわかりやすいからな。好きな奴と一緒にいれば何となくわかるんじゃねぇかと思ったんだが…。」
さすがマルコ。完全に私の行動パターンを読まれている。本当にさすがだ。でも、まさかその相手が自分だとは思わないのだろう。私と話す自分自身を客観的に観察することもできないしね。
私は大きく息を吐きだすと

「いいじゃん。誰だって。もう諦めたんだし。」
と言って、半分残ったピンクのマカロンを口に放り込んだ。

「告白するのをあきらめただけで、まだ好きなんだろい?」

「…。」
黙ってマカロンを咀嚼する。そりゃそうだよ。そんなに簡単に「好き」をやめられるか。内心そう思うが、口にすることはできない。

「なぁ。」

「…何?」

「どうせダメならさっさと告って振られちまえよい。」

「…。」
何を言い出すんだ、このおっさんは。他人事だと思って適当なこと言いやがって。きっと、そう思ったことがそのまま顔に出ていたのだろう。マルコは苦笑いすると、

「また甘いもんでも買って慰めてやるよい。」
と言った。思わず、手にしていた三つ目の白いマカロンを見つめてしまう。

「…これは罠?」

「そう見えるかい?オレとしては背中を押してやってるんだけどねぃ。」

「結構です。余計なお世話。」
全く。告白されて困るのはあんただよ、なんて私が思っていることをこの隊長さんは知らない。

「元から長かったけど、結構長いこと伸ばしてた気がするな。」
一歩ずつ確信に近づいてくるようなマルコの発言に、私は美味しいものを食べているのに全く落ち着かない。

「ずっと好きで、告白を諦めて。これからまたダラダラと思い続けんのかい?」

「…ど、どうだっていいでしょ。」
何でこの人はこんなに嫌なことを言うんだろう。そうだよ。その通りだよ。でも、そう簡単に軌道修正できるほど、いい加減な気持ちじゃないんだから、仕方ないじゃない。

「うまくいく可能性はないのかい?」

「…。」
思わずマルコの顔を見てから、ふっと鼻で笑ってしまった。あんた次第なんですけど。心の声は目の前の人に届くはずもない。

「ないんじゃ、ないかな…。」

「なんでだい?」

「え?…何となく。」

「おまえの気持ちには気づいてんのかい?」

「いやー。全然気づいてないんじゃない?」

「他の女とつきあってるとか?」

「それだったらさっさと諦めるよ。告白しようなんて思わないし。」

「じゃ、何でダメだって思うんだい?」

「…だから、何となく。」

「でも、髪が伸びたら告白するつもりだった?」

「何なの?一体。バカだとでもいいたいの?」
イライラした。わかってる。願懸けなんて、バカなことをしていた自覚はある。でも、それでも自分の気持ちをどうにもできないからけじめをつけようとしたんじゃないか。

「いや。本気なんだな、と思ってな。」
…本気だよ。本気だったよ。目頭が熱くなるのを感じた私は、ぎゅっと目をつぶった。もうこれ以上、マルコとこの話を続けるのは拷問でしかない。

「ご馳走様。」
まだ二つ残ったマカロンの箱をマルコの机の上に置くと、私は部屋を出て行こうとマルコに背を向けた。
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