短い夢@

□願懸け
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「大丈夫。」
そう言った名無しさんの顔は確かに吹っ切れた感じだった。それならそれでいい。めそめそいじいじといつまででも引きずるような軟な奴ではないことはよくわかっていたから、もうこれ以上の心配は不要だと思った。
だが。

「願懸けねぃ…。」
そうつぶやくと、名無しさんはオレを見た。さっきまでの弱弱しい雰囲気はどこへやら。「絶対に言わない」という意思が見えた。

「意外とかわいいことをするよい。」
名無しさんの眉毛がピクリと動く。こいつは普段女扱いされることに慣れてねぇこともあって、ちょっときれいとかかわいいなんてことを言うと、すぐに照れる。だからと言って、からかっているわけでもなく、オレとしては本心なのだが。
それに…。

「髪が伸びたらなんて可愛らしい願懸け、告白でもしようと思ってたのかよい?」
ほとんど冗談だった。こいつに好きな奴がいるなんて話も聞いたことがなかったし、女が髪の毛伸ばして願懸けって言ったら告白するくれぇしか思い浮かばなかったから。それなのに。

「…マジか…。」
口を押えて固まる名無しさんに鎌をかけたオレ自身が固まる。

「ち、ちがっ!」

「…こんなに動揺しているおまえを見たのは始めてだよい。」
やっちまったという顔をしてうつむく名無しさんに、

「誰だよい。」
ときいてはみるが、名無しさんは無言で首を横に振るだけだ。
(言うわけねぇか…。)
無理だと悟ったオレはとりあえず、

「願懸けなんて気にすんなよい。うまくいくといいな。」
とだけ言って、名無しさんの部屋を後にした。

「願懸けね…。」
あいつが誰かを好きだとか、或いは誰かがあいつを好きだとかだなんて話は聞いたことがなかった。

「ふぅー。」
自分の部屋のベッドに寝っ転がって天井を仰ぐ
いやはや。どちらかと言えば、好きな奴には猪突猛進かと思ってたから、願懸けだなんてかわいいことするじゃねぇか、ってのが素直な感想ではあるが。

「誰だよい…。」
あの名無しさんがマジで惚れる相手。

「さっぱりわからねぇ…。」
うまくいくといいな、なんて大人な対応をしたものの。

「さっさと諦めてもらわねぇとな…。」
相手が誰であったとしても。
きっと今の自分はものすごく悪い顔をしてるに違いない。そう思うと思わず声を出して笑ってしまった。


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「うまくいくといいな。」
そう言われた瞬間、何かがさーっと冷めていくような気がした。マルコは私の頭をポンポンと撫でると、そのまま部屋を出て行った。

「いかないよ。」
もう、すでにダメじゃない。どっと疲れが押し寄せた。一瞬の甘い雰囲気にほだされたのもつかの間、一気にどん底だ。
はっきり言って、その日以降、私は落ち込んでいた。でも、それを見せると「髪の毛が燃えて落ち込んでる」と思われて、またイゾウやサッチ、エースに心配されるのも嫌だったから、なるべくいつも通りに振る舞うようにした。
もしかしたらマルコがいろいろと言いふらすんじゃないか、なんて心配もしたけど、誰からも何も言われなかった。
そういう大人なところと言うか、空気をよんでくれるところがやっぱり好きだと思った。


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翌日からの名無しさんの様子は一見「いつも通り」のようではあった。もしかしたら空元気かもしれねぇ、とは思ったし、相変わらずあいつの惚れている相手が誰なのか気にはなったが、変に詮索するようなことはしなかった。
今までもこれからも、いつだって二人っきりになるチャンスはある。
(二人っきりになった時に、何も聞かねぇ方が不自然だよい。)
そう思っていると、すぐにそのチャンスはやってきた。

「エース…。おまえ、ちったぁ学べよい…。」

「す、す、すみませんっ!」
またもや酔っぱらって船を燃やした馬鹿野郎が謝りにきた。

「おーい!名無しさん!!」
食堂の隅でほかの一番隊と飯を食う後ろ姿に声をかけると、口をもぐもぐしながら名無しさんが振り向いた。
こっちに来いと手招きすると、まだ食ってる途中なのかちょっと待てと片手をあげる。

「おい、マルコ。なんで名無しさんを呼ぶんだよ。」

「飯が終わったらすぐ手伝ってもらうからな。なんでオレが急に忙しくなったのか、をしっかり説明するんだよい。」

「…。」
エースの顔が青ざめていく。これくらいのお灸、当たり前だよい。

「どうしたの?」
大急ぎで食ったんだろう。まだ口をもぐもぐさせながら名無しさんが寄ってきた。

「この後ちょっと手伝ってくれ。エースがまたやらかしたんだよい。」

「あぁ?」
バッと名無しさんがエースに振り返る。

「ハハハ…。ちょ、ちょっとな。」

「また酔って船を燃やしやがった。つい最近も似たようなことがあったろい?」

「…。てめぇの頭は鶏レベルか?あぁ?」

「そりゃ鶏に失礼だよい。」

「あー、確かに。マルコの言う通り。」

「…名無しさんさん、覇気のせいで体がピリピリするんですけど…。」

「あら、ごめんなさい。怒りとともにどーしてもあふれ出ちゃって。それに…。」
ゴンっと鈍い音がすると、

「いってぇぇぇ!」
とエースが頭を抱えた。

「てめぇは覇気使わねぇと殴れねぇだろーがっ!」
オレを含めた周りの奴らが大笑いをする。鼻息荒くエースを睨む名無しさんの頭をポンと叩く。

「悪りぃが、後で来てくれよい。」

「了解。コーヒー持っていくね。」
こういう気遣いが好きだ。きっと、ほかの奴らは直前のエースをぶん殴る名無しさんの印象しかねぇんだろうとは思うが。

「頼んだよい。」
そう言って食堂を後にすると、オレは部屋に向かいながらどう名無しさんに探りを入れるか考えていた。
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