長い夢 「不死鳥の女」

□隊長会議
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朝の会議を受けての名無しさんの正直な感想は「拍子抜けした」だった。自分が元海兵であることも、青キジが接触してきたことも、白ひげを含めた隊長たちは全く気にしていない様子だった。

(私が海軍のスパイだったら…とか、考えないのかな…。)
あまりの能天気ぶりに、むしろ逆に不安になる、なんて思ったものの、よくよく考えてみれば、この白ひげ海賊団にスパイを送り込んだところであまり影響はないのかもしれない、と考え直す。この大船団だ。白ひげ海賊団の進路なんて、きっと海軍は常に把握しているだろうし、どこかで他の海賊と戦っていても、むしろ海軍にとっては白ひげ海賊団が勝った方がいいことの方が多い。唯一あるとすれば、送り込んだスパイに白ひげを暗殺させるくらいかもしれないが、どう考えても名無しさんごときに白ひげの命を奪うことはできない。

(私が何かしたところで体勢に影響はないってことですかね…。)
事実ではあるのだが。
ぼんやりと海を眺めていると、後ろから足音が聞こえた。マルコだとすぐにわかったが、全力で逃げたり抵抗する気分ではなかったから(全力じゃないとマルコからは逃げられない)、名無しさんはそのまま海を見ていた。すると、案の定、マルコが横に立った。だが、いつものように肩や腰に腕を回してくることはなかった。

「今日の会議は不満かい?」
横にならんで同じ暗い海を眺めるマルコの横顔を名無しさんが見る。

「不満って言うか…。本当に、いいのかな?」

「まぁ…。全員が全員、おまえを完全に信じているかどうかはわからねぇ。ただ、おまえを降ろしたくねぇって意見と海軍の言うことは聞きたくねぇって意見しかなくて、結果的に結論が一致したってとこだよい。」

「…確かに、ね。」

「少なくとも、オヤジはおまえを手放す気はねぇ。」

「うん…。ま、オヤジ様はそういう人だよね。」
ハハハと、乾いた声で笑った名無しさんに対して、マルコは固い表情のまま海を見ていた。だが、ゆっくりと横を向くと、名無しさんをじっと見た。

「昨日、おまえがオレの部屋に来た時、オレはおまえがオレの女になるって言うんじゃねぇかと不安だった。」

「な、何言って…。え?」

「おまえが青キジと接触したことは知ってた。」

「え!?」

「青キジの部下を見たって話をした後から、おまえの様子がおかしいと思ってたよい。だから、おまえを泳がせた。」
驚いて目を見開く名無しさんに動じることなくマルコは続けた。

「おまえが人目につきにくい店に入ってからしばらくして、青キジが後を追うように店に入った。何の話をしてたのかまでは知らねぇ。だが、青キジがおまえの席についたのは見た。だから、その事実をオレに告げねぇで、もし、おまえがオレの女になるって言ったら…。『クロ』だと思ってた。」
マルコはそっと名無しさんの頬に手を伸ばした。

「疑って悪かった。」
いつもなら躊躇なく振り払うマルコの手に触れることなく、名無しさんはじっとマルコを見つめると、ゆっくりと首を横に振った。

「マルコの立場なら当然だよ。」
名無しさんの言葉に、マルコはふっと微笑んだ。

「まだ…信じちゃダメなんじゃない?」
そう言って名無しさんがニヤリと笑うと、マルコは勘弁してくれ、とでも言いたそうに笑いながら、名無しさんの頬から手を離した。

「一つ…約束してほしい。」

「え?」

「モビーを降りねぇと約束してくれ。」
てっきり裏切らないと約束してほしいと言われるだろうと思ってた名無しさんが驚いた表情を見せた。

「もう、モビーを降りた方がいいかもしれねぇなんて、考えないでくれ。」
まっすぐな目で自分を見下ろすマルコを見つめていた名無しさんは小さく頷いた。

「わかった。約束する。」
その返事に満足したかのようにマルコが微笑むと、名無しさんが

「そうだ。」
と小さく声を上げた。

「ん?」

「これ。」
名無しさんがポケットから何かを取り出した。

「ちょうど、渡しておこうと思ってたの。」

「…ビブルカード?」
名無しさんが差し出した紙切れをマルコが受け取る。

「そ。ま、隊長がしっかり護衛してくれるから出番はないと思うけどね。」
マルコは手にしたビブルカードをじっと見つめると、

「任せとけよい。」
と嬉しそうに笑った。
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