短い夢@
□いろんな隊長
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ゆっくりと目を開けると、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。だが、ずきずきと痛む左腕に、前日のことを思い出してここが医務室だと理解する。
(薬がきれたのかな…。痛い…。)
ゆっくりと首を横に向けると、ベッドのすぐそばのスツールに座ったマルコ隊長が、腕を組んだ状態で目を閉じていた。
(…寝てる?)
もうちょっとよく見ようと体をひねると、布団がこすれる音がした。その音に反応したのか、マルコ隊長の目が開いた。
「起きたかい?」
「うん。」
「痛むか?」
「…ちょっと。」
「痛み止めがきれたな。」
そう言って立ち上がると、隊長は棚から瓶を取って中の錠剤を取り出した。
「起きれるかい?」
そう言うと、マルコ隊長は私の肩に腕を回して体を起こしてくれた。私の右手に錠剤を握らせると、グラスに水を注いで差し出した。薬を飲み込んでからマルコ隊長の顔を見上げると隊長は難しい顔をして私を見下ろしていた。不思議に思って首を傾げると、青い炎を灯した手が目の前に伸びてきた。その手が私の唇に触れる。
「やっぱり腫れちまったな。」
そう言ったマルコ隊長は今にも泣きそうな顔をしている。
「もしかして、すごい顔してる?」
暗い雰囲気をなんとかしたくて、そう冗談を言ったのに、マルコ隊長は首を横に振ると、
「綺麗な顔に傷つけやがって…。」
と悔しそうに言った。綺麗だなんて、マルコ隊長どころか他の隊員にも言われたことがなかった。なんとなく恥ずかしくて、
「すぐに治るよ。もともと傷だらけなんだし。叩かれたのがナースたちじゃなくてよかったよ。」
と笑いながら言うと、隊長の眉間に皺が寄った。青い炎を消すと、マルコ隊長は布団の上に乗っていた私の右手をそっと握った。
「オレは全然よくねぇよい。」
そう言って、うなだれる様に下を向いた隊長は、大きくため息をついた。
「おまえはオレの隊員だ。ナースじゃねぇ。だから、女だからって特別扱いをする気はなかった。オレはおまえを弱いと思ったことはねぇ。あの人数相手によく一人であそこまで持ちこたえたと思う。でも、やっぱり違うんだよい。男が顔をぶん殴られて痣を作ってもなんとも思わねぇが、おまえは違うんだ。相手もおまえを女だと思ってる。だから、あいつらもいつまでもしつこかったし、最終的にはあんなことになっちまった。」
マルコ隊長は顔を上げると、私の右手をぎゅっと握った。
「惚れた女をこんな目に合わせちまった自分が情けねぇよい。」
「マ、マルコ隊長は悪くないよっ!…え?あ、え?」
(い、今、なんて言った?)
驚いて顔を上げると、マルコ隊長がまっすぐに私を見ていた。
「ナースじゃなくてよかったなんて言わねぇでくれ。オレはおまえが傷つくのを見たくねぇ。」
「…うん。」
マルコ隊長に思った以上に心配をかけてしまったことを申し訳なく思ってうつむいていると、
「こんな情けねぇ奴に好きだなんて言われても迷惑かい?」
と隊長が言ったものだから、私は慌てて顔を上げた。
「な、情けなくないしっ!それに、その、私も、す、好きだよ。」
私の言葉に、マルコ隊長が目を丸くする。
「って、言うか、てっきりマルコ隊長は、それこそ、ナースたちみたいな女らしい子が好きなのかと思ってたから…。すぐに頭叩いたり、ほっぺたつねったりするし…。」
恥ずかしくて下を向くと、隊長の手が再び私の右手を握った。
「おまえくらいがっつり反抗してもらわねぇと面白くねぇんだよい。まぁ…理由をつけて触りたかっただけだけどな。」
マルコ隊長はそう言いながら、私の頬に触れた。
「オレ以外の男には触らせたくねぇのによい…。」
悲しそうなマルコ隊長の顔に、心が痛む。
「そんな顔、しないでよ。大丈夫だから。」
動く右手で私の頬に触れるマルコ隊長の手に触れると、隊長は私の手を握って微笑んだ。そのまま近づく隊長の顔に私が目をつぶると、唇に柔らかいものが触れた。その柔らかい感触がいたわるように唇の傷や頬にも触れる。隊長の手が撫でるように私の首に触れると、マルコ隊長は動きを止めた。
「熱が出てきちまったみたいだな。」
「え?」
驚いて目を開くと、マルコ隊長は確かめるように私の首に手のひらを押し当てた後、今度は額に手を乗せた。
「骨折すると熱が出ちまうことがある。すぐに下がるとは思うけどよい。」
てっきりマルコ隊長に触られてのぼせていると思ったら、そうではなかったらしい。
「まだ朝も早ぇ。ゆっくり寝てろい。」
と言いながら、私を抱きかかえるように横たえると、ゆっくりと私の頭を撫で始めた。暖かい大きな手に瞼が重くなる。
「隊長?」
「ん?」
「私、マルコ隊長の手、好きだよ。」
「そうかい。」
そのまま寝てしまったのか、次に起きた時にはもうお昼を過ぎていた。
ぐっすり寝たからか、次に目を覚ますと熱はもう下がっていた。前日の晩御飯も、今朝の朝ご飯も食べていなかったからお腹がすいていた私は、マルコ隊長に付き添ってもらいながら、食堂で昼食を食べた。
とにかくマルコ隊長はまるで別人のようにずっと優しかった。どうやら周りの人たちは私がケガ人だからマルコ隊長が私を叩いたりしないのだと思っていたらしい。ケガが完治してからも変わらないマルコ隊長の態度に疑問を持ったところで、初めて私たちがつきあい出したことを知った人もいた。
私が医務室で寝ている間に、隊長陣と一番隊の手練れの隊員が私たちを襲ったチンピラのアジトを襲撃し、壊滅させたという話を聞いた。一緒に行った1番隊の奴らは口々に
「あんなに恐ろしい隊長たちは見たことねぇ。」
「強ぇのはわかってたけどよぉ…。味方でよかったとつくづく思うぜ…。」
と言っていた。その中でも特にマルコ隊長とサッチ隊長の怒りは凄まじいものだったらしい。
それともう一つ聞いたのは、マルコ隊長がナースたちにも怒っていたということ。午前中、私が熱を出して寝ている間に、隊長はナース長を同席させて私が一緒にでかけたナースたちに何が起きたのかをヒアリングしたらしい。
「基本的には黙って説明を聞いてたらしいんだけどよ。その無言の圧力がすごかったらしいぜ。ナース長も平謝りでよぉ。部屋から出てきたナースたちは皆半べそかいてたぜ。」
という仲間の話を聞いて、改めてもっと早く、もっと強く引き返すように言えばよかったと私も反省した。そのことをマルコ隊長に話すと、
「そもそも用心棒を連れてかなきゃならねぇようなところに行くのがおかしいんだよい。」
と忌々し気に言われてしまった。
この一件以降、例の新人ナースのマルコ隊長訪問頻度は一気に下がった。でも、それが私たちがつきあい出したという話を聞いたからなのか、怒るマルコ隊長に恐怖を感じたからなのかはわからない。と、いうのも、本当に用事があってマルコ隊長に声をかけるときの彼女は明らかに怯えていたからだ。
「マルコ隊長、完全にナース達にビビられてるよね?」
ふとそんなことを言うと、マルコ隊長は面倒くさそうな顔をして
「その方が助かるよい。ったく、下手に出てりゃ、勘違いしやがって。これが本来のオレだよい。」
と言いながら、寄り掛かかる私の頭を撫でた。
(「これが」って、ねぇ…。)
つきあう前の「叩く:撫でる」の比率「9:1」は、今や「1:9」に逆転していた。もちろん人前ではあまりベタベタしないけど、二人っきりになった時は私は飼い猫だろうかと錯覚しそうになるくらい甘えさせてもらっている。
そんなことを考えていると
「なんだよい。その顔は。」
と久々に頭を叩かれた。
「何が『本来のオレ』なのかわかんないよ。」
「あ?」
わけがわからない、という顔をしたマルコ隊長に
「私は怖いマルコ隊長も、意地悪なマルコ隊長も、優しいマルコ隊長も全部好きだよ。」
と言うと、口をへの字に曲げて
「そうかい。」
とだけ言った。耳まで赤くして照れてるマルコ隊長もなかなか素敵だ。