短い夢@

□海賊だろっ!
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名無しさんがオレに気があるのはなんとなく気が付いていた。何を隠そう、オレも名無しさんが好きだったからだ。だが、だからと言って、自分の気持ちを伝えることは考えていなかった。オヤジを男にするためにモビーに乗って、オレは隊長であいつはオレの隊の隊員だ。隊員に手を出すのは他の隊員に示しがつかねぇとも思ったし、例え女であっても特定の隊員を特別扱いするのはどうかと思ったのだ。恋人という関係にはなれなくても、隊長と隊員という絶対的な信頼関係があると思っていたし、何より、オレはこのつかず離れずの関係に満足していた。

だが、この均衡がいきなり崩れた。バレンタインデーに名無しさんがオレに告白をしたのだ。
隊員から隊長へのチョコレートだと思って気軽に受け取ったオレに、名無しさんが

「これ、本命チョコです。」
と言ってニッコリ笑った。

「え?」

「好きです。」
完全な不意打ちにオレは言葉を発せなかった。固まるオレに名無しさんの顔が曇りだす。

「すまねぇ。オレはおまえをそういう対象として見たことはねぇ。」
嘘だった。でも、そう言うしかなかった。今度は名無しさんが固まった。だが、すぐに気を取り直すと、

「わかりました。変なこと言ってすみません。」
と言って、頭を下げると、うつむいたままオレの部屋を出て行った。

「はぁ…。」
果たしてあの行動が正解だったのだろうかと考える。だが、やっぱりこれしかなかったとオレは思った。これから少し気まずい雰囲気になっちまうかもしれねぇが、オレは普通に名無しさんに話しかけようと思った。そうすることで、また前のような関係に戻れればいいし、きっとその辺り冷静な名無しさんなら、極端にオレを避けたりするようなことはしねぇだろうと思っていた。

実際、翌日食堂で挨拶をすると、名無しさんは普通に挨拶を返してくれた。事務的な用事で声をかけても、普通に対応してくれた。ただ、以前のように、声をかけた時の嬉しそうな表情や、冗談を言いながらのボディタッチはなくなっていた。それを寂しく思ったが、自分が原因なのは十分に理解していたから、仕方のねぇことだと思っていた。



バレンタインデーから数日経った日の夜。オヤジの飲みにつきあったオレは部屋に戻ろうとしていた。オヤジの体調も機嫌もよくて気が付けば遅い時間になっていた。人気のない甲板を歩いていると、ふと、何かが聞こえたような気がした。

(…?誰かいるのか?)
耳を澄ませば、話し声のようなものが聞こえる。声の方に歩いていくと、それは男の話し声と女のすすり泣く声だった。

(何やってんだ?)
まさか海の上にいるこの船で女が襲われるなんてことはねぇと思ったから、もしかしたらつきあってる奴らの痴話げんかかもしれねぇとは思ったが、念のためとオレは気配を消して近寄った。

「ご、ごめん、ね。」

「気にするな。思いっきり泣いてすっきりしちまえよ。」

「ありが、とう。」

(名無しさんとエース?!)
グズグズと鼻をすする音がする。さらに近づいてみると、床に座り込んで丸くなる名無しさんの肩に、エースが腕を回していた。

「マルコはおまえのこと好きなのかと思ってたけどな…。仲よかっただろ?」

「きっと、妹、みたいな、もんだったんだよ。そういう、対象じゃねぇって、言われたんだもん。きっと、私みたいなんじゃなくて、きれいな、お姉さんがいいんだよ。」

「私みたいなって、そんな言い方すんなよ。おまえ、もてるんだぞ。」

「いいよ、そんな、気休め。そ、そんな話、聞いたこと、ないよ。」

「それはおまえがマルコのこと好きだってみんな知ってるからだろ?おまえがマルコにふられたって聞いて、喜んでる奴は結構いるぞ。」
名無しさんは無言のまま鼻をすすっている。

「確かにマルコは男のオレから見てもいい男だけどよ。この船には他にもいい奴がたくさんいるじゃねぇか。おまえが好きだって言ってくれる奴も絶対いるぜ?」

「そう、かな?」

「ああ。」
ズズッと鼻をすする音がして、名無しさんが大きく息を吐きだした。

「そうだね。いつまでも、引きずってちゃだめだね。」
鼻をすすりながらも、名無しさんの声が吹っ切れたように明るくなった。

「いつまでも落ち込んでられないね。」

「ああ。」

「こんな私でもいいって言ってくれる人がいるのかな?」

「だから、おまえはもてるんだって。大丈夫だよ。」
エースが名無しさんの背中をドンと叩くと、名無しさんは顔を上げた。

「エース、ありがとう。思いっきり泣いて、すっきりしたよ。」

「おぅ。あとはぐっすり寝て、嫌なことは全部忘れちまえ。」

「うん。」
二人が立ち上がる素振りを見せたから、オレは慌ててその場を去った。



部屋に戻ったオレは、頭が混乱して眠れなかった。
名無しさんがあんなに大泣きしているとは思わなかった。あんなに自分を卑下しているとも思わなかった。名無しさんがもてるなんてことも知らなかった。でも、考えてみれば全部当たり前だ。オレのことを本気で好きでいてくれたなら、傷ついたに決まってる。名無しさんはいい女だ。そんな女を他の奴らがほっておくわけがねぇ。

「オレは馬鹿なのか…?」
どうして名無しさんが今のままオレを好きでい続けてくれると思ったのか?どうして他の男にとられる可能性を考えなかったのか?オレは勝手に名無しさんがオレに告白する前の状況に戻って、それが永久に続くと思っていた。だが、そんな都合のいいことがあるわけがねぇ。

「じゃあ、どうすんだよい…。」
やっぱり好きだって言うのか?みっともなさすぎだろい。って言うか、そもそもオレが断ったのはちゃんと理由がある。それを曲げるのか?でも、このままだとそのうち名無しさんは誰かに取られちまう。オレは他の男とつきあう名無しさんを素直に祝福できるのか?
答えが出ないまま、悶々と寝返りをうつ。気が付けば、窓の外が明るくなり始めていた。
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