短い夢@
□策士の恋
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大して大きな島じゃねぇのにも関わらず、何しろログがたまるまで一か月近くかかるもんだから、小さな街ですることもなくなったオレは、珍しく観光めいたことをしていた。たまたま昨日飲んだ酒場で、島の反対側に面白い場所がある、と聞いたのだ。普段なら不死鳥になって飛んじまいそうな道中も、暇を持て余していたからのんびり歩いていた。途中で小さな漁村があったが、漁に出ているのか人影はほとんどなかった。
漁村を過ぎてしばらく坂道を登ると、森に入った。いや、森というよりは雑木林程度のもんだろうか。すぐに木々を抜けると、目の前に海が広がった。
「へぇ。」
断崖絶壁の上に立てば、目の前に真っ青な海が広がる。その海の中に不思議な形をした大きな岩がいくつも突き出していた。聞いていたとおり、まるで動物みてぇな形をしたものや、船が通れるんじゃねぇかってくらい大きな穴の開いた岩なんかがにょきにょきと立っている。
『岩も面白いですが、うまく夕日とかなさると絶景ですよ。』
酒場のマスターのセリフを思い出して、空を見上げた。大分日も傾いている。しばらくすれば夕焼け空になるだろう。オレは芝生の上に仰向けに寝転がると、日没を待つことにした。
マスターの言ったとおり、夕焼けは絶景だった。不思議な形の岩もさらに神秘的に見えた。オレは気分がよかったこともあって、帰りも歩いていくことにした。
来た道を逆に辿る。昼間は閑散としていた漁村は相変わらず静かだったが、明かりが灯っている家もちらほらあったからどうやら人は住んでいるようだった。
「ん?」
そんな漁村の外れに、バーがあった。
(こんなところにあって、客は来るのか?)
一応、看板も出ているし、ドアを照らすライトもついている。だが、地味なたたずまいに、行きは気が付かなかったみてぇだ。
(…腹減ったな。町まで歩くと結構あるし、のぞいてみるか?)
そう思って、ドアに近づいたところで、中から男の怒鳴り声が聞こえた。
「おいっ!オレらを舐めてんのかっ?ああぁ?」
続いて物がぶつかるような音が響いて、オレはドアを開けた。
「あ?」
「何だっ?」
急に開いたドアに、中にいた男たちが一斉に振り返る。いかにもガラの悪そうなそいつらは、一目で先にこの島に来ていた別の海賊団の奴らだと分かった。総勢10人ほどの男たちは店の奥のカウンターの前に並んでいる。そのカウンターの向こう側には一人の女。どうやらその女に向かって喧嘩を売っているようだった。
「おいおい。女一人にそんな大人数で、一体何をやってんだい。」
「何だ?てめぇは?」
手前の男が振り返る。
「オレは飯が食いてぇんだよい。」
「残念だったな。この店にはこの女しかねぇ。で、この女は今からオレたちの相手をしてもらうから飯は作れねぇ。他をあたんな。」
「ここはそういう店じゃないって言ったよね。聞いてなかったの?まっとうなお客さんの邪魔をしないで。」
怯えた様子を一切見せず、カウンターの向こうに立つ女が言い放った。
「おいおい。気の強ぇ女は嫌いじゃねぇが、できれば乱暴なことはしたくねぇからなぁ。大人しくしてりゃ、優しくするぜ。」
下品な笑みを浮かべて、一番体の大きな男がそう言うと、女は思いっきり嫌悪感をあらわにした。
「その顔じゃ、そんないい女が相手にするわけねぇだろい。他をあたるのはおまえらだよい。さっさと出ていけ。オレは腹が減ってるんだ。」
「ああぁ?なんだ、てめぇっ!格好つけて、ヒーロー気どりか?あ?」
手前の男がオレに向かって一歩踏み出そうとしたところで、一番大柄な男がその男の肩に手を置いて止めた。
「白ひげんとこの野郎だな…。てめぇらは人数が多いからなぁ。あっちじゃ偉そうにしてるが、今は一人なんじゃねぇのか?」
「後でお仲間が助けてくれるって思ってるのかもしれねぇが、今ここで跡形もなく消しちまえば何の問題もねぇ。」
男どもが下品な笑い声をあげる。ちらりとカウンターの向こうの女を見れば、冷めた目で状況を見ているようだったが、徐に
「ねぇ、お兄さん。こいつら追い払ってくれたら食事とお酒、奢るわ。」
と言ってニヤリと笑った。一瞬、この女はこのチンピラどもと一緒にオレも厄介払いしようとしているのかと勘ぐったが、すぐに
「今朝取れた新鮮なお魚があるの。それでいいかしら?それと、ライスとパン、どっちがいい?」
とまるでオレが勝つのが当然のように聞いてきたもんだから、思わずオレは
「米が食いてぇ。」
と笑って答えた。
「了解。じゃぁ…大変申し訳ないんだけど…。お店壊されたくないから、外でお願いしてもいいかしら?」
と、女はまるで「八百屋でトマトを買ってきて」とでも言うようにさらっと言った。
「おぅ。ほら、てめぇら、外出るよい。」
オレがそう言って外に出るように促すと、大男は青筋を立ててオレを睨みながら、
「てめぇ、外出た瞬間に逃げるんじゃねぇぞ。」
と言って仲間たちを引き連れてドスドスとドアの方に向かって歩いてきた。
あっけなく決着をつけて店に戻ると、いい匂いが店内に広がっていた。
「あら。早かったわね。ちょっと待ってくださいね。」
カウンターに座って店内を見回す。素朴だが、小ぎれいな店だった。
「どうぞ。」
チーズとナッツの入った小皿と一緒に、ジョッキが目の前に置かれた。ジョッキに口をつけながら、カウンターの後ろで料理をする女をちらりと見る。テキパキと手を動かしながら、
「お店の中で暴れられたら面倒だと思ってたから、助かりました。ありがとうございます。」
と言うと、皿に盛ったライスとカップに入ったスープをオレの前に並べた。
「昨日街に買い出しに行ったらからまれて、適当にあしらったんだけど、ここにいるって聞きだしたらしくて。白ひげさんたちが来る前から問題を起こしてて面倒だと思ってたんですよね。」
「きっと馬が合わねぇ奴らだろうなとは思ってたが…。騒ぎを起こしてたのかい?」
スープに口をつけながらそう言うと、
「ええ。ただ同然の値段で食糧を値切ってきたり、街の女の子にちょっかい出したり。ここは周りの島から離れてるし、海賊だろうが海軍だろうがこっちは区別なく商売してるのに。どうやら頭が悪いみたいで。」
と小ばかにするように言いながら、女は魚料理をオレの前に置いた。
「うまそうだよい。」
「この近海で採れるんです。今が旬で脂がのってますよ。」
バターでソテーされた白身魚を口に入れる。
「うめぇな。」
「気に入りました?今なら表の市場でも仕入れられますし、干物にしたものも美味しいですよ。」
「そうかい。そりゃいいな。」
腹が減っていたのもあるが、魚も新鮮だし、料理の腕前もなかなかだった。オレが食事を続けていると、女は冷蔵庫から何かを取り出して別の料理を作り始めた。ちょうどその白身魚を食べ終えたところで、
「干物にすると味がまた変わるんです。」
と言って、女が別の皿に乗った魚を差し出した。勧められるままに口に運ぶ。
「…お。」
「ね?全然違うでしょ?」
「オレはこっちの方が好きだよい。酒に合う。」
「よかった。表の市場でも売ってます。よかったらたくさん買って行って。」
クスクスと楽しそうに笑う女を改めてちゃんと見れば、なかなかいい女だった。
「オレはマルコだ。あんたは?」
「マルコさん…。私は名無しさんです。」
名無しさんと名乗ったその女は、オレの名前にピクリと反応する。もしかしたら白ひげ海賊団ということと、オレの名前で何かピンとくるものがあったのかもしれねぇが、そんなことには慣れっこのオレは特に気にはしなかった。
「マルコでいいよい。」
オレがそう言うと、名無しさんはニコッと微笑んで、
「マルコは、何でこんなところに?」
と聞いてきた。
「あまりに暇だって話をしたらあっちの酒場のマスターが面白れぇ場所があるって教えてくれてな。それで、あの奇妙な岩を見に来たんだよい。」
「なるほど。この時間なら夕焼けも見れました?」
「ああ。見ごたえのある風景だったよい。」
「それはよかった。」
しばらく近くの島のことや、この島の情勢、にぎやかな表と静かな島の裏の話なんかを聞きながら、オレは酒を飲んだ。
「いつもこんな感じなのかい?」
オレが店に入ってからしばらく経つが、全く客が来ない。
「常連さんがメインだから。それに、表にお客さんがいるとみんなそっちで忙しいけど、船が入っていない時はそれなりに賑やかですよ。」
「なるほどな。飯も旨くて店主もいい女なのに客がいねぇなんて、なんか裏があるのかと心配になったよい。」
オレの発言に名無しさんは
「大丈夫よ。ここに入ったいい男は二度と出てこない、なんて噂はありませんから。」
と言ってニヤッと笑った。
「そうかい。そりゃよかった。」
オレが笑いながらジョッキを煽ると、名無しさんも笑いながら酒を注いでくれた。
結局その後、客は誰も来ず、完全に貸し切り状態だった。
「ご馳走になった上に長居して悪かったな。」
「ふふふ。全然。うるさい虫を追っ払ってもらったし、他に誰もいないんだから。ぜひ、また来て。」
名無しさんは店の外まで出てオレを見送ってくれた。