短い夢@

□初日の出
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(オヤジ様が今年一年もご健在であられますように。今年はマルコ隊長と…。)
そこまで頭の中で考えて、名無しさんは一瞬止まった。

(…今よりお近づきになれますように。)
両手を合わせて朝日に向かって祈る。一瞬「おつきあいできますように」と思ったものの、そこまで欲張ってはいけない気がしたし、何より全く現実味がなくてやめた。名無しさんがぎゅっとつぶっていた目をゆっくりと開けたところで

「何をそんなに一生懸命祈ってるんだい?」
と声がした。

「うぎゃぁっ!」
背後からの突然の声に思わず名無しさんが声を上げた。

「何て声だい。一体どこから出てんだよい。」
マルコが笑いながらそう言うと、名無しさんの横に立った。

「マ、マルコ隊長…。」

(や、やばい。もうお願いを聞いてもらっちゃったの?)
名無しさんが茫然と横に立つマルコを見ると、当の本人は大きくあくびをした。

「新年早々早起きだな。」

「マルコ隊長こそ…。」

「あ?オレは今まで飲んでたんだよい。」

「は?」

「そのまま雑魚寝し出した奴らの鼾があまりにうるさくて出てきたんだよい。」
疲れた顔をしてマルコは頭をガシガシ掻いた。

「おまえは昨日飲まなかったのか?」

「え?あ、はい。私、今日は不寝番なんです。だから、前日の徹夜はやばいと思って逃げました。」

「なるほど。正しい判断だよい。」
もう一度大きなあくびをしながらそう言った後、マルコはニヤリと笑いながら横を向いた。

「で?初日の出に何の願い事をしてたんだよい。」

「え?あ、えっと…。オ、オヤジ様の健康です。」

「…。」
マルコはちょっと考えるようにすると、前を向いて両手を合わせた。目をつぶって真剣に何かを願うマルコの横顔に名無しさんは完全に見とれていた。マルコがゆっくりと目を開けたところでガン見していたことに気が付いて名無しさんは慌てて

「な、何のお願いしたんですか?」
と聞いた。
マルコは目の前の海と日の出をまっすぐに見え据えたまま

「おまえと同じだよい。願い事をすんのは好きじゃねぇ。欲しいものは全部自分で手に入れてぇからな。ただ…オヤジの健康に関してはオレにできることも限界がある。船医として最善を尽くすつもりだけどよい。」
と言った後、チラリと名無しさんを見た。

「…オヤジの健康だけか?」

「え?」

「他にもいろいろお願いしてそうだよい。」

「ええええっ!」

「…おまえは本当に嘘つけねぇ奴だよい。」
マルコは呆れたように言ってからクスクスと笑った。

「で?」

「え?」

「え、じゃねぇ。何をお願いしたんだよい。」

「…。ひ、秘密です。」

「ふーん…。」
マルコにじとっと見られて居心地の悪くなった名無しさんは、こほんと咳ばらいをすると、

「マルコ隊長みたいに、なんでも自分の力で実現できればいいんですけどね。私はそうはいかないんですっ。」
と言って、そっぽを向いた。

「そうかい…。まぁ、人の気持ちは自分じゃどうにもできねぇしな。」

「…そうなんですよね…。」

(って、あなたなんですけどね…。)
と思ったところで名無しさんは口を抑えた。

「ま、若い女が朝早く起きてお願いするなんて、大体そんなもんだよい。」
ニヤリと笑ったマルコに、名無しさんは顔から火が出そうだった。

「い、いいじゃないですかっ!神頼みでもしないとやってらんないんですっ!マルコ隊長とは違うんですっ!」

「おいおい。オレだって人の気持ちをどうこうはできねぇよい。」

「そ、そんなことないですよ。」

「おまえなぁ…。でも…。できれば神頼みじゃなくて自分で何とかしてぇな。」
前を向いてそう言ったマルコの横顔を見ながら名無しさんは気が付いた。

(…何とかしたい相手がいるんだ…。)
名無しさんもさっきよりも大分明るくなった海を見つめた。

(お近づきになるお願いはかなったかもしれないけど、これじゃ本末転倒だね…。)
ふっと自嘲気味に微笑んでから名無しさんは大きく息を吐き出すと、

「マルコ隊長なら大丈夫ですよ。マルコ隊長が何とかできない人なんていないって。」
と言ってにっこりとマルコに微笑んだ。

「隊長、もてるんですよ?」
そう言った名無しさんをじっと見ると、マルコは

「じゃあ、おまえでも何とかなるのかい?」
と言ってニヤリと笑った。

「へ?」

「でも、他に想ってる奴がいるんだろ?」
一瞬名無しさんの思考は完全に停止したが、すぐに再起動させると、冗談で挑発してるんだと理解してから動揺を隠すように慌ててまくし立てた。

「そ、そうですね。マルコ隊長に言い寄られたら、さっきのお願いなんてどうでもよくなりますよっ!うん。だから大丈夫っ!アハハハ…。」

(嘘はついてない。嘘じゃない。もし、言い寄られたら「お近づきになりたい」なんてどうでもいいもん。)
慌てて言ってから無性にむなしさを感じつつも、それを顔に出すまいと名無しさんは下を向いた。

「へぇ。」
そんな名無しさんをマルコはじっと見た。

「…自分の言ったことには責任持てよい。」

「え?」
マルコの意図が理解できずに名無しさんが顔を上げた瞬間、体がぐっと引き寄せられた。

「今すぐさっきの願い事を取り消せよい。」
目の前に迫るマルコの鋭い眼光に名無しさんは身動きが取れなくなる。自分の肩に感じる重みがマルコの腕だと理解した名無しさんが、

「無理です。」
と言うと、マルコの眉間に皺が寄った。だが、すぐに

「もう、かなえてもらいました。」
と言って微笑むと、今度はマルコが固まった。

「すごいですね。こんなに効果があるとは思いま…。」
名無しさんの言葉はマルコの唇によって遮られた。

「これじゃ、オレが自分で手に入れたのか、おまえの願い事がかなったのかわからねぇじゃねぇかい。」
そう囁いたマルコに、名無しさんが微笑む。マルコは名無しさんのおでこにそっとキスをすると、

「オレは部屋に戻って寝るよい。」
と言って、名無しさんの体を解放した。

「じゃねぇと、不寝番は務まらねぇからな。」
そう言ってポンポンと名無しさんの頭を叩くと、マルコはそのまま自室に向かって歩き出した。

(…今晩の不寝番、つきあってくれるの?)
泣きたいんだか笑いたいんだかわけのわからなくなった状態で、マルコの背中を見送っていた名無しさんは、ふいに思い出してその大きな背中に向かって叫んだ。

「あけましておめでとうございます!」
マルコは振り向かずに片手を挙げた。
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