短い夢@

□メリークリスマス
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(「おまえの『女』の部分なんて見たくねぇよい」って感じですかね…。)
残ったサンドウィッチをちらりと横目で見た名無しさんが失った食欲に大きくため息をついたところで、近づいてくる足音に気が付いて顔を上げた。

「ほら。そんなもんじゃ足りねぇだろい。」
見上げた先にはトレイを持ったマルコ。マルコはそのまま名無しさんの横に座ると、床の上に置いたトレイからサンドウィッチを掴んで頬張った。

(え?)
置かれたトレイの上を見れば一人前以上の食べ物と二つのマグカップ。マルコの昼食も含まれているのは明らかだった。

「あ、ありがとう…。」
こんな甲板の隅っこで一緒に食べてくれるのだと理解した瞬間、なくなったはずの食欲が復活したのを感じた名無しさんは、緩みそうになる頬を何とか抑えてサンドウィッチを手にした。

「で?一緒に飲もうとかって言ってた奴らはうまくかわせたのかい?」

「…一番隊の飲みがあるかもって言って逃げた。」

「…。じゃ、飲み会するか?」

「…ん…。それもねぇ…。」
もぐもぐやりながら浮かない顔をする名無しさんをチラリと見たマルコは名無しさんの次の言葉を待つ。別にこんなことがなくとも、「飲み会だ」と言えば大喜びで参加する名無しさんらしからぬリアクションだったからだ。言うかどうするか迷ってる、という雰囲気だったものの、マルコが待っているのを感じたのか名無しさんは

「その…一番隊にも、なんか態度が変わった奴らがいるっていうか…。」
と言って、コーヒーの入ったマグカップに手を伸ばす。

「ま、そういう奴に限って、同じ隊でも今まであんまり関わったことないって言うか、私のことをよく知らないだろうな、って奴らなんだけどさ。」
こじんまりと座り込んで両手でマグカップを持つ名無しさんからはいつもの勇ましさはなく、まるで小動物のようだとマルコは思った。それまで目の前のマグカップを見つめたまま話していた名無しさんは、首を横に向けると、マルコを見た。

「昨日の隊長とかオヤジの反応もびっくりしたのが正直なところだけど、でも、明らかに違うんだよね。『女の恰好すりゃ、ちゃんと女じゃねぇか』ってくらいで、半分冷やかしてる感じでしょ?冗談で「普段からミニスカートとか履けよ」なんてサッチは言ったりしたけど、でも、私の中身をちゃんと知ってるからそれだけなんだよね。でもさ、そうじゃない奴らはもう完全に私のことを『女』としてしか見てないっていうか。一緒に戦う仲間から除外されたような気がしちゃうんだよね。」
名無しさんは再び視線をマグカップに移すと

「せっかく今まで女だからって舐められないように頑張ってきたのに。」
とぼそっと言った。そんな名無しさんを見つめるマルコのまなざしは優しかった。

「そんな奴らはほっときゃいい。何なら手合わせでもしてやって実力を見せてやれよい。」
そう言って名無しさんに微笑む。

「そうはいっても…。」

「そうだな、何なら六番隊だか八番隊だかと合同稽古でもするか?思いっきり暴れてやれよい。」
楽しそうにそう言ったマルコに名無しさんは目を丸くした。

「その上で『私より弱い男に興味はないの』とでも言ってやれ。」

「フフフっ。それ、いいね。…って言うか、負けないようにしないと。」
そう言ってニヤリと笑った名無しさんに、同じように意味深な笑みを浮かべたマルコが

「うるせぇ奴らを黙らせる手はもう一個あるけどな。」
と言った。

「ん?」
不思議そうに首を傾げた名無しさんから視線をトレイに移したマルコがもう一つのマグカップを手に取る。

「男を作っちまえばいいんだよい。」

「へ?」
間の抜けた名無しさんの顔を見て笑ったマルコが、手にしたコーヒーを口元に運ぶ。

「そんなこと言ったって…。それって、言い寄ってくるのから適当に選べってこと?」
コーヒーを一口飲んだマルコが、

「いや。」
と否定すると、

「彼氏が欲しいと思ってぽっと作れるくらいなら、とっくに彼氏いるよ。」
と名無しさんが不貞腐れたように言った。
マルコは視線を目の前の海に向けたまま、ちょっと間をおいてから、視線を動かすことなく

「オレじゃダメかい?」
と言った。

「…え?」
目を丸くした名無しさんが、ワンテンポ置いてマルコの言葉の意味を理解した瞬間に眉間に皺を寄せた。

「言っとくが、オレをそのうぜぇ奴らと同じ扱いにすんなよい。別にあのコスプレでおまえに惚れたわけじゃねぇ。」

「ほ、惚れ…?ほ、本気なの?」

「こんなこと冗談で、しかもおまえ相手に言うわけねぇだろい。」
そう言うと、マルコは頭をガシガシ掻きながら、

「本当は次の島で話そうと思ってたんだよい。買い出しに誘ったろい。今ここでおまえの話を聞くまでは予定通り次の上陸まで待つつもりだったが、そんなにいろんな奴らに言い寄られてるならそこまで待ってられねぇよい。」
と説明したものの、名無しさんの頭が目の前の展開について行かない。半開きの口のまま、茫然としていると、マルコが不機嫌そうに

「で?どうなんだよい。」
と聞いた。

「え?」

「え?じゃねぇ、アホンダラ。好きだって言ってんだから、何か返事しろい。」

「え?あ!ああ、う、うん!私も!私も、マルコが好き!」
慌ててそう口走った名無しさんが「あ」と小さく声を上げて口を押えると、いきなり「好き」と言われたマルコも面食らって一瞬奇妙な顔になったが、

「じゃぁ、まぁ、そういうことだよい。これで解決だな。」
と言ってニヤリと笑った。一方の名無しさんは、相変わらず現実に頭がついて行っていない。

(か、解決なのか…。って、本当に?マルコ、私のことが好きだったの?そんなにうまく行っちゃっていいの?)
想定外の展開に困惑の表情を浮かべる名無しさんに、マルコも事を強引に進めてしまったかと不安になる。

「何だい。浮かねぇ顔して。まだなんか問題があんのか?」
マルコがそう言うと、

「い、いや、その…。まさかこんな展開になると思わなかったって言うか…。そ、それこそ、あのコスプレもマルコだけ全く無反応だから、全然私に興味ないんだと思ってた…。」
と戸惑いがちに名無しさんが言った。その発言にポーカーフェイスを貫いていた自覚のあるマルコは、

「まぁ、あの化けっぷりには驚いたが…。どうでもいい相手なら適当に冷やかすかもしれねぇが、逆の場合はちょっかい出しにくいもんだよい。」
と照れたように言ったものの、すぐにニヤリと笑って目を細めて名無しさん見た。

「そうだなぁ…。オレにとっちゃ、全部脱がせた時の楽しみをあのコスプレで小出しにされちまったってのが正直な感想だよい。」

「っ!な、な、何言ってんのっ!」
顔を真っ赤にした名無しさんの腰にマルコは腕を回すと、そのままぐっと引き寄せる。首を傾けて顔を近づけながら、名無しさんがマルコを受け入れるように目をつぶったのを確認すると、そっと唇を重ねた。

「まさかクリスマスプレゼントにサンタをもらっちまうとは思わなかったよい。」
離れた名無しさんの唇をそっと指でなぞりならがマルコが微笑んだ。
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