短い夢@
□知恵の輪
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「…何やってんだ?」
甲板の隅っこで難しい顔をしている名無しさんを見つけて不思議に思ったマルコが声をかけた。無言のまま一生懸命手を動かしている名無しさんは、
「んー?」
と口を尖らすと
「知恵の輪。」
と答えた。
「知恵の輪?」
「そ。」
視線を一切マルコの方に向けることなく名無しさんはずっと世話しなく手を動かしてはうんうん唸っている。そんな名無しさんをマルコは呆れたように見下ろすと
「…そんな子供騙しにはまってんのかい。」
と言った。
「ちょっと。これ、マジで難しいんだからねっ!」
やっと顔を上げた名無しさんはマルコを睨む。
「難しいったって、所詮おもちゃだろい。」
「あ。知らないの?最近の知恵の輪は完全に大人向けなんだよ。」
そう言って名無しさんが手に持っていたものを見せると、それは確かにマルコの知っている知恵の輪に比べると大分ごついものだった。
「なんだか仰々しいな…。」
「でしょ?最近こういうのがはやってるんだよ。難易度もいろいろあるし。」
「へぇ…。」
さっきよりは幾分興味を持ったマルコが眉を上げた。
「これは最高難度のなんだよね。この、あたりから、抜けそうなのに…。」
そう言って名無しさんが手をひねる。カチャカチャと金属音がするが、どうやら解けないようだ。
「絶対にここだと思うんだけど…。」
「おいおい。そんなに引っ張ったら曲がっちまうよい。知恵の輪ってのは力を使わねぇもんじゃねぇのかい。」
マルコはそう言って小ばかにするように笑うと、名無しさんの目の前にどっかり座った。
「そうだけどさぁ…。」
「ちょっと貸してみろ。」
「え?」
自分の目の前に座ったマルコが手を差し出すのを見て名無しさんはニヤリと笑った。
「なんだ。マルコも気になるんじゃん。」
そう言って持っていた知恵の輪をマルコに差し出すと、それを受け取ったマルコは知恵の輪を両手で持っていろんな角度から吟味し始めた。ひっくり返したり裏返したり。そんな作業をするマルコに、
「フフフっ。きっとエースだったらまず力任せに引っ張りそうだよね、マルコと違って。」
と言って名無しさんが笑うと、マルコはチラリそんな名無しさんを見てから
「あいつと一緒にすんなよい。」
と言ったかと思うと、急に手を動かしだした。
何回か同じところでひねったり戻したりを繰り返すと、
「ほらよ。」
と言って、左右バラバラになった知恵の輪を名無しさんの目の前に掲げた。
「ゲッ。」
思わず名無しさんがそんな声をあげると、マルコが得意気に笑った。
「ま、子供騙しにしちゃぁ、よくできてるよい。」
「うっそー!!私、朝からやってるんだよ?なんでぇ?」
「頭のできが違うんだよい。」
「ムカつく。」
ぶすっとふくれっ面でマルコを睨んだ名無しさんの目の前で、マルコは再び手を動かす。
「…うそ…。」
元通り二つのパーツをくっつけたマルコが、できあがった知恵の輪を名無しさんに差し出す。
「…戻すのも難しいはずなんですけど。」
「一旦仕組みがわかっちまえば考えるまでもねぇよい。」
知恵の輪を受け取った名無しさんは、下唇を突き出したまま再び知恵の輪と対峙する。そんな様子をマルコはじっと見つめている。
「そこであってるよい。でも、その動きじゃ無理だ。」
「…だから、いろいろ試してるじゃん。」
「違ぇよい。そうじゃなくて…。」
「うるさいっ!」
「全く…。」
そんな名無しさんにマルコは「やれやれ」という顔をして立ち上がった。視界の片隅でマルコが立ち上がったのを確認した名無しさんは、てっきりマルコはその場を去るのだと思った。だが、視界から消えたかと思うと、
「そうじゃねぇよい。」
という声が名無しさんの背後から聞こえた。