長い夢「何度でも恋に落ちる」

□誤解ですっ!
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ノックをしてから、こんな時間にマルコの部屋に来るのは初めてかもしれない、と名無しさんは思った。
ずっと雨続きですることもなく、部屋にある本を読み終わってしまったから、寝る前に続きを読みたいと思ってマルコの部屋に来たものの、すでに10時を過ぎていた。
それもあって、いつもは返事を待たずにドアを開けていたが、今回は一応中の反応を待つ。
すると、

「入れ、よい。」
というなんだか苦しそうなマルコの声が返ってきた。

「…?」
そっとドアを開けてみると、マルコは床に寝転んでいた。

「…何やってんの?」
そう言ってマルコを見下ろした名無しさんに

「もし、これが掃除してるように見えるなら、もう老眼じゃなくて白内障か緑内障を疑ったほうがいいよい。」
と言うと、上体を起こして「98」と数を数えた。

「…なんで全部年寄りの病気なのよ。」
名無しさんの文句を無視して、マルコは腹筋を続ける。

「99、100。ふーっ。」
どうやら腹筋100回を終えたらしいマルコは、寝転んだまま天井を仰いで息を整える。
そんなマルコをチラリと見ると名無しさんは壁の本棚に視線を移した。

「って言うかさ、私が買った本、私が読み終わる前に持ってくのやめてくれない?」
目的の本を探しながら本棚を見ていた名無しさんがそう文句を言うと、

「さっさと読まねぇおまえが悪いんだよい。そっちじゃなくて、机の上だ。」
とマルコが反論した。
首だけ後ろにひねってマルコを睨んだ名無しさんは本棚から机の方に移動して目的の本を見つける。

「もう読み終わったから持ってって構わねえよい。」

「何が『持ってって構わない』だ。『先に読ませていただきました。ありがとうございます』でしょ。」
くるりと後ろを振り返ってマルコに文句を言った名無しさんが見たのは、今度はうつぶせに床に寝転んで腕立て伏せを始めたマルコ。

「…毎晩そんなことやってんの?」

「毎晩、じゃ、ねぇ、よい。」
すでに20まで数えたマルコは、短くそう答えると、数を数え続ける。
そう言えば、ここ最近は天気も悪かったし、体がなまっているのかもしれない、と名無しさんは思いながら腕立てを続けるマルコを見下ろすと、

「手伝ってあげるよ。」
と言ってニヤリと笑ってから、マルコを跨いだ。

「あ?」
不思議に思ったマルコが肩越しに背後を見ようとした瞬間、背中にドスンとかかる負荷。

「っ!お、おいっ!」

「はーい。次、30ねー。」

「ちっ!」
名無しさんはマルコの背中にどっかりと座ると、さっきマルコの机から取り返した本を開く。

「ほらほら、スピードが落ちたよー。」

「あたりめぇだい。いきなりかなり重てぇもんがのったからなっ!」

「かなり重いって何よっ!失礼ね。」

「この前も言ったけど、おまえは筋肉が付いてるから重てぇんだよいっ!」

「あー、はいはい。ほら、35、36.」
文句を言いつつも、マルコは最初の頃のスピードを取り戻すと、腕立て伏せを続ける。一方の名無しさんは、取り敢えず本を開いたものの、一定のテンポで上下するこの状態で本を読んだら気持ち悪くなりそうだと判断して、読書を諦めた。

「雨降ってて甲板の掃除もできないしねー。ここんとこ、稽古もしてないから、ちょっと体動かしたくなるね。」

「ああ。」
返事をしながらも、マルコは自分で数を数え続ける。

「私もやろうかな。」

「そうだな。腕立てでもして胸筋をつけとかねぇと、胸が重力に負けるぞ。」

「なにそれ。またばばぁ扱い?」

「あ。いや、その必要はねぇか?」

「ん?」

「垂れるほど重くねぇな。別に何の重力の影響も受けてなさそうだよい。」

「はぁ?てめ、ふざけんなっ!」
相変わらずの会話だったが、お互いの顔が見えないのをいいことに、実は二人とも笑っていた。名無しさんはマルコの背中に乗ったまま、背後からマルコの首に腕を回す。

「うげっ!」

「死ね、マルコ!不死鳥でも窒息には勝てねぇだろっ!」

「おい!マジで締めんなよいっ!」
じゃれている、とはまさにことのことだろう。首を絞められているものの、密着する名無しさんの体に、マルコも笑っていた。
と、そこで、ノックの音がした。

「ん?」
名無しさんとマルコが顔を上げた瞬間、ドアが開いて、一番隊の隊員が顔をだした。

「マルコ隊長、明日の甲板掃除って一番隊っすか?雨で順番がずれてよくわかんなく…。」
と、そこまで言ったところで、目の前に広がる光景に絶句する。

「あ、あ、そ、その…。し、失礼しましたっ!」
その隊員は大慌てでそう叫ぶと、バタンとドアを閉めて走り去ってしまった。

「何だ?」

「さぁ?」
とマルコも名無しさんもキョトンとしていたが、はたと自分たちの状況に気が付く。四つん這いのマルコの上に名無しさんがまたがる様に乗って、マルコの首に腕を回しているのだ。名無しさんはゆっくりとマルコの背中から降りると、

「もしかして、すんごい勘違いされたりしちゃった?」
と引きつった顔で言った。
それを聞いたマルコは、慌てて部屋を飛び出すとさっき出て行った隊員を追いかけた。

「あはははは…。」
そんなマルコの後ろ姿を見送った名無しさんは、数日後「名無しさんがマルコを襲っていたらしい」とか「名無しさんに馬乗りになられたマルコが嬉しそうにしていたらしい」から、最終的には「マルコと名無しさんはつきあっていて、マルコがMで名無しさんがSらしい」というところにまで発展してしまった噂の火消しに奔走することになった。
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