短い夢@

□無欲すぎるホワイトデー
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あの日、チョコを受け取ってもらえなかった私は、マルコのことはもう諦めようと思っていた。マルコの言うこともわかる。毎年紙袋2、3個に山盛りになるようなチョコをもらっては、お返しに頭を悩ませていた。食べきれないからと、そのおこぼれに預かったこともある。
私は受け取らない宣言をしていたことは全く知らなかった。誰からも受け取らないと決めていたとは言え、失恋は決定的だった。そんなこと言ったって、気になる人、或いは、好きな人からのチョコは断ると思えない。それに、はっきりと「本命だろうが義理だろうが受け取らねぇ」と言われたのだ。だから、結果として私のチョコを受け取ってもらえなかったということは、私のことをそういう対象として見たこともなければ、告白しても私の気持ちを受け入れる可能性は微塵もないということだと判断したのだ。
それなのに。

(…なんだったんだよ、あれは。)
あの晩、マルコがわざわざ私を探しに来てくれたのか、或いは、たまたま見つけただけなのかどうかはわからなかった。マルコが最初の一個を食べた時も、果たして私がマルコにあげようとしていたチョコだとわかって手を出したのかもわからない。ナースからの友チョコの可能性だって、十分にあったのだ。だから、受け取りを拒否したことを申し訳なく思っての行動なのか、たまたま食べてみたら美味しかったから奪っていったのか、それすらもわからなかった。
そして、そこすらもわからないから、果たしてマルコが私の気持ちを知っているのかどうかも、全く見当がつかなかった。例年はチョコを配るようなことを私はしていないというのは認識されていたようだったが、私が義理チョコをあげない主義だというところまで知ってるかどうかもわからない。他の仲間にはチョコをあげなくても、普段お世話になっている隊長にだけは用意する、とも考えられなくはない。なんでいつもやってないのに、今年だけ、と思うかもしれないが、それだけで私の気持ちがバレるとも思えない。
受け取ってもらえたのは嬉しかった。ただの気まぐれかもしれないし、私の気持ちなんて、全然気にしてはいないかもしれないけど。でも、だからと言って、何で受け取ってくれたのか理由を聞こう、とか、或いは、改めて自分の気持ちをちゃんと伝えよう、とは思わなかった。本当はチョコを渡して気持ちを告げるつもりだった。そもそも、両想いになれるなんて微塵も思っちゃいなかったから、気持ちを伝えるのが最大の目的だった。もし、何かあった時に「伝えればよかった」と後悔したくない。ふと、そう思い立っての行動だった。でも、わざわざ仕切り直してまで自分の気持ちを告げる勇気を持ち合わせていなかった私は、気にかけてくれたという事実だけで満足しようと自分自身に言い聞かせていた。諦めのいい大人のふりをしながら、本来の目的を果たせなかった事実に目をつぶりつつ、マルコの真意を知るのが怖かったのだ。

一方、チョコを受け取ってくれてからのマルコは全くいつもどおりだった。特に私を避けることもなく、だからと言って急に優しくなったりするでもなく。本当に今までどおり。それに、マルコからあのチョコについて触れてくることもなかったから、若干の寂しさを感じたものの、安堵する自分もいた。

そんなこんなでいつもどおりの嵐あり、海軍ありの航海は続き、気が付けばもう3月になっていた。
一番隊が集められて、マルコから今後の予定を報告された。近々大きめの島に上陸するとのことだった。

「ってことは、ホワイトデー当日もその直前も島にいるってことだな。」

「…『航海中で買えませんでした』って言い訳はできねぇってことだ。」

「小せぇ島だとみんな同じもんになっちまっても大丈夫だけど、そこそこでけぇ島だといい物も売ってるしなぁ…。センスが問われちまうぜ。」

「腕の見せ所だな。」

「よく言うぜ。おまえみたいなんが一番やべぇんだよっ!」
解散とともに、野郎どもが口々にホワイトデーについて話し出した。安易に「上陸して買い物ができそうでよかったじゃん」なんて思っていたが、なるほど、それはそれで大変そうだ。
ふと、マルコの隣にいた奴が、

「マルコ隊長、結果的に受け取り拒否作戦は成功っすね。」
と声をかけると、

「ああ。去年の数のお返しを今度の島で買ったら、オレは完全に破産だよい。」
と笑いながらマルコが答えた。
後ろの方から聞こえてくるそんな会話を聞きながら、果たしてマルコは私にお返しをしてくれるのだろうか、と考える。
そもそも一回いらないと言われた上に、結果的に「食べかけ」を渡したことになる。私からすればお返しをもらうのも申し訳ないのだが、律儀なマルコのことだ。何かを用意してくれるのかもしれない。私も過度な期待はせず、それくらいにしか思っていなかった。

その後の航海は順調に進み、ほぼ予定どおりに次の島に上陸できそうだった。いつもどおり、マルコが隊員に上陸後の役割分担を発表した。

「と、言うことで予定通りなら上陸は4日間。3月15日には出航だよい。本来なら最終日を自由行動にするが、14日までに買い物を済ましてぇ奴が多いと思うからな。」

「さすが、マルコ隊長!気が利くぜ!」

「で、ホワイトデーなんて全く関係ない隊長と名無しさんが14日の買い出し担当ってわけか。」

「相変わらずさみしいなぁ、名無しさん。」

「…うるさいよ。ナースのみんなからたくさんもらうもーん。」
嫌みを言ってきた奴にそう言って舌を出したものの。実は内心ドキドキしていた。よりによってホワイトデー当日、マルコと一緒に買い出しなのだ。でも、確かにこいつの言うとおり、マルコと私はホワイトデーの買い出しはいらない。合理的に判断したと思えば、それまでだった。変な期待は裏切られるに決まってるから、一緒に居られてラッキーくらいに思おうと、自分に言い聞かせた。

14日までの数日間、私はホワイトデー商戦真っ盛りの街を満喫していた。本来は彼氏に買ってもらうはずのお菓子なのだろうが、構わずいろいろ買ってはその場で食べたり持ち帰ったり。
と、その島でも一番有名だというショコラティエのお店で一番人気のチョコレート詰め合わせを買って店から出てきた時だった。

「…何やってんだよい。」
ばったり出会ったマルコがそう言うと、ちらっと私の手元を見た。私の手には、今まさに買ったチョコのみならず、近くのお店の紙袋がいくつかぶら下がっていた。

「え?買い物?」

「…お返しかい?」

「ん?違うよ。自分の。」

「…。それ、全部か?」

「うん。」

「…。」
なぜかマルコの眉間に皺がよる。

「確実に豚まっしぐらだねぃ。」

「…う、うるさいよっ。ちゃんと賞味期限が長いの買ってるから、一気には食べないもん。」

「あたり前だい。そんなの一日で食べたら豚なんてレベルじゃすまねぇよい。」

「いいじゃん!長い航海の非常食だよっ!」
やれやれ、という顔をしたマルコを置いて、私は買いあさった物を置きにモビーに戻った。
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