短い夢@

□続風邪っぴき
1ページ/2ページ

名無しさんがゆっくりと目を開くと、部屋の中はもう明るかった。昨晩までの倦怠感と節々の痛みは嘘のようになくなり、体がものすごく軽く感じられる。改めて、熱でつらかったことと、どうやらその熱が大分下がったらしいことをぼんやりと天井を眺めながら実感した名無しさんは、あまりに静かなモビーの様子に、まだ早朝なのかもしれない、と思った。
ふと顔を横に向けて名無しさんの視界にベッドの横に置かれたスツールが入る。
そこで名無しさんは、「もう少しここにいてほしい」だなんて恥ずかしいことを言ったことやら、マルコが苦笑いをしながら自分の手を握ってくれたことを一気に思い出して、下がったはずの熱が再び顔に集まるのを感じた。

(…いくら熱があってつらいからって…。あんなこと言っちゃうなんて…。)
いつもは嫌みばっかりのマルコも、さすがに病人には優しいのだろう。嫌な顔一つせず、つきあってくれた。それどころか、手まで握ってくれた。

(完治したらからかわれそうだな…。)
思わず自嘲すると、名無しさんは体を起こしてベッドの上に座った。サイドテーブルには水差しとコップ。きっとマルコが置いておいてくれたのだろう。コップに水を注いでそれを飲み干すと、名無しさんは昨晩のマルコの手のぬくもりを思い出しながら、再び布団に潜り込んだ。
すっきり目覚めてしまったからなかなか眠れないかも、なんて思っていたのに、やはりまだ体調が万全ではないのか、名無しさんはすぐにうとうととしだした。
マルコのことを考えていたからだろうか。事実を思い出しているのか、或いは一度見た夢を思い出しているのか、それとも今まさに夢を見ているのか自分でもよくわからない状況だった。「明日の朝、また様子を見に来るよい。」と耳元でマルコが囁いたかと思うと、目を閉じていても目の前が暗くなったような気がした。すぐに額に何か柔らかいものが触れて、うっすらと目を開くと、自分に覆いかぶさるように立っていたマルコが、体を起こして遠ざかるのが見える。マルコはふっと微笑むと、そのまま医務室を出てしまった。

(…おでこに、キスされた?)
半分寝ている頭でそんなことを考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「入るよい。」
その声に、自分が二度寝をしていたことに気が付いた名無しさんは、バチっと目を開くと、ベッドの上で体を起こした。

「おいおい。急に起きるなよい。驚かしちまったか?」

「え?あ…。」
呆れたように笑うと、マルコはベッドに近づいて名無しさんの額に手を添えた。

「お。下がったな。」
そう言いながらも、サイドテーブルの体温計を取り出して名無しさんに手渡す。

「どうだい、調子は?」

「あ。うん。かなりすっきりした。」
そう答えながら、名無しさんは体温計を脇の下に挟む。

「飯は食えそうかい?」

「うん。お腹すいた。」
そう名無しさんが答えると、マルコはニヤッと笑って

「そりゃよくなってる証拠だな。」
と言って、ポンポンと名無しさんの頭に手を乗せた。
体温計で熱が完全に下がったことを確認すると、マルコは食事を医務室に運ばせるかと名無しさんに聞いたが、名無しさんは食堂で食べると答えた。マルコは昨日と同じ薬を3錠、名無しさんの手のひらに乗せると、まだまだ安静にしろと釘を刺してから名無しさんを医務室から解放した。




「お!大丈夫か?熱は下がったのか?」
食堂に現れた名無しさんに、サッチが声をかけた。

「うん。まだ安静にしろって言われてるけど、熱は下がったよ。」

「飯、どうする?おかゆ作るか?」

「ううん。ある物の中から食べれそうなの選ぶよ。」

「そうか。無理すんな。なんか欲しいもんとかあったら言えよ。」

「うん。ありがとう。」
名無しさんがサッチに礼を言ってトレイにスープやパン、果物などを乗せて席に着くと、近くにいた1番隊の面々が声をかけてきた。「快気祝いの飲みだなっ!」なんて騒ぐ奴らに、「まだ飲めるわけないでしょ。」なんて文句を言っていると、食堂の端っこの方から「名無しさんーー!!」という大声が聞こえた。

「名無しさん!!大丈夫か?熱はもういいのか?寒かったりしねぇか?何か食いてぇもんはねぇか?」
何人かの頭を踏んづけながらテーブル3つくらいを飛び越えて食堂の端っこからまさに「すっ飛んできた」エースが名無しさんの前の席に割り込んで座って畳みかけるように名無しさんに容体を聞くと、ゴンっ!と鈍い音が響いた。

「熱はさがったが、まだまだ安静にしなきゃなんねぇ。余計なストレスをかけんじゃねぇよい。」

「いってぇ…。くそマルコ…。」
エースが頭を抱えてマルコを睨む。

「とりあえずお前は二度と冬島海域の海に落ちるんじゃねぇ。」

「ゔっ…。すみません。」
自分のトレイをテーブルに置いてドカっとエースの横に座ったマルコと、涙目でマルコを睨むエースに目を丸くした名無しさんはクスクスと笑う。

「体調が100%になったら、晩ご飯ハンバーグの時にエースのちょうだいよ。」

「え?ハンバーグ?それはちょっと…。」

「は?そこは気持ちよく『そんなもんでいいならいくらでもっ!』って言うとこじゃないの?」

「名無しさん、やめとけよい。その分エースが誰か近くの奴のを奪うことになるじゃねぇかい。周りのもんにとっちゃいい迷惑だい。」

「えーー。じゃ、しょうがないな。次の島でご飯奢ってもらおう。」

「一緒に食い逃げすんじゃねぇぞ。」
目玉焼きを頬張りながらマルコがそう言うと、名無しさんがじろっとエースを睨む。

「食い逃げじゃねぇ。宝払いだ。」

「ほぅ。今まで宝払いでつけにしてた店をここから探しながら逆に辿るだけで3回くらい海賊王になれそうだよい。」

「う、う、うるせぇっ!」
完全に言いくるめられたエースが顔を真っ赤にしてマルコに怒鳴ると、名無しさんはそんな二人を見ながら

「エース、全然ダメじゃん。」
とため息をついてマルコに渡されていた錠剤を水で流し込んだ。



名無しさんの体調は翌日にはもういつも通りになっていた。体調は万全のはずなのだが、名無しさんはなんだか悶々としていた。そう。マルコのことだ。
病気だったから優しかったんだろう、と思う一方、忙しいと言いつつも側にいてほしいというわがままを聞いて手を握っていてくれた。それに、もしかしたら自分が意識をし過ぎているのかもしれないものの、あの風邪以来、マルコがなんだか優しい。病み上がりだからかもしれないが、今まであんなに頭を撫でられたりしていただろうか?そして、相変わらずあの「おでこにキス」が現実なのか妄想なのかもわからない。もし、現実だったとしたら、それにはどういう意味があるのか?いや、やっぱり自分の妄想なのだろうか?

「はぁ…。」
手すりに寄り掛かって海を眺める。今日も海は穏やかだ。

(マルコの言動もだけど…。)
今度は顔を上げて空を仰ぐ。水色の空にふわふわとした白い雲がところどころに浮かんでいる。
そう。悶々としている最大の原因は、自分だ。こうやって、マルコのことばかり考えている自分。気が付けば、マルコがいないかと探している自分。マルコに声をかけられるたびに、頭を撫でられるたびに病気なんじゃないかってくらいドキドキする自分。

(どう考えても…惚れちゃったんだよねぇ…。)
元からマルコと名無しさんは仲が良かった。頭もよくて口も達者なマルコに、エース同様言いくるめられてばかりだし、からかわれたり、ヘマをすると怒鳴られたりもしていたが、名無しさんはマルコを尊敬していたし、信頼していた。頼れる隊長だ。ピンチの時は必ず助けてくれると心の底から思っていた。ただ、名無しさんにとって、マルコはそこまでの存在だった。いや、そこまででもかなりの信頼関係ではあるものの、それはあくまで同じ海賊船の仲間であり、隊長と隊員の関係。名無しさんはマルコを「男」として見たことはなかった。

(きっと、あの状態だったら、マルコじゃなくて他の隊長だって同じように優しくしてくれるよね?)
自分が一番隊所属で、その隊長がマルコだから「ああいうこと」になっただけで、立場が違ったら、他の隊長だって、同じように看病してくれるのではないか。そうなったら、自分はいちいちその隊長に惚れるのだろうか?そう思って、名無しさんは看病してくれた時のマルコを次々にエースやジョズ、サッチ、と他の隊長に差し替えて想像してみた。

(…よくわからん。)
なんだかそんな想像をするのが面倒になって、名無しさんは頭を振った。

(考えてもしょうがないよね…。惚れちゃったもんは惚れちゃったんだから。)
問題はこれからだ。どうマルコに接したら…、と考えたところで、名無しさんの顔は苦笑いになった。

(好きだ、なんて言ったら、腰抜かすだろうな…。)
「冗談はよせよい。」ってものすごく嫌そうな顔をしたマルコを想像して、名無しさんはため息をついた。確かに、病気の時は優しかった。でも、自分だって急に芽生えた恋心に動揺しているくらいだ。マルコが名無しさんを女扱いする様子よりも、困惑して迷惑そうにする姿の方が安易に想像できた。

「はぁ…。」

(気持ちを伝えるとか、まずありえないな…。)
手すりに両肘をついて頭を抱えると名無しさんは盛大なため息をついた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ