短い夢@

□風邪っぴき
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「37度5分…。」
手にした体温計の水銀がさす位置を読み上げると、マルコは体温計を振りながらちらりと視線を横に移した。

(昼前でこれじゃぁ、夕方には上がってくるかもしれねぇなぁ…。)
視線の先にいた名無しさんは閉じていた眼をゆっくりあけて、気だるそうにマルコを見た。

「何か食いてぇもんとかあるかい?」

「…ない。」

「何か腹に入れねぇと薬が飲めねぇよい。」

「…う…。」
眉間に皺を寄せて不満気な顔をした名無しさんに困ったようにため息をつくと、マルコは

「ちょっと待ってろい。」
と言って医務室を出て行った。
珍しく穏やかな海を進むモビーの医務室で、緩やかな揺れに身を任せて名無しさんは再び目を閉じた。




「寝てんのかい?」
気遣うように小声で言ったマルコに応えるように、名無しさんはゆっくりと目を開けた。きっと大して時間は立っていないのだろうが、ほんの一瞬うとうととしていたからか時間の感覚がよくわからない。

「これだったら少し食えねぇか?」
そう言ってマルコはベッドの横のサイドテーブルにトレイを置いた。名無しさんは目だけをそっちの方に動かしてみたが、マルコが何を持ってきたのかよく見えない。
マルコは名無しさんの上にかかっていた掛布団を少しはだけると、

「座れるか?」
と聞いた。

「…うん。」
のそのそと名無しさんが体を起こすと、マルコが背中に手を添えて手伝いながら、背中とベッドのヘッドボードの間に枕を差し込んだ。

「ふぅ。」
名無しさんがその枕に寄り掛かると、マルコはサイドテーブルに置いていたトレイを持って、ベッド横のスツールに座ると、そのトレイを膝に置いた。

「サッチがおかゆを作ってくれたよい。」
そう言われてマルコの膝の上のトレイを見た名無しさんは急に空腹を覚えた。そう言えば、なんだか調子が悪いからと女部屋で寝ることにしたのは昨日の午後。お昼は食べたものの、すでに食欲がなかったから、ほとんど食べていない。それからほぼ丸一日、何も食べていないのだ。

「…食べる。」
そう言ってマルコの方に両手を出すと、マルコはトレイを名無しさんに手渡した。

「一人で食べれるかい?何なら食わしてやるよい。」
ニヤッと笑ってそう言ったマルコをじろっと睨むと、

「大丈夫だよ。」
と不貞腐れたように名無しさんは返事をした。
名無しさんがゆっくりと自らスプーンを口に運ぶのを確認したマルコは、静かに立ち上がると、小瓶のたくさんならんだ棚から瓶を一つ取って表と裏の表記を確認する。ポンっとコルクの栓を抜くと、手のひらに3錠、錠剤を落とした。

「ただの風邪だと思うけどな。」
そう言って、手のひらの3錠を名無しさんの膝に乗るトレイに乗せた。

「これ飲んでまた寝てろい。」

「ん。」
もぐもぐしながらそう返事をした名無しさんに、マルコはふっと笑みを浮かべる。思わず手を伸ばして頭を撫でそうになって、マルコは自分の手を止めた。

(まるで別人みたいに大人しい名無しさんなんて、こっちの調子が狂うよい。)

「お。完食したな。」
スプーンを置いた名無しさんは水の入ったコップに手を伸ばすと、トレイに置かれていた錠剤3つを口に放り込んだ。

「サッチにありがとうって言っといて。」
名無しさんの膝の上にあったトレイを持って、マルコが立ち上がると、名無しさんは布団にもぐりながらそう言った。

「ああ。他に欲しいもんはねぇか?」

「うん。大丈夫。」
そう返事をしながら掛布団を口元まで上げた名無しさんに背を向けると、マルコはトレイを持って食堂に戻ろうと医務室のドアを開けた。

「マルコ?」

「あ?」
ドアを閉めようとしていた手を止めて顔をあげると、

「ありがとう。」
と目を細めて名無しさんが言った。

「…おぅ。」
なんとかそれだけ返事をすると、マルコは自分の頬に妙な熱を感じながら、食堂に向かった。




「きっとくそ寒い中、エースを拾いに海に飛び込んだからだぜ。」
サッチはそう言うと、横にいたエースの頭をペシンと叩いた。

「いてっ!」
エースは恨めしそうにサッチを睨むが、指摘された事実に罪悪感を感じていたから何も反論できない。

「まぁ、飯は何とか食えたからな。薬が効いてくれりゃいいんだけどねぃ。」
そう言いながらマルコはコーヒーを一口飲むと、何となく物足りなさを感じながら、名無しさんのいない騒がしい昼食時の食堂を見渡した。
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