短い夢@

□覚えてません。ごめんなさい。
4ページ/4ページ

オレはそのまま起床して昨日手を付けられなかったもろもろを片付けると、集まった隊長たちに上陸指示やら買い出し指示を出した。昨日の作業の遅れを大急ぎで取り返すと、すぐに街に繰り出した。大して大きくない島だからすぐに見つけられるだろうと思ったら、案の定、街の中心部でナースたちと歩いている名無しさんを見つけた。

「おい。」
声をかけて腕を掴むと、不機嫌そうに名無しさんが振り返った。

「一緒にでかける約束をしたろい。」

「…約束をした前提が崩壊してるんだから、約束にならないでしょ。」

「そんなことはねぇ。約束は約束だ。」

「はぁ?何言って…「悪ぃな。こいつ、借りてくよい。」
横にいたナースたちにそう言うと、

「ちょっと、何勝手なこと言ってんの?ちょっと!マルコっ!」
呆気にとられるナースを置いて、オレは名無しさんの手を引っ張っていく。
しばらくいい加減にしろだの、離せだの言っていた名無しさんは、オレが聞く耳を持たないことを悟ると、諦めて静かになった。オレは掴んでいた腕を離すと、名無しさんの手を繋いだ。

「どこ行くの?」

「さぁな。オレもこの島は初めてだからよくわかんねぇよい。」

「はぁ?」

「どこかゆっくり話せるところはないかねぇ。」

「…話すことなんて、何もないよ。」

「オレはあるんだよい。」
しばらくして、目の前に砂浜が広がった。オレは近くの流木に座ると、名無しさんにも座るように促した。
名無しさんは一瞬抗議をするような目でオレを見たが、オレが譲らねぇと思ったのか、黙って横に座った。手は繋いだまま。

「悪かった。」

「謝らなくていいって言ったでしょ。何もなかったんだし。」

「あっただろい。」

「なかったの。」

「わかった。じゃ、何もなかった。」
そう言うと、それまで前を向いていた名無しさんがいぶかし気にオレを見た。

「オレとつきあってくれよい。」

「は?」

「好きだ。」

「何言ってんの?」

「これからつきあい始めればいいんだろい?最初からスタートすればいい。」

「…あんたのその『好き』は何もなかったらありえなかったの。だから、その『好き』も存在しない。」

「人の気持ちを勝手に消すなよい。」

「大丈夫。しばらくしたら消えるよ。」
そう言った名無しさんの顔は無表情だった。

「そうかい…。じゃぁ。」
オレは名無しさんの手をぎゅっと握った。

「もし、何もなかったなら、おまえのオレに対する気持ちも変わらねぇよな?」

「え?」

「酒に酔っておまえに手を出しちまったオレに幻滅することなく、あの時のまま、オレを好きでいてくれてるんだろい?」

「なっ!?」
オレは握っていた手を離して名無しさんの肩を抱き寄せると、動揺する名無しさんの顔を覗き込んだ。

「もう一回、好きだって言ってくれよい。」
口をパクパクさせているかと思うと、何かに気が付いたように名無しさんが動きを止めた。

「…覚えてるの?」

「あの晩おまえがオレに好きって言ったことをかい?」

「…うん。」

「いや。知らねぇ。」

「え?」

「でも、今ので確信したけどねぃ。」

「え?え?ああぁっ!」
名無しさんは顔を真っ赤にすると、両手で口を押えた。オレから顔を背ける。

「狡いっ!」

「狡くねぇよい。オレにだって、事実を知る権利はある。」

「覚えてないマルコが悪いんじゃないっ!なかったことにしたいのにっ!なんで、今さらっ…。」
後半は嗚咽にかき消された。

「泣くなよい。こうでもしねぇとおまえは絶対に認めねぇと思ったんだ。」
泣き顔を隠すようにしてオレから身をよじる名無しさんを抱きしめる。

「おまえの言うとおり、あんなことがなけりゃ、オレはおまえを好きにはならなかった。でも、オレのことを好きでいてくれるおまえにオレは惚れたんだ。確かに、体から始まっちまった。オレは順番を間違えた。でも、今オレがおまえを好きなことはどうにも変えられねぇよい。」
グズグズと泣く名無しさんの頭を撫でながら、オレは続けた。

「おまえがいいと言うまでおまえを抱けなくてもいい。やるのが目的じゃねぇとおまえが納得できるまで手を出さねぇと約束してもいい。一番最初からやり直しても、どこからスタートしても、オレはおまえを好きでい続ける自信があるよい。」
少し落ち着きを取り戻した名無しさんの背中をゆっくりと撫でる。

「それとも、おまえはもうオレのことは好きじゃねぇのかい?」
名無しさんがゆっくりと顔を上げた。真っ赤な目でオレを見る。

「わかんない。できれば嫌いになりたい。」
真っ赤な目のまま、ほっぺたを膨らませてそっぽを向いた名無しさんに思わず顔がにやける。そりゃぁ、「まだ好きです」って言ってるようなもんじゃねぇか。

「そんなこと言うなよい。」
そっとほっぺたに唇を寄せて抱きしめると、もう名無しさんは抵抗しなかった。

「好きだよい。」

「…うん。」
名無しさんは静かに頷くと、顔をあげてオレを見た。

「私も、好きだよ。」
そう言って微笑んだ笑顔は、夢でみたものと同じだった。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ