ロンリーハイドアンドシーク

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深いまどろみに沈んでいた。
点のようなわずかな光に手を伸ばしても、どんどん離れていく。
周りは真っ暗で、自分が何処にいるのかも、何者なのかも分からない…

意識の遠いところで聞こえる水中を進む籠った音と、体にもうすっかり馴染んだ揺れ。
重い瞼をゆっくりと開ければ、そこには見慣れた天井があった。
意識をして呼吸を吸えば、腹部に鈍痛が走り、シャチは呼吸を詰まらせる。
「ぃ゛…てぇ……」
「シャチ?」
声に反応したペンギンは走らせていた羽ペンを止め、ベッドに寝ているシャチの元へと向かった。
「おはよう」
「ペンギン…」
ペンギンは懐中時計を取り出し、シャチの手首をとり脈を図る。
「問題なさそうだな、気分はどうだ?」
「えっと…頭はちょっとボーっとするけど、平気」
そう言いながらシャチは上体を起こし、ベッドヘッドへと凭れ掛かる。
「痛み止めを打ったからそのせいもあるだろうな。肋骨が3本折れてるそうだ」
「どうりで…」
「内出血は酷かったが、幸い臓器は無事らしい」
デスクの横に置いていたキャスケット帽を取りながら、ペンギンは再びシャチの元へと向かう。
「俺、どのくらい寝てた?」
「今が夜だから、大体丸2日ってところだな」
そう言いながらシャチの頭に帽子を被せる。
いつもの様なやり取りだが、シャチが何かを探ろうとしていることをペンギンは気付いていた。
小さく溜息を吐くと、ペンギンは帽子の上からシャチの頭の上へ手を伸ばし、わしゃわしゃと荒っぽく撫でた。
「わっ?!なんだよ??」
「目が覚めたらこいとキャプテンが言っていた、いくぞ」
肩を軽くポンっと叩くとペンギンは扉の方へと向かい、シャチは痛む横っ腹を押さえながらベッドから出る。
廊下に出れば潜水中特有の蒸し暑さを感じる。
またどこかでベポがこの蒸し暑さに文句を言っているんだろうな、とシャチは苦笑いをする。
「なぁ、ペンギン」
「何だ?」
「その…あん時、掴みかかって悪かった」
チラリとシャチを見るが、ばつが悪そうに視線を逸らしており、ペンギンは小さく口角を上げる。
それに気付いたシャチが「何笑ってんだよ!」とペンギンの肩を軽くどつく。
「お前はほんっと、素直だな」
「何だよ…」
「大丈夫だ、気にしていない。それにまだ諦めるのは早いぞ」
「?」
シャチはハテナを浮かべながらも、医務室の近くまで来ていたことに気付く。
それに中が何やら騒がしいことに気付くも、ペンギンが扉をノックするの見て立ち止まった。
「キャプテン、入りますよ」
そう言うとペンギンは扉を開けたが、すぐに横へサッと移動した。
「ペンギン何しtぐふぉっっ!?」
ペンギンの行動に気を抜いていたシャチに何かが勢いよくぶつかり、その勢いのまま後ろに倒れ込む。
「シャチ、生きてるか?」
「なん…とか、」
シャチは腹部の痛みに耐えつつ、未だ自分にのしかかっている重さの原因を確認しようと首を曲げる。
すると、頬を両手で包まれる感覚と、目の前の人物に目を大きく開いた。
『誰かと思えば、シャチじゃないか。おはよう』
ヘラリと笑うその姿は湖で楽し気に話をしていた時の彼女そのもので、シャチは理解が追い付かず口をパクパクとさせた。
その姿にアオイは目を何度かパチクリとさせれば、再びクスクスと笑いかけた。
『どうしたの?まるで魚みたいだよ』
「な…、えっ?」
「とりあえず傷に障るから、シャチの上からどいてやれ」
そう言いながらペンギンはアオイの二の腕を掴み、シャチの上からどかせる。
アオイは掴まれていない方の手でシャチに手を伸ばし、困惑しながらもシャチはその手を掴んで起き上がった。
「おい、いつまでそこで喋っているつもりだ?」
空気を裂く地を這うような低い声に、シャチは肩をビクッと震わせた。
医務室のデスクの前では、頬杖をつきながらこちらを睨んでいるローの姿があり、シャチは慌てて中へと入った。
「アイアイッキャプテンッッ!!!」
それに続きアオイの腕を掴んだままペンギンも部屋に入る。
「ベッドに戻って大人しくしてろ」
『僕もう飽きちゃった』
「お前の意見は聞いてねぇんだよ、立場をわきまえろ」
半分ペンギンに連行されながらベッドに連れていかれるアオイに視線を向けながら、シャチはタンクトップを脱いでローの前に置かれている回転椅子に座った。
「あの、キャプテン…」
「何だ?」
診察をしているローに恐る恐る声をかけるシャチに、ローは手を動かしながら応える。
「その…今回は、迷惑かけてすいませんでした……」
「全くだな、と言ってやりてぇところだが、お前が迷惑をかけるのは何も今に始まったことじゃない」
「ぐふっ」
触診による激痛にシャチは座りながら耐える。
「二度と戦場で判断を間違えるな、行かせはしたが勝手にいなくなるな」
「きゃ、キャプテン…」
ローの言葉にシャチはジーンと目を潤わせる。
「お前にはまだやってもらわねぇといけないことがある」
「アイアイ!!!」
歓喜するシャチを軽くあしらいながら、ローはシャチの身体を反転させた。
反転したシャチは、視界に入ったアオイの姿に顔だけローの方へと向けた。
「それで、キャプテン…アオイは、なんで、」
「…あいつは少々わけアリのようだ」
「わけアリ?」
「興味深かったから置いているだけだ、用が済めば降ろす」
そう言い「もういいぞ」とローが声を掛けると、シャチはタンクトップを着ながら質問を続けた。
「俺記憶が朧気で、よく覚えてないんすけど…アオイ、かなり重症じゃなかったっすか?」
『僕がなんだって?』
「ぅお!?」
突然顔をひょこっと覗かせるアオイに驚き、シャチは座ったまま少しのけ反った。
その行動にアオイは再び可笑しそうに笑う。
『シャチもう大丈夫?』
「傷を負わせた奴の台詞か?」
カルテを書きながらローが嫌味っぽくそう零すと、アオイは頬を膨らませた。
『僕はちゃんと手加減したもん!』
「て、手加減?」
『ごめんねシャチ、でも骨は綺麗に折ったからすぐに治るよ』
そう言いながらシャチの肩をポンポンっと笑いながら叩く。
アオイの言葉にツッコもうとしたが、シャチはあることに気付き、肩を叩いていたアオイの腕を掴んだ。
「ってか、お前…怪我はどうしたんだよ?」
『怪我?あぁ、もう治ったよ』
何でもないようにさらっと答えるアオイに、シャチはしばし思考停止する。
「その話についてはこれからするところだ」
カルテを書き終え、ローは長い足を組み直すとアオイへと視線を向けた。
「率直に聞くが、お前はなんだ?」
ローの質問には迷いがなかった。
アオイは笑顔のまま「うーん」と首を傾げる。
「お前が意識のなかった間に、最低限のことは調べさせてもらったが…常識ではありえないことばかりだ。
ペンギンがお前を連れてきた時点では心臓は止まっていた…なのに息をしていたのは何故だ?
血液を調べても当てはまる型はない、次第に傷は塞がって、今ではその痕も後遺症も何もない」
ローの言葉にシャチはもう一度アオイの身体に目を向けた。
曖昧だが、確かにピストルの弾が首に当たったのを見た…しかしアオイの首には掠り傷一つない。
腕や足も傷一つなくぴんぴんしている。
「質問に答えろ、お前は能力者か?」
『違うよ』
「能力者じゃないなら、そんな芸当が出来る理由を答えろ」
『説明する理由が僕にはないよ』
「お前の意志は聞いちゃいねぇ」
『横暴だな…僕あんまりそういうの好きじゃない』
プイっとローから顔を背けると、アオイはトトトッと軽い足取りでベッドへと戻っていった。
幼稚なその行動にローはイラつかせ、それにビクつきながらシャチはアオイの元へと駆け寄った。
「なぁ、アオイ!あんまりキャプテンのこと怒らせるなって!」
『シャチはローが怖いの?』
「いや、そういうことじゃなくてだな…」
「お前が今いるのは、海賊船だということを忘れるな」
腕を組みながら壁にもたれていたペンギンがそう呟く。
「どんな仕業であれ、吐かないのであれば覚悟はしてもらう」
そう言いながらペンギンが睨み付けると、アオイはしばらく無言のまま何かを考える素振りを取る。
そして何かを思いついたのか、シャチの首に前から抱きついた。
「な゛、」
『何かを得たいなら、そのための代償が必要だと思わない?』
にっこり笑いながらそう返したアオイの行動に、ペンギンはすぐにピストルを構えた。
「またシャチに手を出すなら、次は頭を吹っ飛ばすぞ」
「ペンギン落ち着け、俺の間合いだ」
ローはそう言いながら立ち上がるとベッドの方へと歩き、アオイを真っ直ぐ見る。
「何が目的だ?」
『君たちの知りたい情報を提供する代わりに、僕を殺してよ』
「何言ってんだ!?」
アオイの突拍子もない提案に、シャチはアオイを引きはがした。
しかしアオイはクスクスと笑う。
「狂ってんのか?」
『僕は真面目だよ?僕を殺すことが出来ると分かれば、君たちの知る情報を教えてあげる』
ローの言葉にニコニコと笑いながら答えるアオイに、シャチは眉間に皺を寄せる。
「それじゃあ取引が成立しねぇだろ」
『そうだね、僕を殺せる人は今までいなかったから難しいとは思うよ?でも殺せないなら、その程度の人に僕の情報を教えても意味ないかな』
「ほう?」
「ひぃっ……」
冷たく睨み付けるローと、悪気なくニコニコと笑うアオイの間にいるシャチは身震いをした。
それを遠目で見ていたペンギンが、小さく溜息をこぼした。
「キャプテン…」
「何だ」
「そんなに固執するのなら、一先ず様子を見ましょう。俺が見張りに付きます」
ペンギンの提案にアオイは視線をローからペンギンへと向けた。
『僕シャチがいいな』
「お前の意見は聞いていない」
「いいだろう、監視役はペンギンに任せる」
そう言うとローはシャチをアオイから引きはがす。
「お前の意見も飲んでやろう、但し検査諸々には協力してもらうぞ」
ローはそう言うと医務室を出ていき、目まぐるしく起きた出来事にシャチは頭がついて行かない様子で抱え込む。
「シャチ、今日はもう休め」
「お、おう…」
『シャチおやすみ』
「え、あ、おやすみ」
手をひらひらと振る呑気なアオイの空気に飲まれ、シャチは手を振りかえして医務室を後にした。
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