ロンリーハイドアンドシーク

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すると視界の端で動く人影に気付き、アオイはすぐそちらへと戦闘態勢をとった。
しかしそこに居たのは思いがけない人物だった。
『…シャチ?』
アオイはぽかんとした表情に変わり、死体を跨いでシャチの方へと歩き出す。
『どうしてここに?』
「…アオイ、これ全部お前が、」
シャチの言葉にアオイは足を止めた。
サングラスをしていても、シャチが自身に対して恐怖の感情を抱いているのが分かった。
ぬちゃりと血のこびりついた右手を握りしめて後ろに隠し、アオイはシャチに笑いかける。
『また心配してきてくれたの?でも大丈夫だよ、全部もう済んだから』
そう言いながらアオイが再び歩み始めると、無言のままシャチはアオイの元へと駆け寄った。
『ここにいたら怒られるんじゃない?ほら、同じ船の…』
「お前一体、何者なんだ?」
その言葉にアオイは無表情になった。
「初めて酒屋でお前を見た時は純粋にすげぇと思ったけど…でも、周りの奴らを蹴散らしてた時もさっきの男を殺す時も、並大抵の身体能力とは思えなかった」
『…見てたんだ』
「誤解すんなよ!別に責めてるとかそういうわけじゃねぇから!俺だって海賊だしよ、今まで何人も殺ってきたし…こいつらはお前が言ってたみたいに、あの巨大魚傷つけてたわけだしさ!」
慌てて弁解するシャチとは違いアオイは冷静に考えていた。
この後、自分がとるべき行動を。
『僕がこわい?』
「…え?」
そう問うと、アオイはシャチの首を目掛けて左手を伸ばした。
しかし寸でのところでシャチはそれに反応し、右腕で自身の首を庇いアオイから距離をとった。
「なっに、すんだよ!」
『僕が何者か気になるんでしょ?』
そう言いながらアオイは両手を広げ、首を傾げながら笑いかけた。
『…なら、戦えば分かるよ?』
その場からシャチの元へと一気に間合いを詰め、アオイは急所目掛けて次々と拳をふるっていく。
突然のことに焦りながらシャチはアオイの攻撃を受け流しつつ、後ろへ後ろへとさがっていく。
「おいっ!やめろって!おま、えっ怪我してんのにっ…!」
『今は自分のことを優先にした方がいいよ?』
「なんっ…俺とお前が戦う理由がないだろっ!!」
『………』
貼り付けたような笑顔のまま、アオイは体勢をその場で低くしシャチの足を払った。
「ぅわっっ?!」
態勢を崩したシャチが地面に倒れると、アオイは無言のまま足を振り上げ、腹部目掛けて振り下ろしたが、寸でのところでシャチは転がってそれを避ける。
「ぐぅぁっっ!」
しかしそれをも想定していたかのように、振り下ろした足を軸にシャチの横っ腹を蹴り上げた。
咄嗟に腕でガードしたシャチだったが、あまりの蹴りの重さに腹部を押さえながらその場で何度も咽た。
立ち上がろうと上体を起こすと、間髪なく顔に横蹴りをもろに喰らってしまい、シャチはその場から湖の岸辺付近まで吹っ飛ばされる。
「ぅ…ぐ、」
アオイはシャチの元へと歩きながら、途中で地面に落ちていたナイフを拾う。
それに気づいたシャチはふらつきながらもその場で立ち上がり、腰にさしていたナイフの柄に触れるが、ニッと笑いながら手を広げた。
『?』
その行動にアオイは歩きながら首を傾げる。
「俺を差して気が済むなら差せばいいよ!」
『…そうだね、』
「でも、これだけは言っとくぜ!」
シャチは息を大きく吸い、そのせいで腹部の激痛に少し顔を歪めながらも口角を上げる。
「俺はお前のこと怖くねぇかんなっっ!!」
『っ……』
「俺は海賊だけど、嘘はつかねぇぞ!!」
シャチの言葉に一瞬戸惑いの色を顔に出したが、アオイは唇を噛みしめナイフを振り上げた。
『ばいばい…』
“パァァン!”
突然の銃声と地面に落ちたナイフ、そして顔にかかる血飛沫にシャチは目を見開いた。
ナイフを握っていたアオイの右手からは大量の血が出ているが、当の本人は狼狽えることもなく撃ち抜かれた自身の右手を眺める。
シャチはまだ生き残りが居たのかと、銃声のした方へと視線を向けた。
「なっ…」
しかしそこに居たのは密猟者ではなく、良く見知った人物であった。
「全く、何をやっているんだ…」
「ペンギン?」
「俺は忠告したはずだぞ」
ペンギンはピストルの弾を込め直しながら二人の方へと近づく。
歩いてくるペンギンを横目で見ながら、アオイは右手を何度も握り直す。
『ほら、僕の言ったとおりだ。彼怒ってるよ?』
「何の話か分からんが、そう見えるのはお前がシャチに手を出したからだ」
ペンギンはある程度の距離まで近づくと、アオイに向けて銃口を向けた。
そこで漸くシャチは、はっと現状を把握し慌ててペンギンを止めに入った。
「待ってくれペンギン!」
「…シャチ、いい加減にしろ。まだこいつに情けを掛けるつもりか?」
ペンギンは呆れながら睨み付け、シャチの身体を見た。
「お前自分が今どういう状況だったのか忘れたんじゃないだろうな?殺されかけたんだぞ?」
「そ、そうだけどっ…でも、」
『シャチは本当に優しいんだね…』
アオイはポツリとそう溢し、前髪をガシガシと掻く。
『優しい人は、いつも死んでしまう』
「…何言って、」
アオイはふらりと体重を後ろに一度かけ、その反動で勢いよく前に跳びシャチへと腕を伸ばした。
「っ…!?」
“パァン!”
反射的に、しかし正確にペンギンはアオイへとピストルを撃った。
もう一度目を見開くシャチの前で赤が舞う。
銃弾はアオイの首を掠め、大量の血飛沫をふかせた。
シャチへと伸ばしていた手は段々力を失っていき、崩れるアオイをシャチはふらつく身体で咄嗟に抱き留めた。
『ぁ、………っひ、ぐぁ……』
「アオイっ!?」
「………」
シャチは抱き留めた勢いで後ろへ倒れるように座り込み、アオイの身体を起こそうとするが、弱い力でアオイはシャチの耳元へと顔を寄せ口を動かした。
『……ぼく、とは…さよ…なら、だ……』
そう言うとアオイは力なくだらりと体をシャチに預けた。
シャチはすぐにアオイを仰向けになるように抱き直し、未だドクドクと流れ続けている首からの出血を手で押さえる。
「おいっ!アオイ…!」
「…シャチ、」
「ふざけんなって、なんで…」
「シャチ!」
興奮状態のシャチの肩に手を伸ばし、ペンギンは一際大きい声で呼ぶ。
「なんだよ!なんでっ…なんで撃ったんだよ!」
すっかり血の気を失ったアオイを抱えながら、シャチは片手でペンギンの胸倉を乱暴に掴んだ。
しかしペンギンは落ち着いた表情で帽子の隙間からシャチを見る。
「お前が仲間だからだ」
「っ……!」
ペンギンの言葉にシャチはぶわっと涙を流し、掴んでいた胸倉を静かに離した。
そして限界がきたのか、歪む視界に抗えずそのまま意識を失った。
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