ロンリーハイドアンドシーク

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買い出しに行ったシャチがまだ帰ってこないと他の船員に言われ、ペンギンは子供じゃあるまいしと溜息を吐きながら甲板へと向かっていた。
甲板へ続く扉の向こう側からシャチと少女の笑い声が聞こえ、不審に思いながら扉を開けた。
すると甲板をアオイが駆け回っており、それをシャチが必死に追いかけていた。
ペンギンが現状を把握する前にシャチがペンギンの存在に気付き「げっ…やばっ」と、その場にピタリと立ち止まった。
「シャチ…これは一体どういうことだ?」
「ち、違っ…これには訳があってだな!」
「仲間以外の人間を船に乗せるなんて、何を考えているんだ?」
「違うんだって、アオイが潜水艦を見てみたいっていうから、見るだけって約束で連れてきたんだよ!」
「…アオイ?」
シャチの言葉にペンギンは甲板に立っている少女に目をやり、その見覚えのある姿に対し眉間に皺を寄せた。
「昨日の酒場の女か…安易に人を信用するのはお前の悪い癖だぞシャチ!」
キッとペンギンは静かにシャチを睨み付け、それにシャチはビクッと怯えた。
「あ、君も昨日一緒にいたね」
そう言うとアオイの興味は船からペンギンに移ったのか、そちらへと軽い足取りで近寄っていく。
「お前、何者だ?」
『僕は僕だよ?』
「そう言うことを聞いているんじゃない」
『名前はアオイ』
「…ここが海賊船だと分かって乗っているんだろうな?」
『もちろん!はーと?の海賊団だっけ?強い人がいるんでしょ?』
「昨日の身のこなしで、ただの一般人だとは言わせないぞ?何が目的だ?」
『そんなに怪しまないでよ。僕はただ交換条件で“せんすいかん”っていうのを見たかっただけ』
「交換条件?」
アオイの言葉にペンギンは不振に思い、懐からピストルを取り出してアオイに向ける。
しかしアオイは歩みを止めることなくそのまま歩き続け、自身の胸に当たるところで立ち止まった。
「どういうことだ…って、おい…」
ペンギンが話しかけるがアオイは、立ち止まっているその場からペンギンの周りを嗅ぎ始める。
警戒は解くことなく、しかしアオイの行動にペンギンは少し戸惑った。
『昨日も思ったけど…、君は不思議な匂いがするね』
「…匂い?」
何を言っているのか分からず、一瞬隙を作ってしまったペンギンをアオイは見逃さなかった。
サッとピストルをかわしペンギンの懐に入ると、その首筋をベロンと舐めた。
「な゛っっ…?!」
「あ゛!あいつ、またっ…!」
突然のことにペンギンもシャチ同様に舐められた箇所を手で押さえ、数歩後ずさってしまった。
「なに、を…」
『やっぱりだ。君は不思議な味がする…僕と少し似た味』
そう言うアオイは何故かとても嬉しそうで、ペンギンはピストルを構えるのも忘れ、アオイのその表情と言葉の意味に少し動揺した。
「お前…何者、なんだ…?」
普段あまり見ないペンギンの動揺っぷりに、シャチは少し不安げに見つめた。
『そうだね、シャチとの約束で一応“せんすいかん”っていうのは見せてもらったわけだし、約束はm…』
そう言いかけていると、ペンギンの後ろからすごい殺気が向けられ、アオイは咄嗟にその場から後ろへと宙返りをして船の手すりに着地した。
スゥー…と切れた頬の線、たらりと垂れた血をアオイは舐めとりながら、その口の端は嬉しそうに弧を描いていた。
「さっきから何を騒いでやがる?」
そう言って船の中から長刀を鞘に納めながら気怠そうにローが出てきた。
ローが来たことによりペンギンは落ち着きを取り戻し「持ち込んだのはシャチですからね」とだけ告げた。
ペンギンの言葉にローは視線をシャチの方へと向け、それに気づいたシャチは肩を大きく揺らした。
「ち、違うんです船長!聞いてください!
アオイとはさっき森で会ってなんていうか、その、色々あったんですけど結果その…命を助けてもらったというか。それで交潜水艦が見てみてぇっていうから、見るだけっていう約束で、その連れてきちまって…」
そう言いながらシャチはどんどん縮こまっていき、ローとペンギンは溜息を吐いた。
『君がトラファルガー?』
先ほどの傷など一切気にする様子もなくアオイはローに問う。
「あぁ、そうだ」
『ふーん、今まで見てきた中じゃ桁違いだな』
「うちのクルーが世話になったみてぇだな」
『大したことじゃないよ、僕は水浴びをしてただけだから』
「用が済んだなら消えろ」
そう言うローの言葉を気にすることなく、アオイは手すりの上でぴょんぴょんと何度か飛びながら船全体を見渡した。
「せんすいかんって、他の海賊の船と何がどう違うんだい?」
「おいっ…てめー聞いてんのか?」
鬱陶しそうに眉間に皺を寄せるローの姿を見て、不機嫌になっていってることに気付いたシャチは慌ててアオイの方へとかけていき、グイっと腕を引っ張り手すりからおろした。
『なぁに?』
「これ以上はまずい!キャプテンがブチ切れる前に戻れ!」
『戻る?』
「知らねぇけど、お前だって帰る場所あんだろ!?バラされる前に早くっ…」
するとシャチの言葉にアオイは目を細め、掴まれていた腕を振りほどいた。
『僕に帰る場所なんて…』
そう言いかけた時、アオイは目を見開きものすごい勢いで森の方へと視線を向け、それとほぼ同時に森の方から何発もの銃声が聞こえた。
先程までとは明らかな雰囲気の変わりようにペンギンとローは一瞬身構え、シャチは「アオイ…?」と声をかけた。
『助けを求めてる…』
「え、何が…?」
シャチの言葉は最早聞こえておらず、アオイは森の方へと甲板を駆けて船から飛び降り、着地と同時に地面を蹴って森の中へと走っていった。
それを追いかけるようにシャチは甲板の上からアオイが飛び降りた方を見たが、既に彼女の姿はもう見えなくなっていた。
「ペンギン気付いたか?」
「はい…」
「あの女…銃声が鳴る前に森を見ていた」
ローは面白いものを見たかのように先ほどまでの不機嫌はどこへやら、口の端を上げておりそれにペンギンは溜息を吐きながら、森に向かっていく際に放っていたアオイの殺気を思い出し唾を飲んだ。
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