yumeyume

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ジリジリと暑苦しくて煩わしい蝉の音に目を覚ました。
寝汗で額に薄っすらとかいた汗でべとついた髪を手で除け、止まっていた扇風機を何度か叩けばカタカタと音を鳴らしながらも廻り始める。
昨晩は珍しく次の日が休みということもあり、バイト先の仲間と飲んで帰ったことは覚えているが、帰って来てからの記憶がない。
『あっつ…』
自分の服装を見る限り、シャワーも浴びずに寝たことを悟り、とりあえず風呂場へと向かった。
網戸越しに聞こえた郵便屋さんのバイクの音を聞き流しながら。

シャワーも浴びてさっぱりしたところで、玄関の扉のポスト入れを確認する。
ピザのチラシやら、エステの案内と不必要なチラシを順番にゴミ箱へ入れていると、一通の茶封筒が混ざっていた。
一見普通の茶封筒だが、達筆な字で“岩井葵様”と書かれていたことに不信感を覚えた。
あたしの姓は父の“津賀”を引き継いでいるし、本籍もそのはずなのだ。
なのにこの手紙の送り主は、あたしの母の姓である“岩井”と表記してきている。
その意味をまるで知っているようで、あたしは扉の鍵を閉め、窓のカーテンも閉めた。

『…考えても仕方ないか』
10分ほど開けるか悩んだが、怪しければ捨てるなり、もしくは知り合いに見てもらうか…とあたしは封筒を開けた。
封を開けて逆さにしたすると、中らは名刺ほどの白いカードに電話番号だけ描かれた紙が入っていた。
『…電話番号?それも携帯番号?』
どう考えても怪しいカードの裏は白紙で、もう一度茶封筒を見るが自身の住所と名前の記載しかなかった。
何十分経ったか分からないが意を決し、不安と緊張のせいか心臓がバクバクしてきた。
一応非通知設定にしつつ、あたしは試しにとポケットからスマホを取り出してその番号に掛けてみた。
プルルルr―…
「はい、」
ワンコールが鳴り終わる前に出たことに少し驚いてしまった。
男性にしては少し高めの声に、あたしはどこか聞き覚えがある用にも感じる。
「もしもし?」
『あ、えっと、』
「どちら様でしょうか?」
『あの、』
そんなことを考えていると相手の声が不信感を抱いたような声に変わり、あたしは慌てて茶封筒の名前が目に入り唾を飲んだ。
『岩井です…』
名乗った瞬間に男性が小さく息を吸ったような声が聞こえ、あたしは少し緊張気味になりながら次の言葉を待った。
「そうですか…かしこまりました。すぐにお迎えにあがります」
『へっ?!ちょっ待っ…!あの、あなたはっ…?!』
「すぐに参ります、説明はその時に…お嬢」
それだけ言うと電話は切れてしまった。
『え…今の何?』
全く持って有力な情報も手に入れることなく終えた電話に、更に増えた謎も含め不安は増すばかりだ。
どうすればいいのかは分からないまま、“お嬢”と呼ばれたことに、懐かしい彼の顔が浮かんだ。
『まさかね…』
着信履歴の番号を見ながら、まだバクバクしている心臓を胸の上から手で押さえるように息を吐いた。


ピンポーーーン
『っ?!』

一息つく暇もなく訪れた来客に思わずビクッと肩が揺れた。
『タイミングよすぎでしょ…』
突然の来客にもう一度息を吐きながら玄関へと向かった。
何の反応もないと判断したのか、せっかちに二度目が鳴らされ「はーい」と応えようとして咄嗟に口を手で押さえた。
もしかすると電話相手?という疑問が過り、あたしは足音を立てないようにゆっくりと玄関扉の前まで移動し、ドアスコープから外を覗いた。
と、同時にヒュッと息を吸い込み、慌ててもう一度手で口を押えた。
扉の前にはやたらとガタイが良く、真っ黒のスーツに髪の色に合わせた赤いネクタイをした男性だった。
ヒゲと鋭い目つき、どう見ても一般市民でも、セールスマンでも無さげなその姿…いうなれば借金取り、ヤクザ、殺し屋、殺人犯!
神様、仏様、お釈迦様…真面目にきちんと生きてきたとは言いづらいけれど、でもあたしが何かしたのでしょうか?
「あれ?いないのかな?」
髪をガシガシと掻きながら首を傾げる男性。
背中を伝う冷や汗を感じながら、唾をごくりと飲み込み、このまま居留守を使おうと男性の様子を伺う。
“コンコンッ”と今度は扉をノックされるも、反応がないと判断したのか男性はスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めると部屋の前を後にしようと動き出した。
なんとかやり過ごせたと落ち着いたのも束の間、後ろポケットに入れていたスマホのバイブが鳴りだし、男性がピタリと足を止めてこちらへ振り返ったのだ。
あたしは急いでスマホを取り出して着信画面をオフにして扉を離れた。
“ピンポーン”
再び慣らされたインターホンの音が嫌に耳に張り付き、バクバクと鳴りだした心臓の音にビビりながら、その場からあたしは一歩、また一歩と後ろへ下がった。
ゆっくりと音をなるべく鳴らさないように細心の注意を払いながら、ベランダの扉を開けて外に出る。
まだ扉をノックされていることを確認しながら、あたしは二階の自分の部屋から外壁へと、アクション映画の主人公よろしく飛び移るようにジャンプした。
しかし飛び移った外壁の外側には人影があり「しまった」と思うも、黒いハットを被っていたその人物は顔を上げた。
「あらら、ビンゴ!」
『え、ちょっ…なん、っ?!』
先ほどの男性同様スーツ姿のハット帽の男性は目が合うなりにっこりと笑顔を向け、あたしのことをいとも簡単に横抱きで受け止めたのだ。
しかし、驚きつつもあたしはすかさず男性の首に渾身の力で肘鉄をお見舞いした。
「わっ、ちょっと!?」
『離してっ!』
それを防ごうと腕の力が怯んだのを見計らい、体を捻らせて腕から離れた。
転がるように地面に落ちると、裸足なのも気にせずそのままの勢いで駆けだしたが、すぐに後ろからお腹に腕を回され引き戻されてしまった。
『ぐっ…!離してっ!』
「兄者〜捕獲したから裏に車回してくれる?て、い゛っっ!?」
誰かに電話をしている男性に、ここぞと言わんばかりにお腹にまわされた手の小指を反対に曲げてやる。
『離してってば!』
「こーら、いい子だから落ち着いて!大人しくして」
『何なんですかっあなた?!誰か!痴漢ですっ !』
「わーっ!違う違う!」
すると車が一台やってき、あたしは必死に手を振って助けを求めた。
しかしぴったりとあたし達の横に止められた車の前のウィンドーが開けられ、中にいる運転手は同じくスーツ姿のグラサンを掛けた男性で、開いた扉の後部座席には見覚えのある赤髪の男性が乗っておりあたしは動きを止めた。
「何手こずってんのさ」
「説明しようにも暴れられちゃって」
「兎に角このままだと目立っちまうから、一旦車に乗って」
運転手の言葉に、あたしは車に乗せられたら最後だと感じ、もう一度男の隙をつこうとしたが軽くあしらわれてしまい、手早く足も救われ俗にいうお姫様抱っこ状態で抱き上げれられてしまった。
「はいっちょっと大人しく後ろ乗ってね」
『わっぷ…』
半ば強引に後部座席に押し込まれてしまい、暴れるあたしを赤髪の男性が後ろから押さえつけようと触れてきた。。
『いやっ!離してっ触らないで!』
「わっわっ、ごめん!触らないから!ねっ?落ち着いて!」
あたしは男と距離をとるために、扉の方にめいいっぱいに後ずさり睨み付ける。
すると助手席にさっきまであたしを捉えていた男も乗り込んできた。
『あなた達何なんですか?あたしに何の用?』
「落ち着いてっ俺たち別に怪しい者じゃないから」
そう言って自分を親指で差す赤髪の男性と目が合ったまま沈黙が走る。
『…』
「…」
『ほんとに怪しくい奴ほどそうほざくんじゃいっ!』
そう言ってあたしは振り返って車のドアを開けようとしたが、寸前でガチャッとロックされる音が聞こえた。
視線を運転手側に向けると、知らんぷりするように視線を窓の外へと向けていた。
「ほんとだから!お嬢落ち着いてっ」
『っ!』
再び男に肩を触れられあたしはその手を振り払い、自分の体重をかけながら男を逆のドアへと押しやり、顔面目掛けて左手を振りかぶった。
「なっちょっと!?」
しかし男はそれを防ぎ、それによって出来た隙に首に渾身の右ストレートをお見舞いしようとした。
「っ…!」
すると、ギラリと男の目が濃い深紅の色に変わり、掴まれていた左手で右手の軌道を妨害され、その上逆手であたしの首を掴んできた。
「おいっ」
「ちょ、おとj」
『かはっ…?!』
そのまま車の天井に押し付けられ、勢いよく後頭部をぶつけてしまったのか、視界がぐらりと歪み意識がどんどん遠のいていくのを感じた。


ふわふわとしていた意識が浮上してくる。
意識して呼吸をすれば、嗅ぎなれない畳の匂いがしたのでゆっくりと瞼を開く。
見慣れない天井、部屋の外から何やらざわついている声、ここが何処でどうして眠っていたのかを思い出す。
「あ、起きたみたいだね」
スッと部屋の襖が開き、見たことのある男性が入ってきた。ついでに言えば、何処かで聞いたことのある声でもある気がして黙ったまま男性を見た。
「警戒、してるよね?ごめんね?きちんと説明するから」
『あ…』
「ん?」
『でんわ…』
あたしは起き上がって隣に腰を下ろした男性を見る。
『電話に出た人、ですよね?』
「うん、そうだよ」
『あなた、何処かで…』
そう言いながら部屋を見渡した時に、縁側の外の庭に立っている木が目に入った。
『あの木…』
立派な木の枝に結ばれているリボン、元は何色だったのか…随分とくすんでぼろくなっているソレに見覚えがあった。
「お嬢の木だよ」
その言葉にばっと視線を男性に向ければ、やはり懐かしい笑顔でほほ笑んでいた。
「ご無沙汰してます、お嬢。昔世話役を任された乙一です」
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