華憑きは歌う

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「おつかれっしたー!」
「よーっし、とっとと片付けて帰るぞー!」
「うっす」
外もすっかり暗くなり、他の部活がもう帰宅し始めている中、男子バレー部もやっと部活を終え片付けに入る。
「ツッキーお疲れ様」
「あぁ、うん…おつかれ」
「明日の数1の小テストの範囲なんだけどさ、俺聞きそびれちゃって…」
「小テストくらい別に予習しなくてもいいデショ」
申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる真面目な山口に対して、僕は「はぁ…」と溜息をこぼした。
「僕もノートにメモしたくらいではっきり覚えてないし、帰ったらメールするからそれでいいだろ」
「うん!ありがとうツッキー!やっぱりツッキーは頼りになるな〜!」
「別に、山口が抜けてるだけでしょ」
片付けも終わり、部長たちと部室に着替えに行く。
あれだけ動いた後だと言うのに、日向や影山はクイックがどうのこうのとまだもめていて、どうしてそうもバカみたいに体力が有り余ってるのか、僕には到底理解できそうにない。
勿論人ではない僕にとって、部活の運動量なんてものは大したことでもないし、例え疲れたって“僕たち”はすぐに回復する。
まだがやがやと騒ぐ日向たちを横目に見ながら先に部室を出ると、微かに嗅ぎ慣れた甘い香りがした。
「ツッキー?どうかしたの?」
山口は気付かないようだが、僕にはそれが何を意味するのかはっきりと分かった。
「山口、悪いけど教室に忘れ物したから取ってくる。時間かかるだろうし先に帰っといて」
「え、そんなの俺全然付き合うけど、」
「いいから!それじゃあ」
ちょっと、ツッキー!と、困った声を出している山口は無視して、僕は香りのする校舎へと向かった。
甘い香りのする方へ向かえば向かうほど、嫌な予感が的中していく。
甘く引き寄せられる蜜のような香りに交じる、鉄臭い匂い。人間の血の匂い。
3階まで上がり、自分の教室の方からだということが確信できる。確信できるのは香りだけではなく、そこにあの“華憑き”がいることもだ。
気付いたら僕は教室へと走っており、その扉に手をかけて勢いよく開いた。
「?!」
「なんだ?」
『…月島、くん……?』
そこには、人の姿に大きな牙と爪をしたクラスメイトと、右の首筋から胸にかけて爪で引っかかれたような跡のある彼女の姿だった。

日誌を書き終えてしばらく机で考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
遠くの方で名前を呼ばれた気がして、徐々に浮上する意識の中で一瞬頭を過った月島君の姿にガバっと勢いよく起き上がった。
すると目の前には想像した人物ではなく、クラスメイトの男子生徒が立っていた。
名前は確か木田君で、ユニフォームを見る限り恐らくサッカー部なのだろう。
「浅田さんおはよう、何度も声を掛けたんだけど随分爆睡してたみたいだね」
『あはは、ご、ごめんね…最近寝不足気味だったから、つい…』
そう言いながら教室の外へと視線を向ければ、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
『あれっ!?もうこんなに暗くなって…』
「うん、もう18時まわってるからね」
『もうそんな時間っ…あたし2時間近くも寝てたんだ』
グーっと手を頭上に伸ばして伸びをして、帰る準備をしようと鞄に教科書を詰め始める。
『あれ、そう言えば木田君はどうしてここに?』
「教室に忘れ物しちゃってさ」
『あ、そうなんだ!忘れ物は見つかった?』
クスクス笑いながらあたしは席を立ち上がると、木田君も「うん」とクスクス笑いながら一歩あたしの方へと近付いた。
「ここにいる“華憑き”をなっ」
『っ…!?』
一瞬のことで何が起きたのか分からなかった。
気付けば木田君の瞳は金色に光っていて、鋭く尖った爪に付いた血をぺろりと舐めていた。
そしてあたしは突風が通ったような感覚になった右の首筋が、じんわりと熱くなりずきずきと痛みだしたことに気付きそこへ手を触れた。
触れた左手には生暖かい液体のようなものが付いており、遅れてやってきた痛みに顔を歪めた。
『い゛っ…な、?』
「あぁ、ほんとだったんだね…人はどいつも美味そうな匂いをしてるけど、君だけは格別な香りがしてたんだ。
極上肉…骨までしゃぶりつきたくなる様な、でもゆっくり味わいたいような…そんな香りがね」
あたしは首筋の傷口を押さえながら、後ずさりして教室後方の扉が開いているかをチラッと確認した。
「無駄だよ、俺は狼男の血を引いてる。人間じゃ俺の足の速さには勝てやしない」
そう言いながら男子生徒はあたしへと近づき、右手を掴まれてしまいその腕力に勝てず、彼に引っ張られてしまった。
「あぁ…今だけでもこんなに美味そうなのに、16を迎えたらもっと上物になるなんて、想像も出来ないな…」
そう言うと彼はぺろりと舌舐めづりをし、掴んでいた右手に歯を当ててあろうことか噛みついてきたのだ。
『いやっっ…い、いだぃ…やめっ!』
喰いちぎられるんじゃないかと思う痛みが全身を走り、痛みに他えきれず涙がこぼれてしまった。
「あぁ…く、喰いたい…でももう少しで、もっと上等に…はぁ、はぁ」
完全に彼は我を失っている状態で、あたしの両肩をがっしりと掴み首筋の傷をベロンと舐めた。
捕まれている手の爪が服越しに肌へ食い込んでおり、さらに傷口を抉るように舐めまわされ、あたしは悲痛の声を必死で抑えるしかなかった。
誰か、助けてー…。そう必死に願った時、頭に過ったのは…
ガラッッ
そんなことを考えていた矢先突然教室の扉が開き、そこには月島君が立っていたのだ。
どうしてこんなタイミングで、なんてほんとは考える余裕もないけど、でも心のどこかでホッとしている自分がいた。
「なにやってんの」
「白々しいな、別に俺たちの界隈では媚びる必要も隠す必要もないだろ?吸血鬼」
『えっ…』
木田君が呟いた言葉…“吸血鬼”と言う言葉にあたしは目を丸くした。
「そうだね…でも縄張りや獲物が被れば話は別だよね」
「だったら尚更だろ!悪いが俺の方が先に手を出したんだ、稀少な華憑きだ!誰にもやらねぇよ!」
そう言うと木田君はケラケラと笑い、月島君はそれに対して鞄を床に置くとこちらを碧い瞳で睨み付けた。
「な、なんだよっ…」
「別に?低級な奴ほどよく喋るなと思って」
「んだとってめぇ?!」
フッと鼻で小馬鹿にしたように月島君が笑うと、木田君は右手を大きく振りかぶって月島君に飛び掛かった。
しかし月島君はそれを華麗に避けると、木田君の膝の裏を蹴った。
「っ?!」
態勢を崩した木田君の首を後ろから掴み、今度は月島君が右手を振り上げた。
その右手の爪は木田君と同じように鋭く伸びていて、その爪先を木田君の首にあてた。
「けはっ…」
「威勢がいい割には呆気ないね」
「お前っ…もしかして、純血種…か?」
「だったら何?君には関係ないデショ?」
そう言いながら月島君は右手に少しずつ力を込め、木田君の首筋から血が流れ始めていた。
「や、やめっ…おれが悪かったよ、」
「……」
「な、なぁ?折角俺たちだけなんだし、アレを2人で山分けにしようぜ?なっ?」
震えた声で話す木田君に対して無言を貫いていた月島君が、彼に何かを耳打ちすると首から手を離した。
すると木田君はすごい勢いで教室から飛び出していき、あたしはその一連を黙って見ているしかなかった。
小さいため息を吐くと月島君は振り返ったが、その瞳はまだ碧いままだった。
『な、なにっ…』
「放課後に話したばっかだったのに、君ってバカなわけ?」
そう言いながら月島君はこちらへとスタスタと早足で近寄ってくると、座り込んでるあたしの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
先ほどの木田君とは違う碧く光る瞳、月島君があたしの血まみれになっている右手に触れてきたが、あたしはそれに対し無意識にビクッと反応してしまった。
『吸血鬼、だったんだね…』
「ヒトじゃないんだから、君からしたら一緒でしょ」
そう無表情で言いながら月島君は今度はしっかり右手を掴み、あろうことか木田君に噛みつかれた箇所をベロンと舐め始めたのだ。
『っ!!!いやっ…いだぃ…何っ…』
首筋の傷を覆っていた左手で思わず月島君の胸をグッと押し返すがビクともしない。
ズキズキと強く脈に合わせて痛むのに、遠慮なく舐め続ける月島君をどうすることも出来ず、痛みで自然と涙もボロボロとこぼれた。
押し返していたはずの左手は、痛みに耐えるため月島君の学ランをギュッと握りしめていた。
何分経ったのか、何十分経ったのかは分からないけど、気付けばあたしは月島君に縋りつくように抱きついており、月島君は頭を撫でててくれていた。
『っ…ふっ…ぐす、』
「そんな大袈裟に泣かないでよ」
『…い、痛かったの…ほんとに、いたかっ…ぐす、』
「そのままにしとくわけにもいかなかったデショ」
『何、したの…?』
すると月島君はあたしの肩を軽く押して距離を取ると、再び右手を掴んできたのであたしは視線をそちらへ向けた。
『えっ…なん、で…』
そこにはさっきまで噛みつかれて酷い傷になっていたはずの右手が、傷一つない綺麗な状態に戻っていたのだ。
あたしが困惑しているのを察し、月島君はもう一度あたしの右手へと唇を這わせた。
「吸血鬼は治癒力に長けていて、その体液も治癒力を含んでいるから」
『ん゛っ…やめ、…い゛っ』
するとグイっとまた引き寄せられ、今度は右の首筋を生暖かい感覚と痛みが走った。
「治癒することはできるけど…はっ、君たち人には…少し毒かもね…」
そう言うと今度は首筋も舐め始め、再び痛みが襲った。
『やっ…やめ、』
「こんな傷、他の奴につけさせて…んっ」
『つき、しまくっ…いた、いっ…』
「知らないよ、」
月島君は抱きしめたままあたしを床へと押し倒し、首筋をひたすら舐め続けていた。
徐々に痛みが鈍くなっていくが、頭が少しずつボーっとしてくる。
痛みを紛らわせるために月島君の学ランを掴んでいた手の力が、少しずつ入らなくなっていく。
『んんっ…』
「今まであんまり興味なかった方なんだけどな…」
『…へっ?』
「悪いけど、ちょっと我慢できそうにないや」
『なにをっんん!…ん、ぁ…ふっ』
「んっ…」
すると月島君は噛みつくようにキスをしてきた。この間とは違う、味わうかのように口の中を丹念に舌で舐められ、先ほどまで傷口を舐めていたからか、鉄のような血の味がする。
息苦しくて腕の服をグイっと引っ張ると、月島君はあっさりと離しくれた。
『はぁ…はぁ……はぁ…っ!?』
息を整えながらぼやける視界の中、月島君を見るとその瞳は碧から深紅の色に変わっていた。
『目、いろが…』
「あぁ、…血を飲むとこうなr」
そう言いかけて、何故か月島君は口元を隠して目を逸らした。
ズキズキと痛んでいた首筋もすっかり痛みはなく、ボーっと鈍くなっている頭をなんとか回転させながら、あたしは上半身を起こした。
『…どうして、助けてくれたの?』
「さっき言ったでしょ、他の奴に取られるくらいならって…」
『それなら、傷を治さなくてもいいんじゃないの…っかな?そう思うなら、治さずに先に…こ、殺せばいいんじゃないの?』
少し震える手をにギュッと力を込めて上半身を支える。
しばらく沈黙が続いた後、月島君はまた小さく溜息を吐いて口元を覆っていた手を外し、視線をこちらに向けた。
「君と関わるまでは興味はあったよ。でも、僕は別に“華憑き”を食べてまで力を得たいとは思ってないし、そもそも…」
そう話す月島君の口の中でキラリと一瞬光った鋭い牙に、あたしの目は持っていかれた。
普段とは違う深紅の瞳に上の2本だけ鋭く伸びている牙、その姿があまりに人間離れしており彼が吸血鬼であることを証明していた。
昨日は彼が人ならざるモノだと分かり、あんなに恐怖に満ちたのに、なぜか今はその姿が妖艶で目を離せなかった。
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」
『え、あっ…ご、ごめん、なさい…』
「ほんとに君って変わってるね。“華憑き”で目の前にそれを狙うヒトじゃない生き物がいるのに、どうしてそんな風に呆けてられるのか…僕には理解できないよ」
『…きれい』
「はぁ?」
ハッとあたしは自分の口を慌てて押さえたが、時はすでに遅し。
言い訳を考える間もなく、月島君は不快そうな不思議そうな顔をしていた。
「君さ、ほんとに自分の立場分かってるわけ?」
それだけ言うと月島君は立ち上がり、あたしに背を向けると歩き出し、鞄を手に取るとこちらを振り返った。
「悪いけど、次はもうないからね。僕が親切心で君を助けてるとか思ってるなら…それ、勘違いだから」
月島君は馬鹿にしたように笑うと教室を出ていき、一人残されたあたしはなんとなく窓の外へと目を向けた。
『あ…満月……』
昨日に引き続いて今日も色々ありすぎた。
親切じゃないなら一体何なんだろうか?彼の考えが全く読めない。
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