華憑きは歌う

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靴を脱ぎ廊下をしばらく行けば保健室がある。
変わらずなっちゃんに肩を借りながらあたしは、ひょこひょこと歩くが正直めちゃくちゃ痛い。
「ほんっとにあんたって子は〜」
『なっちゃんわざわざごめんね』
「まぁ、それはサボれるからいいんだけどさ♪」
相変わらずずる賢いというか、そういう所はなっちゃんらしいというか…。
何はともあれやっと保健室につき、ノックをして中へと入る。
保健室には先生がいて、なっちゃんは一足先に授業へと戻り、あたしは両足を台の上に置いて治療してもらうことになった。
「それにしても、これまた盛大にこけたもんね」
『足が絡まっちゃって…』
そう言いながら脳裏に浮かんだあの光景に生唾を飲み、左手の数珠をギュッと強く握りしめた。
最近はああいう“モノ”に出会うことがなかったから、油断してしまっていた。
一時だって忘れちゃいけないはずなのに、ギュッと唇を強く噛みしめると先生は痛かったのかと勘違いして、謝ってきたのであたしは適当に誤魔化した。
「一応これで傷口の方は大丈夫よ。毎日清潔にしてガーゼ取り換えなさいね。
それから右の足首だけど、こっちは恐らく捻挫でしょうけど、腫れも酷いから一応病院行きなさいね」
『はい、ありがとうございます』
「処置は早めの方がいいでしょうし、もう今日は早退して病院にいってらっしゃい。お家に迎えに来てもらえる人はいるのかしら?」
『はい、祖父が運転できます』
「じゃあお家に連絡してきてあげるわ。それから担任の先生にも連絡してくるから、このままここで待ってて頂戴」
そういうと先生はテキパキと救急箱を直すと、保健室を後にしていき、あたし1人が部屋の真ん中でポツンと一人取り残される形になった。
痛みはあるが左脚はとりあえず台からおろし、ガーゼまみれの両足に溜息が出た。
分かる…右足首の違和感、捻挫なんかじゃない。先生は湿布を貼るときに何も言わなかったが、あたしにはくっきりと手形が付いていたのが見えた。
あの地面から生えてきていた“モノ”の仕業、“妖”という存在の仕業だ。
どうしたものかと、もう一度大きく溜息を吐くと入口の扉が開いた。
先生が戻ってきたものだとそちらへ視線を向ければ、今日で何度目か…そこには月島君が立っていた。
何度目と言っても勝手にあたしが見てただけだけど…。
月島君は驚いたように少しだけ目を大きくしたが、すぐにいつもの無表情へと戻った。
中に入って来るでもなく、何か話すわけでもなくジッとこちらを見て…いや、睨んできておりしばらく沈黙が流れたが、これ以上は耐えれそうにもなくあたしはこの何とも言えない空気を破った。
『つ、月島君どうかしたの?』
「…保健室に来てるんだから、わざわざ理由を説明する必要ないと思うんだけど?」
『そっそうだよね!あははっ…えっと怪我でもしたの?大丈夫?
先生だったらちょっと今出てて…あ、でも直ぐに戻ってくると思うから…』
「別に大したことないから自分でやるよ、てゆうか人の心配する暇あるなら自分の心配した方がいいんじゃないの?」
ど正論をぶつけられて、頑張って試みた会話は呆気なくぶった切られた。
元々あんまり話したこともなかったし、これ以上鬱陶しがられても悲しいので黙ることにした。
カチャカチャと、医療備品のあるラックを弄る月島君の後ろ姿になんとなく目をやる。
すらりとした長身に、長い手足、確かバレー部に所属してるんだったっけ?自分とは比べ物にならないスタイルの良さに見惚れていると、突然月島君は振り返った。
「あのさ、そんなに見ないでもらえる」
『え、あ、ごごめん!』
あたしは勢いよく反対側へと顔を向け、後頭部に目でもついてるんじゃないかと冷や冷やした。
しばらくして音も鳴りやみ、もう出て行ったのかなと顔を戻そうとしたら、上から影が降りてきた。
『っ!?』
思わず驚きの声を上げそうになったが、なんとか喉で留めることができた。
さっきまでこっちを見るなと言っていた本人が、真横に立っていたら誰だって驚く。
しかし月島君は相変わらず無表情のままあたしの足を見ており、気まずくなったあたしは再び沈黙を破った。
『ハードル走してたら転んじゃってさ〜』
「知ってるよ。あんな漫画みたいに派手に転がってたら嫌でも視界に入るよ」
『あ、さいですか…』
再び始まる沈黙に何故彼は出ていかないのか、早く先生帰ってきてくれと切に願っていると、今度は向こうから沈黙を破ってきた。
「ねぇ」
『ん、何?』
「僕が良いって言うまで、目…瞑ってて」
『…はい?』
月島君の突然の発言にあんま思考がついていかない。
いや、言ってることの意味は勿論理解できるのだが、何故それをしなければいけなのかが皆目見当もつかない。
『え、何で?』
「いいから」
『やっあの、』
あたしが戸惑っていると月島君はチッと舌打ちをかまし、今まで見たことないような営業スマイルを見せてきた。
「あのさ、あんまり女子相手にこういうことって言いたくないんだけど…
黙ってさっさと目を瞑れって言ってるの、分からないかな?」
『はいすいません、すぐ瞑ります!!』
笑顔の裏の苛立ちが嫌でも伝わってきて、あたしは硬くギュッと目を瞑った。
目を瞑ってる間に一体何をされるのかと冷や汗をかいていたが、ふと脳裏に少女漫画とかでこういうシーンあるよねなんて思ってしまい、あたしは急にドキドキしてきてしまった。
(え、ちょっと待って!?まさかのそんな展開?!いやいやいや、月島君に限ってそんなベタなことするわけっ…え、でも何でじゃあ目を瞑らないといけないの?2人きりの教室で…)
なんてドキドキしていたが、一向に何もアクションされる気配がない。まさか…からかわれた?
『つ、月島君?』
「黙って」
『はいっ』
もしかして今この部屋に一人ぼっちにされたんじゃと名前を呼べば、案外近くにまだ彼はいるようだ。
一体何がしたいのか…思い切ってそう聞いてみようとした時、右足に本当にわずかに温かい気配がする気がした。
何をされているのか不安になってしまい、そっとばれないよう薄っすらと片目を開けてみた。
するとそこに見えたのは、床に片膝をつき、あたしの右足に手を添え足首にキスをしている月島君の姿だった。
想像もしないその光景にあたしは完全に目を見開き、目を瞑っていまだキスをしたまま微動だにしない月島君の姿に見惚れてしまった。
しかし同時に、そこは妖が印をつけていた場所だったことを思い出し、一瞬で血の気がさーっと引いていくのを感じた。
『月島君駄目!触らないで!』
「っ!」
もし触れて彼に何か起きてしまったら…あたしはそれだけが頭の中を埋め尽くし、思わず両手で彼を突き飛ばしてしまい、自分もその勢いで椅子から転がり落ちてしまった。
「ちょっと、いきなり何するのさ」
『ごごごごめんね!でもほらっこけたから足土だらけで汚いし!それにっ…』
そう言って態勢を立て直し、突き飛ばしてしまった月島君を起こそうと左手で彼の腕を掴んだ瞬間だった。

ドクンッ
『っ…!?』
「?」
冷や汗が背中を伝っていくのが分かった。呼吸が止まったように、体が微動だにできない。
彼の腕を掴む左手の数珠が、ドクン、ドクンと脈を打つ。
“数珠が脈打つとき、それは人ならざるモノ”
あたしは目の前の金色の髪色のクラスメイトに、恐怖を抱いた。
『あ…あの、』
「…何?」
恐らくあたしの豹変した態度に、月島君は勘づいている。
怖い、怖い、こわい、コワイ…
今ならまだ上手くすればどうとでも誤魔化せる。そう思うのに目の前の彼の目が、そうさせない。
嘘一つ、言えない。瞬き一つ、できない。

『月島君は、一体…』

“ナニモノ?”


自分でも情けない程に震えた言葉に、月島君はしばらく沈黙を続けた後、下を向いてクククッと堪えるように笑った。
そして顔をあげてこちらを見たその表情は、今まで見たことない程に妖艶で恐ろしかった。
「気づいちゃったんだ?」
その言葉に掴んでいた腕を離し、月島君から距離を取ろうとしたが、逆に左腕を掴まれてしまった。
『っっ?!』
「まぁ、そんな怯えないでよ。何も今取って喰おうだなんて思ってないんだからさ、“華憑き”さん」
『なんっ…』
「何でって言いたいの?それはあまりにも愚策な質問なんじゃないの?まぁ、僕は特に鼻が利く方だから…これだけ甘い香り放してたら嫌でも分かるよ。“華憑き”特有の香り、今まで話には聞いたことあったけど、まさかこんなに甘くて美味しそうな香りがするとは思わなかったよ」
淡々とした口調でそう話す彼は、ついさっきまでただのクラスメイトだった青年。
しかし今はもう、自分の命の危機に関わるほどの脅威にしか感じない。
捕まれている左腕の数珠は、彼を人ではないと伝え続けるようにドクンドクンと脈打ち続ける。
「それにしてもいつから気付いてたわけ?今までの生活ではここまであからさまに怯えてなかったし、やっぱりさっき倒れ込んだ時だよね?」
そう言って彼はあたしの左腕を、グイっとあたしの目の前へと引っ張った。
「この数珠が君に教えたわけ?」
『っ…』
「ははっ君って分かり易いね」
呼吸が乱れる、冷や汗が止まらない、恐怖で体が動かない。
違う、恐怖で動かないんじゃない…何度も体験したことのあるこの感覚は、妖力に中てられているときの感覚だ。
「苦しそうだね?自分で言うのもあれだけど、僕そこそこの力があるらしいから、中てられるときついデショ?」
『はぁ…はぁ……ひゅっっ……』
「華憑きは特に清浄な気を纏っているから、妖力を中てられると辛いらしいね?」
満足に呼吸ができない息苦しさに、目の前が少しずつ霞んでいく。
「もう限界?こんなとこで意識飛ばしてもいいの?もう二度と目覚めれないかもしれないよ?」
そう言いながら首を傾げる月島君の言葉に、あたしは唇を噛みしめ、治療してもらっていた右足のガーゼの上を思いっきり殴りつけた。
『いだっ…!!』
「!?」
ズル剥け状態だったのだ、上から思いっきり殴れば相当痛いに決まってる。
しかしそのおかげで、少し頭がすっきりしたし視界も幾分かクリアになった。
月島君は何度か瞬きをすると、プッと吹き出しくすくすと可笑しそうに笑っていた。
その表情は今まで見たより、先ほどまでより、幾分も年相応の素の状態の月島君の笑顔のような気がした。
「君、ほんとに面白いね。自分で鞭打つとか僕ならやらないな」
『このくらいなんてことない』
「?」
『あたしは生きなきゃいけないの。犠牲にした命の分も生き延びないといけないの。だから、悪いけど…』
そう言いながらあたしは月島君の目を真っ直ぐ見た。
『あんたの餌にはなってやんない』
「………」
恐怖、疲労、痛み、もうごちゃごちゃになった状態で今にも意識を手放してしまいそうだけど、必死になんとか手繰り寄せ月島君に対して、挑発するように笑ってやった。
だって今の彼は、どうみたって同い年の男の子の顔をしてるんだもん。
「何それ、強がり言ったって結局一人ではどうしようもできてないじゃん」
そう言うなり月島君はあたしの腕を離し、体を抱き寄せられたかと思うと、直ぐに浮遊感に襲われた。
『えっ…?』
「気が変わった」
あたしは月島君の肩に担がれており、未だくらくらする意識をなんとか保ちつつ、この状況から逃れようと身をよじる。
「ちょっと、暴れないでよ」
『何するの?!何処連れてくの…って、ぅわあ?!』
何をされるのかと暴れる間もなく、直ぐに下ろされたのは保健室のベッドの上だった。
気付けば月島君は上から覆いかぶさってきており、彼の顔は目と鼻の先で、命の危機かもしれないというのに、あたしはその容姿と彼からにじみ出ている妖艶さに顔が熱くなっていくのが分かった。
「あ、顔色大分戻ったね」
『も、戻ったねじゃないよ!退いて!』
「華憑きの美点って、君知ってる?」
そう言いながら暴れるあたしを意図も簡単に押さえつけ、あたしの両手は頭の上で押さえつけられてしまった。
「齢16を迎えた華憑きの心臓を喰らえば不死となり、」
トンっとまるで見えているかのように心臓の真上を指で押さえられ、一瞬息が止まった。
「肉を喰らえば更なる力を得、血を啜ればその魂尽きるときまでの契りを交わし、」
月島君はそのまま指を上にするすると首筋に沿って顔にあげていき、唇で止めた。
「それから華憑きの唇には他では味わえぬ甘い蜜により、己の身を復することができる」
そう言って上から見下ろす月島君の目から逸らすことができず、唇に添えられていた指は頬を包むようにずれていき、自分の唇に暖かくて柔らかい感触がした。
何が起きているのか理解できないまま、何かぬるっとしたモノが唇を割って入ってきた。
『んんっ?!…ふぁっ、ン…』
キスされているんだと理解しても、身動き一つできないし、またくらくらして視界がどんどんぼやけていき、頭が真っ白になっていくのが分かる。
月島君は何度も角度を変えながらキスを続け、たまにカチャリと彼の眼鏡が顔に当たる。
このままどうなってしまうのか分からない恐怖が襲う。
「これやばいね、くせになりそう」
妖艶さが増した彼は、眼鏡を外し、再びキスをしてきた。
意識が薄れていく中で見えた、彼の瞳は宝石のように碧く輝いていて、それをあたしは綺麗だと思ってしまった。
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