ロンリーハイドアンドシーク

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次の日、シャチは甲板から昨日の森の方を眺めていた。
「昨日の女が気になるのか?」
「え゛っ?!」
突然後ろから声を掛けられたシャチは肩をビクッとさせ、勢いよく振り返った。
「きゃきゃきゃっキャプテンッッ?!」
「驚き過ぎだ…それで?」
そう言いながら船の手すりにもたれかかるローに、シャチは明らかに動揺する。
「別にっ、その…」
「お前が何に興味を沸かせて、何に首を突っ込もうと勝手だがな…つまらねぇことだけはすんなよ」
「そ、それはっ…勿論ですよ!」
「分かってりゃーそれでいい」
それだけ言うとローはニヤリと笑い、船内の方へと歩いていき入れ違いでペンギンがやってきた。
するとシャチは更にげんなりしたような顔をし、それに対してペンギンは不愉快そうに顔を歪めた。
「人の顔をみるなり失礼な反応だな」
「やっ、ペンギンも説教しにきたのかと…」
「そんなつもりはなかったが、何か説教をされるようなことでもしたのか?」
クスリと笑うペンギンに「いやっ…別に…」と、シャチは歯切れが悪そうに目を逸らした。
「ログがたまるのは明日の朝一、それまでは目立った行動さえしなければ自由に街に出向いていいとキャプテンは言っていたぞ」
「そ、そうか…」
「…詮索するつもりはないが、あまり関わらない方が良いと思うぞ」
ペンギンの言葉にシャチは肩を少しピクリと動かした。
「一体何者なのかも分からない、もしかすると海軍のまわし者かも知れない。
昨日見ただけでも分かる通り、あの身体能力でただの一般人の可能性はゼロだ」
「分かってるよ…」
シャチはそう言うとキャスケット帽を被りなおし、ニカッとペンギンに笑顔を向けた。
「じゃあ小遣いももらったし、ちょっくら酒とボンッキュッボンの綺麗な姉ちゃんでも堪能してくるわ!」
行ってきまーす!とシャチは元気よく甲板から飛び降り、その後姿をペンギンは止めるでもなく溜息を吐いてただ見ていた。
「溜息を吐くぐらいなら、はっきりもう会うなと言えば良かったんじゃねぇのか?」
「盗み聞きですか?」
「最初から扉の前にいたのには気付いてただろ?」
「シャチは優しい奴です。それに正直だ。できればあいつには思うままに行動させてやりたい」
「そう言いながら、昨日の女の正体を良く思っていないんだろ?」
ローの言葉にペンギンは手すりに少しもたれながら、昨日アオイに舐められた箇所を手で押さえる。
「分かりません…ただ、関わるべきではないような気がしただけです」
「ほう…」
ローの何か言いたげな視線に堪えきれず、ペンギンは視線を森の方へと向けた。
「まぁ、何にせよ出発は明朝、買い出しの漏れがないかと、ログの行き先の再確認は任せたぞ」
「はい、キャプテン」

ローとペンギンの忠告は心得つつも、やはり昨日の銃声とそれに反応して船を飛び出し森へと消えたアオイ、そして彼女の言葉が引っかかっていた。
自分は人助け稼業なわけでもないし…とシャチは頭を抱えながらも昨日アオイと会った湖へと足を運んでいた。
湖の周りを見渡し、何の変異もないのを確認しつつ湖の岸辺へと歩いていく。
「俺の考えすぎだったのかな…」
『何をだいっ?』
「う゛わぁっっ?!」
“バシャァァンッッ!!”
独り言と思っていると、突然背後から気配もなく現れ声を掛けられたことに驚いたシャチは、振り返ると同時に足をもつれさせてしまい湖の方へと倒れてしまった。
「あははっ!君はほんとに服を着ながら水浴びをするのが好きだね」
「誰がっ!?お前が急に驚かすからだろ!」
おかしそうに声を上げて笑っているアオイの姿に、シャチはどこかホッとしており、すっと差し出された手に目を大きくする。
『ほらっ』
「お、おう…さんきゅ…」
グイっと強く引っ張り上げられ、シャチはその場から立ち上がった。
案の定ツナギはびしょ濡れになっており、ジッパーを下ろして上半身だけ脱ぎ、中に着ていたタンクトップも脱ぐと水を絞った。
『水浴びする?』
「しねぇよ!びしょ濡れになっちまったから絞れるだけ絞っとこうと思って…」
『ふーん、気持ちいいのに』
そう言うとアオイは靴を脱ぎ、浅瀬へと入り湖の方を見たまま両手を広げた。
何をしているのかと、シャチはその後姿を黙って見ていた。
すると湖の奥から暗い影が水面上に近づいてくるのが見えると、昨日の巨大魚が姿を現した。
「昨日のっ…」
アオイはそれを確認すると、ズボンが濡れるのも構わず巨大魚に向かって湖の中へ歩いていく。
『やぁ、随分よくなったみたいだね』
まるで犬や猫を扱うかのように巨大魚の顔から体へと優しく撫で、話しかけるアオイの姿にシャチは昨日抱いていた一つの違和感に気付いた。
「アオイさ…こいつと話すことが出来んの?」
するとアオイは巨大魚に寄り添いながらシャチを見つめた。
『君には聞こえないんだね』
「聞こえないって…だって相手は魚だし、魚人族じゃあるまいし言葉を話すわけでもねぇじゃん?」
『話すってね、僕たちがこうやって話す言葉だけじゃないんだ』
そう言いながらアオイは自分の唇を人差し指で触れる。
『風の音、水の音、木の音、海の音…それらを使ってこの子たちは語りかけてくれる。
それにこの子たちは賢いから、長く生きてるものの中では言葉を理解してくれる子も多いんだ』
そう言ってアオイが「もう帰りなね」と言うと、巨大魚は大人しく再び水中へと姿を消していく。
まるでお伽話のような話に、シャチが頭の中を混乱させているとアオイはクスリと笑う。
『おかしいかい?』
「おかしいっていうか、不思議な感じだな。大抵の人間は分からねぇよ」
『君の船にいた彼は、そうでもないと思うけど?』
アオイの言葉にシャチは「え?」と問いかけようとしたが、バシャッ!と水をかけられしばらく思考停止した。
「って、何すんだよ?!」
『あははっ!やっぱりシャチは面白いな!』
「笑い事かよ!折角水絞ったのに、またずぶ濡れじゃねぇかよ!」
やり返してやろうと浅瀬を走っていくアオイをシャチは追いかけた。
しばらく追い掛け回していたが、アオイは身軽でそれはそれは楽しそうに笑っており、シャチは体力の限界でその場に寝転んで息を整えた。
『もう終わりかい?』
「お、おまえっ…はぁはぁ、なんでっそんな、はぁ…身軽な、わけっ…はぁはぁ…」
『さぁ?僕がヒトの成り損ないだからじゃない?』
「はぁ?何だそれ?」
アオイもシャチの隣に腰を下ろすと、じっと湖を見つめた。
『あの子ね、昨日怪我してた』
「あの子って…さっきの巨大魚?」
『そう』
息が整ってきたシャチは上半身だけ起こし、湖を見つめているアオイの横顔を見た。
『ピストルで撃たれた跡が3発…あの大きさだし致命傷ではなかったみたいだけど、撃った奴は火薬の匂いが邪魔して見つけられなかった』
「昨日船から飛び出したのはそういうことだったのか…じゃあ、あの銃声はあいつが撃たれた時の…」
『この湖は深く広い、本当なら水底にいれば安全なはずなんだ。なのに傷を負っていたということは、水面近くまで出てきていたってこと…』
そう言いながらアオイは自身の右手の親指を口元へともっていくと、ガリっと噛み、シャチは目を大きく開いた。
『僕のせいだ』
親指から伝って垂れていく血を気にするでもなく、アオイは眉間に皺を寄せその目は殺気に満ちていた。
「お、おい…」
『誰がやった…』
「おいっやめろってば!」
再び親指を噛もうとするのを防ぐためにシャチは自身の手をアオイの右手に被せ、ハッとアオイは正気に戻ったかのように何度か瞬きをするとシャチを見た。
「さっき言ってたみたいにさ、あの魚に話しかけれるならもう水面には出てくるなって言えばいいんじゃねぇのか?」
『無駄だよ。もうあの子がこの湖にいることが分かった時点で手遅れなんだから』
「どういうことだ?」
「密漁だろ?」
「っ?!」
突然のその場にいるはずのない声にシャチは大きく肩を揺らし、ギギギと油の切れた機械のように振り返る。
するとそこには腕を組んで仁王立ちし、呆れ顔のペンギンが立っていた。
「なっ…ぺ、ペンギン、なんでここに…?!」
「お前のことだ…何を言おうとそいつに会いに行くとは思っていたが…」
ペンギンがそう言いながらアオイに目をやると、目が合うなりアオイはニカッと笑った。
「昨日この街を調べていた時に耳にしたんだ。湖の主にはえらく価値があるってな」
「それを狙って…?でも今の今までは別にこの辺りは平和そうで…」
「いるかどうか幻扱いだった…だが、その姿を見た者が現れたんだろ?そいつと戯れる主の姿を」
ペンギンの言葉にシャチは視線をアオイへと向けた。
『だからあの子は守ってあげなきゃ』
アオイはその場に立ちあがり、血の垂れていた親指を舐めながら視線を湖に向けた。
「守るって、密猟者を相手にするつもりか?」
『そうだよ』
「馬鹿言えっ!向こうは何人か分からねぇんだぞ?!それならっ…」
「シャチ」
その先は言わせまいと遮るペンギンの声に、シャチはグッと唇をかんだ。
「俺たちは海賊だ。これはそいつがやらかした問題で関わる必要性はない」
「でもっ…」
『彼の言うとおりだよ』
シャチの言葉を今度はアオイが遮り数歩湖の方へと歩いた。
『僕なら大丈夫。人には負けないよ』
振り返りながらいつも見せる笑顔を向けた。
その笑顔にシャチは何も言えなくなってしまい、ペンギンは溜息をもう一度吐きハンカチをポケットから取り出しながらアオイに近づいていった。
「お前の方からそう言ってもらって助かるよ、こいつは馬鹿正直で優しい奴だから」
そう言いながらハンカチを幾つかに裂き、アオイの右手を手に取ると血の垂れていた親指にハンカチを巻いて治療したのだ。
『これは…?』
「昨日あいつを助けてもらった礼だ」
「ペンギン…」
「もうじき日も暮れる、船に帰るぞシャチ」
そう言ってペンギンは2人に背を向けると船の方へと歩き出した。
シャチはキャスケット帽を何度かガシガシっと掻きむしると、その場に立ち上がってアオイの両肩に手を置いた。
「何も出来なくて悪ぃ…無茶はすんなよ」
『ふふふ、君たちは変わってるね』
「馬鹿!真面目に言ってんだぞ!」
相変わらずくすくすと笑うアオイにシャチは顔を歪めるが、次の瞬間目を大きく見開いた。
『僕の心配をしてくれるのは君で2人目だよ、ありがとう、シャチ』
そう言って心底嬉しそうに笑うアオイは背後の夕焼けもあってか美しく、どこか儚げでシャチは口を開けたまま呆けてしまった。
それを遠目で見ていたペンギンも、一瞬アオイの笑顔に引き寄せられるように見入ってしまった。
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