華憑きは歌う

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チュンチュン、チュンー…
『………』
鳥の鳴き声に目を開けば、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。
なんだか、とても変な夢を見た気がして、やるせない気分になっ…
『っっ?!!!』
あたしは勢いよく起き上がり、被っていた布団をバサッと引っぺがした。
服装は体操服のままで両足にはガーゼが貼ってあり、昨日の体育での怪我は夢でないことを分からされる。
『え、待って、ちょっと待って…え?え?どれ?どこからが夢?待って落ち着いてあたし…』
自分に必死に落ち着けと言い聞かせながら、ある一点の違いに気づく。
足首の湿布が貼られていないのだ。湿布が貼られていないどころか、くっきりと付いていた妖の印まできれいさっぱりなくなっており、なんだったら足首は全く痛くない。
『何でここだけ…』
そう言いかけて思い出したのは、妖の印のあった場所にキスをしていた月島君の姿である。
まさか昨日のあれは、妖に中てられたのを治してくれてたの…?
『え、でも、だとしたら…その後の、は…』
そこまで言い、そういえば月島君とキスをしたことも思い出す。
それに対して顔が熱くなるのを感じ、ブンブンと首を左右に大きく振って落ち着かせる。
左手のこの数珠で彼が人ならざる存在であることや、自分で思っていたよりも“華憑き”の力は大きかったこと。
“華憑き”として生まれたからには、死ぬまで逃れられないこの運命を決して甘く見ていたつもりはなかった。
でも彼が言った華憑きの美点とやらについては、あたしは知らなかった。
妖はみんなそれを知っているの?あの学校には少なくとも月島君がいる、もしかしたらもっといるのだろう。
クラスメイトに左手で触れるたびに恐れる日々を過ごさなくてはいけないのだろうか?
常に疑い続けて過ごさないといけないのだろうか?
そんな風に考え出すと、またあの光景が脳裏を横切った。
怖い、怖い、こわい、コワイ…
布団を握る手に自然と力が入る。
『あれ、そういえば…』
ふと、一番シンプルな疑問が浮かんだ。
『何であたし、今生きてるんだろ?』
昨日あたしは月島君に手も足も出なかったし、なんだったらおそらく最後は意識を失っていた。
そのまま殺されたっておかしくない状況だったはず…。
どうして彼は、あたしを生かしたんだろう?


一先ず祖父母に学校から家に帰ってくる間の話を聞いた。
話によると、祖父が迎えに来てくれた時には、あたしはベッドでぐっすり眠っておりいくら起こしても起きなかった為、そのまま家に運んで帰ってもらったとのこと。
腑に落ちない部分は大いにあるが、とりあえず命があったことに感謝すべきだと感じた。
でも問題は山済みである。すでにクラスメイトの中に人ならざるモノがいて、しかも華憑きであることを知られている。
というか、華憑きであることを隠す方法さえまず思いつかないというのに…。
今まで関わった妖は、大体きちんとした神社の境内に入れば追い払うことができた。
でもそれが、学校内にいると分かったのなら話は完全に別である。
教室に結界作るわけにも行かないし、あの学校に神棚があるようにも思えない。
そんなことを考えつつ、結局何も思いつかないまま学校に着いてしまった。
『とりあえず、なるべく一人で行動しないように…あぁ、でももしなっちゃんと一緒にいて怪我でもさせたら…』
「何1人でブツブツ呟いてるのさ?」
『………』
もう少しで教室に着くところだったのに、あたしはその場に足がくっついてしまったかのように動けなくなってしまった。散々昨日聞いた声の主が、今まさに背後にいるのが分かる。
一度妖力に中てられてしまったためか、彼だと確信できるのだ。
心臓がバクバクと脈打つのが分かり、ツーっと背中を冷や汗が流れ昨日の恐怖が蘇る。
「安心してよ、こんな人前で襲ったりしないから」
そっと耳打ちをされ、バッと声のした方へ眼をやれば意地の悪そうに弧を描く月島君に、あたしはぞくりとした。
月島君はすっとあたしの横を通り過ぎると教室へと入っていき、昨日までの同じ景色はもう同じではないんだと、震える左手を右手でギュッと強く握りしめた。
教室の中を恐る恐る除けば、いつも通りのクラスメイト達の風景があるが、その中で目にとまる存在に息をのむ。
いつものように平然とヘッドホンを付けてスマホを弄る彼の姿は、今までと何ら変わらない。
「葵?」
『っ!?』
突然後ろから呼ばれ、驚いて振り返るとそこにはなっちゃんが目を大きくして立っていた。
「何?どうしたのそんな血相変えて…」
『なっちゃん…』
「怪我は?普通に歩けてるみたいだけど平気なの?」
『え、あ…うん、軽い捻挫みたいな感じだったらしいけど、朝起きたら平気になってた』
「まじ?どんだけタフなのあんた」
なっちゃんは笑いながらあたしの横を通り過ぎ、教室の中へと入って行ったが、一緒についてこないあたしに気付いたのか途中で振り返った。
「さっきから何してんの?早く席につかないともう予鈴鳴るよ?」
そう言われ、自分が怪しい動きになっていることに気づかされ、とりあえずあたしは自分の席へと向かった。
幸い月島君とは席も離れてるし、これだけ人がいる前では何もしてこれないはず…。
なるべく一人で行動しないように気を付けないといけない。
「おーい、席につけよー」
担任の先生がやってきて朝のショートホームルームが始まった。
とりあえず、授業中は安心してもいいかなと1限目の授業の準備をしていた。
「今日の日直、日誌取りに来い」
『えーっと、1限目は〜っと…』
「浅田と月島、どっちでもいいから日誌とりにこーい」
『えっ?!』
安心したのも束の間、先生にセットで呼ばれた意味が何を指すのか、あたしは黒板の右端へと目をやった。
そこに書かれている“本日の日直 浅田・月島”の文字に開いた口が閉じなかった。
硬直してしまったあたしを見兼ねたのか、月島君は気怠そうに日誌を取りに行ってくれた。
そして振り返った時、不意に目が会うと日誌で口元を隠しながら、「よろしくね」と口パクをしていた。

1限目が終わり、2限目は選択の授業の為クラスメイトは各自選んだ教科の教室へと移動し始める。
あたしは移動する前に黒板を消さそうと、立ち上がろうとしたら急に視界を真っ黒で遮断された。
「はい」
『っ!?』
そこには日誌をあたしの顔の前にかざし、見下ろしてくる月島君が立っていた。
『な…なに、』
「どうせ黒板は高くて消せないデショ?僕が黒板消すから、君は日誌書きなよ」
そう言ってポンと机に日誌を置かれ、返事をする間もなく月島君は歩いて行ってしまった。
あまりにも普通に接してくるものだから、あたしは拍子抜けしてしまった。
その後の授業も宣言通り月島君は黒板を消してくれており、あたしは警戒しながらもなんとか一日を難なく終えることができた。
「葵、あたし今日バイトの時間ギリギリだから悪いけど先に帰るね」
『うん、頑張ってね!』
なっちゃんに手を振り、日直の残りの仕事である日誌の記入とゴミ捨てを済ませることにした。
今日一日のことを振り返り、日誌の記入欄をどんどん埋めていく。
『あ、日付書くの忘れてた…』
視線を一番上の欄に戻し、今日の日付と日直の名前を書きたして、月島君の名前を書いたところで手が止まってしまった。
まるで昨日のことは本当に夢だったんじゃないかと思うほど、なんてことのない一日だった。
月島君自体だって今まで意識したことなんてなかったけど、クラスメイトと交わすときは普通に話をしている。
でも確かに脈打った左手の数珠と、気を失う前の微かに見た碧く光っていた瞳は、彼が人ではないことを現していた。それに…
“齢16を迎えた華憑きの心臓を喰らえば不死となり、肉を喰らえば更なる力を得、血を啜ればその魂尽きるときまでの契りを交わし”
昨日月島君が言っていた言葉がどうしても引っかかる。
あたしは今年で16歳になる、それも後ひと月もしない内にだ。
今までだって散々妖に悩んできたのに、もしそうなったとしたら一体どうなってしまうんだろう。
想像も出来ない遠くない未来のことに、あたしは不安で左腕の数珠をギュッと握りしめる。
「君は何かとよくその数珠を握りしめるよね」
突然の声に落としていた視線を上げれば、今日一日警戒していた対象の張本人が目の前に立っていた。
そしていつの間にか教室に残っているのは、あたし達だけになっていることに今更気付いたのだ。
「おおよそ不安になった時につい握ってしまうっていったところ?」
『べ、別になんでも、いいでしょ…』
図星を突かれ、思わずふいっと顔を背ける。
「今日は一日中僕のことを警戒してたね」
『当たり前じゃないっ!』
「そのくせ今はこうやって二人きりになって、爪が甘いというかなんというか」
そう言い月島君は軽く鼻で笑うと、机に両手をついてあたしの目線に合わせるように前屈みになった。
「君、よく今まで生きてこれたね」
『っ…!』
「“華憑き”がどれほど僕たちにとったら貴重な存在か知ってる?喉から手が出るほどのご馳走だよ。それも16になるのももう時間の問題でしょ?みんなが一斉に君を求め始めるだろうね」
そう言ってクスクスと笑う月島君の表情は、また妖艶で鳥肌が立った。
『…月島くんも…あたしを食べたいと、思うの…?』
口から出る言葉が情けない程震えた。
しかし彼はその返答はせず、あたしの後頭部に手をまわしてグイっと距離をつめた。
「だとしてもおかしくない…だって僕は、君たちの言う“人ならざるモノ”だからね」
耳元で呟かれたその言葉は、彼が初めて自分自身を人ではないと認めた言葉と、碧く輝き続けている瞳で再び鳥肌が立った。
すると月島君はあたしの前の席の椅子に横向きに座り、長い足を組み机に肘をついてこちらに視線を向けた。
「ねぇ、君の誕生日っていつなわけ?」
今までの話の流れからの唐突な質問にあたしは思考が一瞬停止したが、とんでもないことを聞かれていることだけは理解した。
『そっそんな話されて、教えられるわけないでしょ!』
突拍子もない質問をされ、あたしは思わず大声で反応してしまった。異様な瞳の色はしているものの、やはり目の前の彼が人ならざるモノとは思えない。それでも誕生日を教えれば死刑宣告を自らしているようなものだ。
あたしの考えを察したのか、こちらを見ていた月島君は視線を廊下の方へと向け、小さく溜息をこぼした。
「君にとったら酷な話かも知れないけど、例え僕が手を出さなくても、君を狙う奴らはごまんといるよ。さっきも言ったけど僕らにとったら“人”さえも対象になる。その中でも華憑きは特に稀少なんだ」
『…稀少?』
「華憑きの…つまり君みたく、清浄な気を持ち、妖を視ることのできる人間は稀少で、嫌でも僕たち人ならざるモノと関わり合う運命なわけ」
『……』
「僕はたまたまこうやって、人に似た姿形、思考を持つことができているから、こうやって人に交じって暮らしてる。でも半分以上の妖と呼ばれる存在の低級な奴らには知性なんてない。人の常識なんて通用しない。君がいくら妖の言葉が聞こえようとも、奴らに人の言葉なんて意味をなさない」
月島君は淡々とそう説明すると、教室の時計に目をやり立ち上がった。
「それじゃあ僕は部活に行くから、ゴミ捨てよろしくね」
『ま、待って!』
「何?」
『それじゃあ、あたしは…どうすれば、』
そこまで言いまた言葉に詰まってしまった。
月島君だってあたしの味方なわけじゃないのに、縋ったって仕方がないじゃない…と、冷静になっていく。
「……」
月島君は鞄を肩にかけると、あたしの横まで来てクスリと意地の悪い笑い方をすると、両手をポケットに入れたまま顔だけ近付けてきた。
「まぁ、僕としても折角貴重な存在に会えたわけだし、他の奴らに取られるくらいならってところかな?」
そう言うと瞳の色は普段のこげ茶の色に戻っていき、クスクス笑いながら教室を出て行った。
結局要約すれば、お前の魂狙ってますと宣言されただけのこの時間はなんだったのか。
書きかけの日誌の一日を振り返っての欄に、今の悩みを事細かく書いてやりたい気持ちになった。
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