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□trap
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「川西さん…」

震える声で名前を呼んでも表情を変えずにこちらを見る彼。

軽い出来心だった。ただ、寂しかっただけ。その寂しさを今日だけ紛らわして欲しかった。それだけだったのに、どうしてこんなことになったのだろう?




「川西さん!隣、良いですか?」

大人数での飲み会の席。宴会場を貸し切り皆で騒いでいる中、端で一人タバコを吸いながら携帯を見る彼の隣に座った。

「皆さんみたいに騒がないんですか?」

「もうおじさんやもん。疲れたんよ…」

酔っているのか頬をほんのりピンク色に染めてふにゃ、と笑う川西さん。
こんな言い方をするのは失礼かもしれないけど、川西さんならきっと断られないと思っていた。そんな軽い気持ちで優しそうな彼に近づいた。



この飲み会の後、二人で会う予定だった。濱家さんと。
誰にも知られてはいけないこの秘密を隠すのに必死で会えない日々が続いていた。それでもやっと今日を迎えたというのに飲み会の会場にいつまでも濱家さんは姿を現さなくて。連絡をしても返事は来ず、人伝に急に仕事が入ったと聞いた。
あぁ、今日もまた会えないんだな。そう思うと自然と飲むペースが早まった。ただこの寂しさを誰かに紛らわしてほしかった。



「川西さん結構酔ってます?」

「そうやなぁ、眠くなってきたもんなぁ」

「………家、来ます?」

テーブルの下で指を絡ませる。そのまま甘えた声で名前を呼ぶと唾を飲むように彼の喉仏が動く。笑いがこみ上げそうになるのを堪えた。所詮は彼も男なのだ。


「家行って、なにすんの?」

「なにって…」

分かってるくせに聞く彼と、分からないフリをする私。

「くっ、はは…」

「川西さん?」

「穴埋めにちょうどええか?俺は」

「えっ?」

急に腕を掴まれて引き寄せられた。周りからはイチャつくなと冷やかしの声が聞こえたけど近距離でそう言う川西さんは一切酔っている様子はなくて。


「どうしたんですか、急に…

「濱くんに断られたから俺にこんなことするんやろ?」

「っ、なに、言って…」

「全部知ってんで。!ちゃん分かりやすいからなぁ」

「…っ、」



「お前、ふざけんなよ」


声のトーンを落とし小声で囁くようにそう言われ自然と溢れた涙が頬を伝う。
そんな私を隠すように、!ちゃん酔いすぎなんで送ってくわ〜なんて言いながら皆に笑顔を振りまく川西さん。彼に腕を引かれながら店を後にしてタクシーに乗り込んだ。


携帯が震え、見ると濱家さんからのごめん、というメッセージ。画面を開こうとした右手を掴まれてキスをされた。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。後悔してももう遅い。私はそのまま目を瞑ることしか出来なかった。




trap

(今さら謝ったって遅いよ。もともと許すつもりもないけどね。)



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