短編

□目覚めたら仙人が添い寝してた
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朝。
目が覚めると、お腹辺りに違和感を感じた。

――なんだろ?

さすってみようと手を持っていくと、何かゴツゴツした暖かいものがある。
肩にかかるのは吐息か。

――まさか…。


姿を見なくてもわかる。
この感触、存在感…というか、こんなこと出来るのは彼しかいない。

「ふ、普賢さん…。」

名前を呼べば、もぞもぞと動く彼。
首を髪の毛がくすぐる。

抱きしめられてるらしい。仙人様に。

「ふーげーんーさーん。」

なんとか首を回して、彼の頬をつついてみる。

「ん…?」

目が覚めたらしい。

「あ、おはよう紫燕ちゃん。」
「おはようございますですけど…。」
「ん?…あぁ、もしかして後ろじゃなくて前がよかった?」
「いや、ポジショニングの話じゃないです…。」

とかいいつつも、振り返って抱き着いてみる。
やっぱり、こっちの方が落ち着くっていうのはあるけど。

「そろそろ紫燕ちゃんが僕に逢いたくなるかなと思ってね。」

普賢さんは、いつも狡い。
私からは逢いに行けないのをいいことに、いつも私が寂しくなる頃を狙って現れるのだから。

「ぶー…。」
「フフ。どうして不貞腐れてるの?」

普賢さんの声は優しい。
私は答えをはぐらかし、質問で返す。

「普賢さんは?」

普賢さんの胸に顔を押し付けて、くぐもった声になる。

「普賢さんは寂しくないんですか?」

――私に、逢えなくて…。
その部分を言う勇気はなかった。

普賢さんは、優しく笑う。
ガキだと思われただろうか…。
なんだか、途端に恥ずかしく思えてきた。

「どうしてそんなこと聞くの?」

私の頭を撫でながら、普賢さんは問う。
同じように質問を質問で返され、少しがっかりする。


「だって、」

悔しいのかもしれない。

「私ばかりが、普賢さんに逢いたいみたいじゃないですか。」

ああ、ガキだな私は。


「紫燕ちゃん。」

体を離され、普賢さんと目が合った。
久しぶりに視線が交わったような気がする。


「僕が紫燕ちゃんに逢いたくないと思う日なんてないよ。」

天使みたいな微笑を湛えて言われたら、心臓は真逆に速さを増してしまう。
彼は魔性の天使なのかもしれない(いや、仙人か)。

「そ、それって、逢いたいって思う日はないんですかっ!?」

私は照れ隠しで捻くれた質問をしたのに、普賢さんはバカにしないで微笑んでくれた。

「ごめんね、ちょっとイジワルな答え方しちゃった。」

…あ、また私は普賢さんの策略に嵌ったんだ。

「僕はね、弟子の修行を見ている時も、元始天尊さまとお茶してる時も、望ちゃんと修行サボってる時も、ずっと心のどこかに紫燕ちゃんがいて、いつも逢いたいって思ってるよ。」
「ほんと、ですか?」
「うん。…あ、流石に瞑想中はできないんだけど…。」
「そ、それは言わなくてよかったのに!」
「アハハ、ごめんごめん。」

普賢さんは再び私を腕の中に招いてくれた。
私は素直に抱き着く。

決して逞しい身体ではない。
それでも、包まれると安心する。

普賢さんは、でもね、と続ける。

「瞑想っていうのは心を鎮めることで、紫燕ちゃんに逢いたくて仕方ない時によくやるんだ。」
「えっ?」
「僕も一応仙人になったから、やるべき事は全うしなくちゃならない。それでも、どうしても紫燕ちゃんに逢いたくなる。…だから瞑想して心を落ち着けて、ガマンするんだ。」
「普賢さん…。」

ああ、私はなんて愚かだったんだろう。
彼と話していると、つくづく自分の、人間の小ささを感じる。
普賢さんはいつも、そこが人間の…私の可愛い所だと微笑んでくれるけど。

「普賢さんには、瞑想っていう逃げ道があって狡い。私には寝逃げしかないもん。」
「普通の人でも瞑想はできるよ?」

「普賢さんに逢いたくて仕方ない気持ちを無理やり鎮めるなんて無理です!」


私がちらと普賢さんの顔を見ると、彼は目を丸くしていた。
やっと私も、普賢さんの笑顔を崩せた。
少しだけ、してやったりという気分になる。

そんな雑念を抱いていたら、後頭部に手を添えられ、その頭を彼の胸に押し付けられた。

「普賢さん?」

――あれ、怒らせちゃった…?

私は珍しく強引な普賢さんに、少し慌てる。
しかし上から降ってきた言葉は。


「君は本当に、可愛いね。」



普賢さん、狡いです。

やっぱりあなたには適わない。






公開:2019/04/19

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