短編

□狂科学者の師父に恋をした
1ページ/4ページ



ガビガビガビ……

施術用の寝台の上には、弟弟子である無表情の宝貝人間。
そしてそれをガビガビやってるのは…。

「太乙さま、太乙さま。」
「んっ?なんだい?」

ガビガビ音にかき消されないように大声で呼びかければ、同じように大声が返ってきた。
でも、その視線は交わることがない。
問われて返事をしない私にも、太乙さまは追求することもない。
わたしは頬を膨らませる。

もう!
哪吒ばっかりズルい!

哪吒が仙人界に来てから、宝貝オタクの太乙さまは哪吒のことばっかり……。
一番弟子(自称)のわたしなんて放ったらかしで、息子同然とはいえ哪吒の世話ばかり焼くなんて許せない。

こうなったら直接攻撃してやる!

作業中の太乙さまの腰に腕を回し、後ろから抱き着く。
それでもガビガビ音は止まない。

まさか気付いてないのでは!?

腕に力を入れてみる。

「むぅ?」
「!」

太乙さまが声を上げた。

「あー、あっちにあったか……。」

どうやら足りない器具を探していたみたい。

ちょっと、本当にこの人生きてるのか?
触覚全部麻痺してんじゃないのか?

「た!い!い!つ!さ!ま!」
「えっ!?ん…あれ?紫燕?おーい、何処にいるんだい?」

パッと手を離して太乙さまの視界に入ると、ああそこにいたのかと微笑みかけられた。見た目以外ジジイか。
やっと目が合ったよ…。

「あの、」
「えーと、あれはどこにしまったっけな…。」

やっぱりな!

今のわたしより故障中の哪吒の方が優先されるなんてことはわかってる。
我が子同然の彼を早く治してあげたい気持ちもわかる。

でも、ここまで蚊帳の外なんてさぁ……!


再びガビガビはじめる太乙さま。
最早、何を言っても聞かないのではないだろうか。

今度は、ブツブツと何かをつぶやく太乙さまの腕に抱きついてみた。

「ん?」

さすがに邪魔になったか、太乙さまは修理用器具から、わたしが絡みつく方の腕を離した。

「こらこら、修理に集中できないよ?」
「んー…。」

適当に返せば、太乙さまは困ったように眉を寄せて笑う。

「離れないと後でお仕置きしちゃうぞ〜?」
「それ、ご褒美の間違いじゃないですか?」

「さっさと修理しろ。」


哪吒のツッコミと威圧感に太乙さまがビビるものだから、仕方なくわたしも彼から離れた。

「ふんだ!哪吒なんか、いっつも壊れて帰って来て、太乙さまに修理されなきゃ動けないし、本当に強くなってるんでしょーね!?」
「貴様……。」
「こ、こらこら、喧嘩はいけないよ〜…。」

「修理中の哪吒なんて怖くないよっ!べーっ!」
「殺す。」

寝台の上で、拳をこちらに向ける哪吒。
……あれ?

「乾坤圏は壊れてないんだよ紫燕……!」
「げ…それ早く言ってくださいよ……。」

やば、宝貝なんか今持ってないよ!?
防御なんてできない……!

「死ね!!」
「いやぁぁぁ!!」

「いけない……!」




……。





「た、太乙真人さま?今の爆発は…哪吒ですか?」
「おや、白鶴童子じゃないか!察しの通りだよ…巻き込まれてないかい?」
「ええ、それは大丈夫ですけど…あれ?今日は紫燕はいないのですか?」
「紫燕ならそこだよ。」

太乙真人が指さす先には…。

「あれは…九竜神火罩?」

その宝貝が開き、中には目を回した紫燕が見えた。
哪吒が太乙真人を睨む。

「貴様、邪魔を……。」
「だって紫燕が死んじゃうだろう!」
「いいからさっさと修理をしろ!」
「君の乾坤圏の当たりどころが悪くて僕の修理室が半壊したんじゃないか!悪いけど復旧するまでは無理だよ!」
「……チッ!」

寝台に壊れた哪吒を残したまま、太乙真人は紫燕を抱き上げた。

「太乙真人さま?」
「ん、あぁ、驚かせてすまなかったね。」
「いえ…でも、だいぶお疲れのように見えますよ?研究もいいですけど、休憩もお忘れなく……。」

白鶴童子の言葉に、そうだねと苦笑する太乙真人。
飛び去って行った白鶴童子を見送り、ため息を吐く。

「ちょっと根を詰めすぎていたかな…?」

太乙真人本人としても、少しカリカリしていたなと思い返す。

哪吒は寝台の上で活動停止(睡眠状態のようなもの)しており、室内の機械音だけが小さく聞こえる。
大破した壁のあった部分から仙人界の心地よい風が吹き込んで、太乙真人の腕に抱かれた紫燕の前髪を揺らした。


「…たまには息抜きも必要かぁ。」

そんな独り言は、開けた空気に拡散していった。





夜。

寝台の上で目を開けた。
あれ?わたし、どうしたんだっけ。
確か太乙さまの哪吒修理中に、哪吒と喧嘩して、乾坤圏で……。

逃れようのない攻撃だった。
あれを防御出来るのは、あの場では太乙さまの九竜神火罩しかない。

「太乙さま……。」

感謝すると同時に、寂寥感に襲われた。
寝台の上で一人、膝を抱える。

人間界で親に捨てられ、孤独に生きてきたわたしを見つけてくれたのは太乙さまだった。
仙人界に来てから少し前まで、寂しい時はいつも太乙さまが近くにいてくれた。
毎日のように同じ寝台の上で、一緒に朝を待つことが出来たのに。

全ては、哪吒が来てからだ……。

別に、哪吒が嫌いなわけじゃない。
哪吒は強すぎるし喧嘩相手にしかされないけど(しかも勝ったことない)、一応可愛い弟分だ。
元が霊珠という宝貝だから人間ではないのかと思ったこともあったが、関わってみれば人間らしい部分も持ち合わせていて憎めない存在だ。突然キレて殺しにかかってるのは勘弁して欲しいけど。

でも…太乙さまを独り占め(?)するとなると、話は別だ。


「うぅぅ…太乙さまぁ…哪吒ばっかり…わたしだって、ずっと前から…うぅぅ…。」

ぽろぽろと涙が出てくる。
嫉妬とかじゃない。
ただ寂しくて仕方がないんだ。

「相変わらず泣き虫は治らないね。」
「!!」

気付けば部屋の入口に、太乙さまが立っていた。

「いい、いつの間に…!?」
「さっきだよ。そろそろ目覚めるかなと思ってね。」

太乙さまにはなんだってお見通し…。
それが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、ちょっと悔しい。

太乙さまは寝台に歩み寄ってくる。
何かを期待する気持ちを抑え、唇を尖らせた。

「どこか痛むとこはあるかい?」
「……平気です。」

なんだか悔しくてそっぽを向く。
どうしてこう天邪鬼になってしまうのだろう。
太乙さまは寝台に腰掛けた。

「哪吒はいいんですか?」

ぶっきらぼうに呟くと、太乙さまは余裕そうに笑った。

「修理は明日に持ち越しさ。哪吒が自分で撒いた種だしね。今日はずっと修理室の片付けをしてたよ。」
「……へぇ。」
「寂しかった?」

ほら、そうやってすぐに言い当ててしまう。
まるで心の中を見透かされているみたいだ。

「…太乙さまには、わたしの心の中が見えてるんですか?」
「そんなこと出来る人間はいないよ。宝貝だって人の心は計り知れない。」
「じゃあ、哪吒にもわたしの気持ちなんてわからないですね。」
「哪吒は特別さ。宝貝"人間"だからね。」

宝貝であり、人間である哪吒。
その存在は不安定極まりない。
太乙さまが気にかけるのもわかる。

「哪吒のことは嫌いかい?」
「そんなことは……。」

自分でもわかってる。
師父を思うあまり嫉妬心を抱くなんて愚かだ。

「そう、それはよかった。」

でも、想いはどうしようもなく積もってしまうから。

哪吒が嫌いなんじゃない、太乙さまを好きすぎるんだ。
でも、だからこそ、邪魔なんてしたくない。


髪の毛を撫でられると、安心して眠くなってしまう。条件反射のようなものだ。
だから、そっとその腕を引いた。
おっと、と太乙さまは寝台の上にわたしを避けて手をついた。

太乙さまがわたしに覆い被さるかたちになる。

心が読めないなら、分かってもらうしかない。

「それがお望みかな?」
「……。」

だって、わたしに出来ることなんてこれくらいしかないじゃない。
太乙さまの心も体も満たせる、哪吒には出来ないこと。

「僕の体が欲しいなら、どうぞ。」
「体だけじゃなくて、心も……。」

わたしが声を震わせて呟くと、師父の妖艶な笑みに普段の無邪気さが少し戻った。

「体だけの関係じゃ物足りなくなっちゃったかな?」
「…最初から私が欲しかったのは、太乙さまの心ですよ…。」

ふぅん、と呟くと、太乙さまはゆっくりと瞬きを繰り返す。
こんな時くらい、太乙さまの時間もゆっくり流れていてくれたらいいな……。

「結構前から、僕の、…は……、」
「え……?」

「……ぐぅ。」

……あれ?

「…んん……そんなに宝貝ばっかり…し、しぬ……しあわせ……むー……。」

なに寝てんだちくしょう。
据え膳なんだから食えよ。

突然寝落ちした師父の抱き枕と化してしまったため動くことも出来ず、結局その日はそこそこ重量のある彼を乗せたまま寝る羽目になった…。




翌朝。

太乙さまはやっぱり哪吒の修理を続けていた。


「いつになったら構ってくれるんですかあああ!」
「ごめんねー、今いい感じにカッコよくできそうだからちょっと待ってて!」

太乙さまはこちらを見向きもしない。
さすがにヘコむぞ。

「太乙さまのちょっとは何十年のことですか…。」
「…。」

哪吒まで何も言わなくなってしまった(あ、元々そんなに喋らないか)。

しばらく、ガビガビ音だけが部屋の中を埋め尽くしていた。

「そーやって哪吒のことばっかガビガビやってると今に悪いことが起こりますよ…。」

恨み言のように呟き、修理室を出る。

「えー?なにー?何か言ったー?」

背中に突き刺さった視線は、太乙さまではなく修理台の上の哪吒だったのだろう。






次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ