短編・中編/番外編

□soundless voice/猿飛佐助【短編】
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「茜…ちゃん…?」

目の前には真っ白な雪の中で倒れ、赤く染まっている茜ちゃんがいる。

「嘘……だろ」

膝から崩れ落ち、その勢いで茜ちゃんの肌に触れる。

…茜ちゃんの肌はとても冷たく、その感触がこれは悪夢ではないのだと知らされた。

「茜ちゃん…。ねぇ、茜ちゃん!!」








茜はその朝、いつもより早く起き、庭へ出た。

昨夜降り積もった雪がうっすらと地面を覆っている。

朝日を受け、キラキラと輝くその光景に、茜は目を奪われていた。

「おはよう、茜ちゃん」

後ろから声をかけてきたのは猿飛佐助。

つい最近茜と佐助は恋仲になり、幸村に“破廉恥!”と叫ばれながらも交際を続けている。

「御早う御座います、佐助様」

ニコニコと微笑みながら返すと佐助もニコリと微笑む。

「俺様今日仕事尽くしなの。ほんと大将も旦那も忍使い荒いよねぇ」

ふふ、と笑い、御気を付けてと言う。

「はいはーい、俺様頑張ってきちゃうよー」




そう言って仕事に向かい、結局昼過ぎまでかかってしまったが仕事を終わらせ城に帰ってきた。

茜ちゃん驚くかなーなんて思いながら。

茜ちゃんの部屋の近くまで来ると、微かに…血の臭いがする。

嫌な予感がして、その臭いの方へ急ぐ。



臭いは庭からだった。





嫌な予感は当たっていた。

今目の前に横たわっている血塗れの茜ちゃんが何よりの証拠だ。

先に他の忍達が来ていたが、気を使って何処かに行った。

そんなことどうでも良い。

茜ちゃんにゆっくり優しく触れる。

脈も無ければ温度も無い。


何で茜ちゃんが、こんな目に…。
俺様が付いていればこんなことには…。

沢山の後悔が頭を占める。








昼過ぎになっても佐助様は帰ってこない。

本当に沢山の仕事があるのですね…。

女中としての仕事も終わったし、少し庭を散歩しようかな。

さらさらと積もっている雪の上を、足を滑らせないように気を付けて歩く。

暫く歩くと頬に冷たいものが当たった。

空を見上げるとふわふわと雪が降ってくるのが見えた。

「…綺麗」

濃緑に橙の花が咲いた着物にも真っ白な雪が降ってきて、静かに溶けていく。

掌を上に向けるとまたふわりと雪が降りてきて、触れた瞬間に溶けていく。

それがとても楽しくて、儚くて、子供のように遊んでいた。



だからかも知れない。



一瞬のうちに現れた黒い影。

それが佐助様でないことは直ぐにわかった。

だけど、夢中になっていた私は、助けを呼べなかった。




目の前が真っ赤に染まり、視界が回る。

斬られたのだと気付くのに時間がかかった。

もうこれは駄目だと、そう思った後も頭は冷静だった。

…あぁ、佐助様にもう逢えないのね。私のこんな姿を見たら、佐助様は哀しむのかしら。せめて最期に貴方の声を聴きたかった。貴方と一緒にお茶を飲んで甘味を食べて話をして、もっと一緒に過ごしたかった。

考えるのは貴方の事ばかりなのです。

本当に私は貴方に溺れているのね。

愛しています、佐助様。

貴方に幸福が訪れますように…。

あぁ…もう駄目みたいです。

佐助様、前にも言ったことがありましたけれどもう一度…。







………私が死んだなら、私のことはどうか、お忘れください。そしてお願いです。幸せになって、幸せに…生きてください。

不意にその言葉が頭に過る。

「…そんなこと、できるわけないでしょ…?」

言われた時は「絶対そんなことにはならないよ。俺様より早くは死なせないから」なんて格好つけて言ったのに。

…何だよ、この有り様は。

温い水が頬を伝う。

「逝かないでよ、何処へも……置いていかないで…」

呼んでよ…どんな所へも迎えに行くから…。

言ったじゃん、ずっと二人で一つだって…。




…どれ程経っただろうか。




ずっとずっと、茜ちゃんを抱きしめて泣き続け、もう日が傾き始めている。

響くのは嗚咽と…「茜ちゃん」と呼ぶ情けない声。

ねぇ、聴こえてる?君の名前を呼ぶ俺の声。

俺の声を聴いて、また笑ってよ…。

茜ちゃんの声が聴きたい…。

もう一度だけ、俺の名前を呼んでよ……。

どれだけ呼んでも願っても、君にはもう何も聴こえない。

わかってる、わかってるけど…!



音もなく積もる雪に塗れながら泣き続ける。

こんなの忍らしくない。

こうなるから、忍は恋情を抱いてはいけない。

だけど………叶うなら。

叶うならこの声全てを奪い去って愛しい人へと与えてほしい。

そう思ってしまう程に…愛してしまった。

茜ちゃんがいない世界なんて意味が無い。

こんな世界で生きていくなら、茜ちゃんのいるところへ逝きたい。



せめて最期に言いたかった。

「愛してる」と。

でも、もう叫んでも届かない。



「…うあああああああああああ!!!」

どうしようもない怒り、哀しみ、痛み。

静かに雪が降り積もる中響いたその、情けない程に震えた叫び声。



もう、俺を殺してくれ。



…徐々に手が冷たくなり、感覚がなくなる。

このまま……茜ちゃんの傍で。

………死なせてくれ。



もう涙も枯れ果てた。

感覚もない。

…バタリと茜ちゃんの隣に倒れこむ。

嗚呼…茜ちゃんの隣で死ねるなんて幸せだな。



神なんて、あんまり信じてないけど、今は信じるよ。

………お願いします…。

降り積もる雪が…どうかずっと、俺達を包んでいますように。

〜end〜















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