02.小さな幸せ



ㅤ俺は何をしているんだろう。
ㅤ目の前に広がるのは自然。公園、森。言葉通りの光景であり、木々から照らされる光は眩しくて温かい。
ㅤ外に行きたいと駄々をこねるサイケをここに連れてきたのは、現在保護者に位置する臨也本人ではあったのだが、ふと我に返ると、どうしてこんな目にあうハメになるのか、と根本の内容に頭が向く。
ㅤが、今は考えても無駄だと思い、即座に思考を巡らせるのを拒絶する。

───まあ、連れてきた場所としては間違いではなかったかな。

ㅤ東京都の井草森公園に行こうと思い立ったのは、そこが一番顔見知りと会う確率が低いと思ったからだ。東京都なのだから、知人でなくとも、人目には嫌でもついてしまうのだが、井草森公園は、杉並区立の公園では一番広い公園である。
ㅤ子供連れなどは多いものの、その多くが歳の小さな子供。公園で遊びたがるのが自然なことだろう。
ㅤ子供を遊ばせるのなら、傍に保護者がついているのは一般的、と考えて、訪問者は公園に集まることが多いと思った臨也は、サイケの要望であった、川や森などもあって、比較的静かな井草森公園を選んだのだった。
ㅤ選んだ場所に後悔はない。思った通り、人の多くは公園へと集まっていて、現在地である川には、パッと見渡した限りでは臨也とサイケだけだ。
ㅤこの上なく慎重に選んだ甲斐があったと思う。が、出来れば出歩きたくはなかったし、仕事を優先したかった。
ㅤそもそも、サイケが泣き出したのは、「駄目だ」と臨也に固く否定されたことが理由ではない。納得出来る理由を説明されず、ただ駄目だ、と拒否られたことに問題があったのだ。
ㅤサイケは臨也のクローンである。頭の回転も飲み込みも早く、自分が納得出来る理由を説明されていれば、納得して諦めていたことは、泣かせた張本人が一番感じていた。
ㅤサイケと過ごした時間は決して多くはないし、むしろまだ限りなく短いと言えるだろう。それでもここまで理解できているのは、自分と似たところが何処と無くあり、自分であったら、と置き換えて考えるからだ。
ㅤ臨也がもし、サイケであったらどうだろう。
ㅤ泣いたりはしないだろうが、物事において、きちんとした説明をされなければ、決して納得はしないだろう。
ㅤ現在進行形で、静雄から、「池袋に来るな」という言葉さえ、まるで聞く耳を持とうとはしない。勿論、来るなと言うのは、それは静雄の都合であって、臨也にとっては納得がいかないからだ。
ㅤむろん、彼の言葉には正論だろうとなんだろうと、聞く耳を持つ気は一切ないのだが。
ㅤそう思うとサイケの我儘は、何となくだが仕方のないことのように感じた。


「わあ、日差しって、木があるとこんなに綺麗なんだね!何もないと、眩しくて目開けられないのになぁ。あ!ここにアリさん居る!着いていってみよー!!」

「はしゃぐのは良いけれど、あんまり遠くに行かないようにね。あと走るなよ。転ぶから」


ㅤサイケの様子を見ている限り、日差しや、アリという生き物を知ってはいるものの、あまり外の世界を知らないような反応をしていて、臨也のマンションへ送られるまで、一体どんな生活をしていたのだろうと、ふと疑問に思う。
ㅤ勿論、これも考えても仕方のないことではあるのだが。
ㅤ日差しの向きが変わったのか、木々が風で揺れ、射し込む日差しが単に変わっただけなのか、臨也の頬に、ほんのり日が当たり明るみが出る。
ㅤ思えば、こんな風に自然の中を歩くことなど、ここ数年なかったかもしれない。
ㅤいつも人混みの中を歩き、他人と付き合う仕事をしたり、部屋に籠ってはパソコンや携帯をただひたすら弄くる毎日。
ㅤこうして静かな風に当たり、自然を感じるなど、サイケが来なければ考えもしなかっただろう。


「ま、たまにはこういうのも悪くないかもね」


ㅤここに来て、漸く浮かんだ笑み。ぽそりと呟いた独り言は、呟いた本人、臨也にしか聞こえず。
ㅤ透き通った、綺麗な川を見つめながら、川の端っこをゆっくりと歩く。そして、流れる川の水音に耳を済ませる、が。


ㅤジャリ。
ㅤという砂と小石がぶつかり合うような、擦り合うような音にふと目の前を見ると。




ㅤ「……臨也?」

ㅤ「シズ、ちゃん……?」








































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