Barcarole of Prisoners

□あな愛し
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羨望、嫉妬、劣等感……鉛のように、重い石のように、足枷のように。

胸に重くのしかかり、消えなかった。

そうずっと。ずっと心が重かった。重たかった。
捨ててしまいたいほどに。
持ち続けていたら、沈んでしまうほどに。

捨ててしまえば軽くなったはずなのに、自分はそれを捨てられずに。
そのまま深い深い闇へと堕ちていった───。

そうまでして求めたものは。
何が欲しくて、そんなことに。

"なあ、グレイグよ、俺はただ………お前のように、なりたかっただけなんだ"

自分の声が、響いた。





「……!」

ホメロスは目を覚ました。隣ではまだお姫様が眠っている。時刻はまだ真夜中だった。寝付いたところだったのに。眠る前に、あんな異形の姿の事など考えたからか。

「んん……」
「姫?」
「ぁん……、だめぇ…、」
「??」

ホメロスはそっと彼女の髪を撫でた。

「ら、らめなのっ…、ぁぁん、」
「ひ、姫……一体なんという夢を、」
「ひゃぅん……ホメロスッ…、そこ、らめえっ…!」
「っ~!!」

ホメロスは彼女に背を向けて寝転がった。

「姫……私だって、男なのです……そんな、甘い声で、啼かれたら、」
「ホメロス……、」
「しかも相手は私……はあ……全く……姫相手に何をしてたのだ私は……そんな…そんな、ことを…? ……。姫、」

ホメロスは軽くエレナを揺すった。

「ひあっ……、? ホメロス?」
「どうしました。大丈夫です?」
「え、ええ……大丈夫」

彼女も恥ずかしそうにしながらくるりと背を向けた。

「ね、ホメロス、私、何か言ってた…?」
「何も」
「そう。なら、良かった……はあ……」
「……色っぽいため息ですね」
「え、そ、そう? そうかしら? やだ、ホメロスったら、気の所為よ、気のせい。」
「姫」

ホメロスは後ろからエレナをだき抱えた。

「年頃の男女が同じ布団で寝ているのです。盛っても、仕方ないと思いますが?」
「さ、盛ってなんかないわよ!失礼ねっ」
「姫……まだ熱がおありですか? 身体が火照ってますよ」
「や、やだもう…言わないでっ。そうよ、まだ熱があるの!」
「そうですか……なら、安静にしておかなければ」
「そうよそうよっ……おやすみなさい、ホメロス」
「ええ、おやすみなさい」

エレナはくるりとホメロスの方に身体を向け、そっと上の服を握った。

「??」
「ねえ、ホメロス」
「なんです?」

潤んだ瞳で、上目遣いで名前を呼ぶ。

「…構いませんけど、多分虚しくなりますよ。悪いことは言いませんから、大人しく寝た方が」
「な、なんにも言ってないじゃない!」
「貴婦人がそんな顔を良くしていたのでね……そういう貴婦人は、必ずと言っていいほど、私に抱かれた」
「え、えっち!誰でもいいの!?」
「誰でもよかった。私も若かったのでしょう。今は……どちらでも。求められたら応じますよ、別に」
「結局、誰とでも寝るの? ホメロスは」
「いえ? 今は……貴方だけ」

エレナはそっとホメロスの首筋に口付けた。

「……寂しいの。これぐらいは、許して」
「構いませんよ…勇者も言っていたでしょう。言いたいことは言えと。私もそう思いますから……遠慮しなくていいんですよ、姫。抱いて欲しいなら、そう言ってくだされば」
「嫌よ。私だけ覚えてるの、虚しいもの」
「そうですよね。そうだ……」

ホメロスもそっとエレナの首筋にキスを落とす。じんと痛んで、エレナは小さく悲鳴をあげた。

「すみません。悪い虫がついて欲しくないので」
「見えるところ?」
「いえ。修道服を着ていれば見えないかと。」
「……ホメロスは、私が欲しいの?」
「欲しいというか……まだよく分からないのですが……どこへもやりたくなくて。気分が悪くなるんですけど……独占欲と執着心がいつも自分の胸にあって。多分、それを貴女にぶつけてしまっているだけ……嫌なら仰ってくださいね、遠慮なく」
「嫌なわけないわ。貴方には、私だけ見ていて欲しいもの」
「姫……」
「私を見ていて。ホメロス。ずっと、私だけを見つめていて」
「……!」

ドクンとホメロスの鼓動が跳ねた。

「ホメロス?」
「姫。もう一度、言ってくださいますか?」
「…? 私だけを、見つめていて」
「……!」

ドクリと心臓が蠢く。気分が悪くなって、ホメロスは仰向けになった。浅く息をしながら。

「ホメロス? 大丈夫? 顔色良くないわ」
「少し気分が悪くなって……ああ、嫌な感じだ。心臓が音を立てて……ドクドク蠢いて。吐き気がする」

エレナはそっと、ホメロスの胸元に耳を当てる。トクトクと小さな音がした。

「貴方の、命の音が聞こえる」
「そりゃ、まあ、生きてますからね」
「そう、よね……生きて……ぐすっ…」
「姫? どうしました。え? 何か気に触りました?」
「違うの。違うの。嬉しいの……」
「……??」
「死んじゃ嫌よ、ホメロス。死んじゃ嫌。お別れなんて嫌。私を、ひとりにしないで」
「申し上げたでしょう……貴方を、1人にはしない。貴方は1人ではないと……姫。この命尽きるまで、貴方の傍にあります、私は」
「尽きないで、ホメロス」
「無茶を言いなさるな。命は有限。私もいつかは死にます」
「いや!死んじゃ嫌なの!死にますなんて言わないで!!」
「……っ!?」

彼女は酷く取り乱していた。
大粒の涙を零しながら、それでホメロスの胸元を濡らしながら。
半狂乱に叫んだ。

「死んじゃ嫌!もう嫌なの!貴方の死に顔なんて二度と見たくないの!嫌!もう置いていかれたくないの!もう二度と、もう二度と……」
「私の、死に顔…?」
「っ………!」

エレナは片手で口元を押さえた。

「ごめんなさい、今のは忘れて」
「姫、それは一体、」
「忘れて。お願い」
「……分かりました。」
「っ……、」

その日、結局2人は背中を向けあって眠った。





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