Barcarole of Prisoners

□自分さがし
1ページ/9ページ




やり直す。その為に。
その為に、過ぎ去りしときを、求めたのだ。
あの仲間たちを捨てて。

願いとは、エゴ。
願いは、誰かの願いを否定する。
他人のそれをねじ曲げてでも、叶えたいと願うもの。

"私のわがままを通すのだから、当然の報いよ"

自分の叔母は、かつて、そう言った。

『生きてさえいれば、またやり直せる』

ああ、どうして。どうして僕の相棒の声で、そんなことが聞こえるのだろう。




勇者は目を覚ました。彼はちょうど、ダーハルーネの宿屋にいた。
領事から気になる手紙を貰ったからだ。

"勇者様も是非お越しください"と。

ステージという文字に、シルビアの心が踊った。

"レオンちゃん!行ってみましょうよ!今目の前で必死に生きてる皆の笑顔も見てみたいと思わない?"

そう、言われたからだ。
あれからこの街に魔物は現れていないと言う。よかった。

気になることは1つ。ヤヒムが言っていたことだ。

"勇者さま。ジャスパーって知ってる?"

そんな名前を自分は知らない。ヤヒムは、自分を助けてくれたヒーローなのだと言っていた。勇者さまと同じように、自分を助けてくれたのだと。

目が冴えてしまった勇者は街へ出た。叔母が、岬の灯台にいた。

「叔母さま?」
「え? レオンなの?」

叔母の目は、泣き腫らしたようで、真っ赤だった。



「相変わらず叔母さまを泣かせてるの? ホメロスは」
「ふふ……いいの。それでも、生きていてくれるなら、それで。私にとっても、罰なのよ、ホメロスから、安らかな眠りを奪ったのだから」
「は?復活させて貰っておいて、それはなくない?」
「レオン。貴方どこまで、ホメロスの事を?」
「国外追放されたってのは聞いてる。それからはさっぱり」
「あのね……彼、記憶喪失なの」
「え?」
「覚えてないの。ここ16年のこと、ぼんやりとしか。私のこと、忘れちゃったのよ……」
「は~!?!?!?」

勇者は呆れた。あの、自分より2回り近く年上の男に心底呆れた。

何だそれは。帰ってきたと思えば、忘れただと?何もかも?自分がやってきたこと全部?なんて都合がいいんだ!僕は全部覚えてるのに!

「酷いね、それ。ほんとに?ほんとに何も覚えてないって?」
「ええ……だから今ね、その記憶を探す旅をしているの。きっと闇が出ていっちゃった時に……一緒に流れてしまったの。私への想いと、記憶も一緒に」
「そんなの……あんまりだ……叔母さまがどんな気持ちで…」
「ふふ。いいのよ。言ったでしょ? 私にとっても罰だと。沢山出会ったわ。ホメロスの事を悪くいう人に……そう、許されない。それはとても辛く苦しいこと……生きている限り、彼は恨まれ続ける。忘れられることなく、石を投げ続けられる……たとえそれでも、生きて欲しいと願った。これは私のエゴなの。死んでいた方がホメロスは楽になれたのに。引き戻して苦しめているのは私。だから……」

勇者は叔母の手を強く握って俯いた顔を覗き込む。

「なんで!? なんで叔母さまが償わないといけないの? 悪いのは全部ホメロスでしょ? なのに、」
「レオン…」
「叔母さまは、叔母さまはただ……そんなどうしようもない元悪魔の手先を、助けようとしてるだけじゃないか。何が罰? 何が罪? 叔母さまはそんな救いようのない人をどうにかして救おうとしてるのに、それが罪だって? 違うよ、叔母さま、それは違う」
「だって、だって、眠っていた方が、ホメロスは楽になれた」
「それこそ卑怯だ!眠っていた方が楽だなんて、寝た子を起こすなって言うけど、ホメロスの場合は違うでしょ? 叔母さま自分で言ったじゃない。自分の鬱憤だけ晴らして、こっちの鬱憤はどうしてくれるのよって。その通りだよ。ホメロスは勝手すぎるよ。そんな勝手が許されるような人間じゃないくせに」
「レオン。もうやめて。あの人を悪く言わないで」
「なんで? むしろ何で? 何で叔母さまはそうまでしてホメロスを庇うの? 救いの手を取ろうともしない人に、いくら差しのべたってどうしようもないじゃないか、そんなの」

エレナは、少し納得した気がした。

そうか、そういうことか。今のホメロスは。救いの手を、取ろうとはしていないのかと。
ホメロスにとって、私はいても居なくても変わらないのだ。今のホメロスにとっては。

「叔母さま。しばらく放っておいてみたら? ホメロスは大人なんでしょ。自分で何とかさせようよ、そんなこと……忘れてるなんて……あんまりだ……そんな無責任な……」
「……記憶はなくても、心は覚えている。ホメロスも、それは同じなの、レオン。だから……私にとっては、あの人はずっと、私の騎士。私も私で、あの人無しじゃ、生きていけないの」
「叔母さま…」
「貴方は覚えてるのよね。あの世界の記憶を……私も、覚えてる。貴方は私があの世界で何を選んだか知っている。なら分かるはずよ、レオン。私が、ホメロス無しで、生きていけないことぐらい」
「………。」

エレナはそっと、甥の額に自分の額を当てた。

「痛みは、全部あの人が引き受けてきた。これは、あの人が居ないからこそ、私に降りかかっている痛み……今度は私が引き受ける。いつか、いつかあの人が帰ってきてくれるまで。この手を取ってくれるまで」
「二度とかえってこないかもよ」
「それでも。それでも、生きて欲しいと、願ったのよ。」
「……生きていれば、思い出はまた作れるからな」
「カミュ」

いつの間にか現れたのは勇者の相棒の男だった。







次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ