Barcarole of Prisoners

□あな愛し
6ページ/7ページ


「姫……心が叫ぶのです。苦しい……苦しくて苦しくて。張り裂けそうで…」
「ホメロスは、どうしたいの」
「どうしたい……どうしたいのでしょう、分からない。何もわからないのです……」
「なら考えるのやめよう、ホメロス。貴方の心のままに……私はそれが何であっても、受け止めるわ。だから」
「姫……」

ホメロスの唇がエレナのそれに触れる瞬間、エレナはぎゅっと目を閉じた。
そっと触れた唇はすぐに離れてしまう。

エレナはそれを追いかけるように、無理矢理ホメロスに口付けて舌を絡ませようとした。
ホメロスはそれに驚きながらも、大人しくそれを受け入れた。絡み合う舌、混ざり合う唾液。激しいキスだった。

「姫、」
「ああ、どうして。どうしていつも貴方だけ…!どうしてなの。私達はただ、私達はただ……!」

ほんの小さな幸せを、望んでいるだけなのに。

「姫、」
「どうしてなのよ……!」

エレナはそう言って再びホメロスの唇を塞いだ。
閉じた瞳から涙が溢れる。

「はあっ、はあっ、ホメロス、わたくしの名を、呼んで、」
「姫、」
「いや!姫なんて嫌なの!私の名を…名前を呼んで、ホメロス!」
「姫、それは、まだ……」
「っ…!」

エレナはホメロスに激しいキスをし続けた。
ホメロスはそれを大人しく受けながら、思う。

(我慢しているのだ、姫は……辛い気持ちを沢山我慢して私と共に旅をしているのだ。近くに居れば求めたくなる。本当ならば離れている方が楽なのに。自分が苦しむと分かっていて、それでも私と共にと言ってくださっているのだ……)

彼女の両手が自分の顔を包むように添えられる。
逃がさないと言わんばかりに。彼女は角度を変えながら何度も何度もホメロスに口付けた。

(こんなもので、埋まる寂しさでないだろうに)

可哀想なお姫様。哀れなお姫様。貴方はずっとそうだ。16年前からずっとずっと……。

ホメロスの胸にある感情が浮かぶ。諦め。同情。そして……魔の手から逃れて欲しいと、同じところに落ちないで欲しいと願った感情が。

"お前だけは"

夢の中での、自分の声が響く。

エレナがホメロスをベッドに押し倒した。蒼炎の双眸からぽとぽとと雫が落ちてはホメロスの頬を濡らす。

「分かんないよ……私だってわかんないのよぉ……こんなの、ホメロス困るって、分かってるのに、でも、だけど……!」
「姫………」
「ホメロス。嘘でもいいの、お願い聞かせて」

あの日のように。愛してるって言って。

エレナは震える声でそう言った。
ホメロスは首を振る。

「貴方が大事だからこそ……そんなことを、軽々しく口には出来ません。貴方に気安く言っていい言葉ではない。こんな気持ちで、訳の分からないままでは……そんなのは空虚な言葉です、姫。虚しくなるだけです、おやめなさい」
「そんなことないわ。そんなことないの、貴方がそう言ってくれたらそれでいいの、」
「良くない。良くないです、姫。それはダメ」
「いいの…!」
「良くない!」

ホメロスは己を押し倒して立てていたエレナの腕を引っ張って自分の身体に倒れこませた。

「これ以上、悲しませたくないんです…!悲しい思いも、寂しい思いも、虚しい思いもさせたくないのです、姫、お願いだ……もっと辛くなりますから。分かっている、私が悪いのです分かってます!でも……こんなのは貴方が辛くなるだけだ。だから姫……おやめなさい。これ以上自分を辛くさせるようなことは」

エレナもそれは分かっていた。今のままどれだけ愛を囁かれても、身体を重ねても虚しくなって今以上に辛くなるだけだと。

「好きという度に……辛くなるなんて…そんなの……」
「姫……」
「だって好きなのに!貴方が好きなの!愛しているの!世界の何より誰より、貴方が居ればそれでいい!他になにをなくしても、世界が壊れたって構わない!それぐらい……それぐらい、私には、貴方だけなのに……!」

涙は次から次へと溢れる。拭うこともせず、落ちてくるそれを、言葉と共に静かにホメロスは受け止めていた。

「なのにどうして? どうして幸せって掴んだ瞬間すり抜けていくの? 私が居るから? だから貴方はいつまで経っても幸せになれないの?」
「何を言う、姫。そんなことは、」
「他になんにも要らないのに!いつも貴方だけ失くすのよ、私は!」
「姫、」
「貴方が居ればそれでいいのに!その貴方だけがいつもすり抜けていくの!どうしてなのよ。どうして。どうしていつも、貴方は…!うわぁぁぁ…!」

ホメロスの胸元で、エレナは声をあげて泣いた。
ホメロスはそっと、彼女の星色の髪を撫で続ける。彼女が泣き止むまで、何も言わず、ホメロスはただ、そうしていた。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ