Barcarole of Prisoners

□あな愛し
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『愛ナドクダラナイ。ホメロスヨ。オマエノ望ミハ何ダ。チカラダロウ?アノ男ヲ越エルチカラダロウ?』

悪魔の声がそう囁く。

「あの男を、越える力……そうか。盲目的に、力を求めたのか、私は……」

過ぎた力は暴力になる。時に他人を、時に自分を傷つける力に。

そんなこと、知っているはずなのに。何故そんなにもチカラばかりを求めて気持ちがはやったのか。

考えれば考えるほど心に穴が空いていく。スカスカになっていく気がする。疑問ばかりが増えて、頭をもたげる。自分のことなのに分からない。なぜ。どうして。何故そんなことに?

「愛など、くだらない」

そんなことは……そんな、ことは。

「失礼だろうが。私を愛してくれた人に」

ホメロスはふと、己の腰と背に剣があることに気づいた。

「……叩ききってくれようか。出てこい、卑怯者。成敗してくれる」

"歯向かう力はない。その能力はないのだ、彼女には。
ならば…計画に支障はない。
害はないのだ。彼女は障害にはなりえない。

王にも、そう伝えよう。
死ぬのは、悪魔の子1人でいい。
私が守る。お前は。お前だけは。何があっても。"

「貴方を死なせたく、なかった。本音は、それか」

お前は。お前だけは。

己の言葉をホメロスは繰り返した。

「私の命より、大切な人」

……そうだ、約束をしたのだ。

『私は、お前と共に在る。だから泣くな。お前を1人にはしない。約束だ』
"必ずよ、ホメロス。お願い…"

涙で濡れた顔。小さな体。悲しげなその小さな身体を、ホメロスは力いっぱい抱きしめた────



(すっごい抱き締めてるんだけど……これ姫様呼んで来た方がいいのかな。)

サムはちっとも目を覚まさないホメロスの隣であくびをかみ殺した。

(さすがに姫様以外ではないと思うけどなあ)

そこへエレナが戻ってきた。

「サム。ホメロスどう?」
(全然。今ね、ほら、とってもぎゅーってしてる。きっと姫様だよ)
「あらほんと。それは布団なのに。でも、この様子じゃ起こすのも可哀想ね……自然に目が覚めるまで、このままにしておきましょう。サム。ご飯はい」
(わーい!ごはん~!!)

エレナはふと、耳元で耳飾りが点滅していることに気がついた。手には破邪の光。

「……あの時、ホメロスにこの光をかざしたら……倒れたのよね、確か。」

エレナはそっと再びホメロスにそれをかざした。

「ん……、この、光は…」
「眩しかった? ごめんなさい。気分はどう? ホメロス」
「ああ……可も不可もなく。姫。机の上の手記、取っていただけます?」
「ええ…」

エレナは手記を手渡した。
ホメロスはそれをゆっくりはぐっていく。

「姫。1つお尋ねしたいことが」
「なあに?」

ホメロスはエレナの左手を取った。

「この指輪……その、言いたくないならいいんですけど……その、誰の、ですか」
「ああ……これは、その……」
「いえ、いいんです、別に。貴方はユグノアの姫なんだ、婚約者や許嫁の1人ぐらいいたって、」
「ふふ……何の心配してるのよ」
「え?」
「大丈夫……内側見て。」

エレナは指輪を外して、ホメロスに手渡した。ホメロスは内側に彫られた名前を確認する。

「ホ、メ、ロ、ス……私?」
「ちょっと違うけれど……そう、貴方。」
「なにが違うと?」
「貴方だけど、貴方じゃないというか……どう言ったらいいかしら、あのね、ホメロス。私…!」
「……?」
「……ねえ、貴方、過ぎ去りし時って、求められると思う?」
「思いませんけど……ずっと昔に。古代図書館で、こんな書物を見た事があります。神の民の伝承には、失われし時を取り戻す光があると伝えられているのだと……実際に勇者を目にしましたし……だとしたら。その光も、存在してもおかしくないなと。簡単ではないでしょうけど……まさか、求めたのですか? 過ぎ去りし時を」
「それは……」
「言えないでしょうね。その書物にも、詳しいことは全て、神の民が記したもののみに書いてあって、それは神の民が天空の島で管理しているとありました。過去を求める……簡単に出来てしまっても、広まってしまってもいけないはずだ、そんなことは。知ったものには守秘義務があってもおかしくはない」
「ホメロス……」
「でも、貴方は貴方だし、私は私……そうですね。手記を見ても、指輪を贈ったとはありませんから……でも確かに、その指輪は私が貴方に渡した……他でもないホメロスという人間が。確認します。そのホメロスには、もう会えませんね?」
「ええ……」
「姫が会いたいのは、そのホメロスですか」
「違う。あの人はもう居ない。悠久の時の彼方に。私の運命とともに消えた。私は……私は貴方とやり直すために、もう一度時をつむぎ始めた。私が会いたかったのは、貴方。何に引き換えても、何を歪めても、会いたかったのは、貴方よ、ホメロス」

ホメロスはそっと指輪を置いてからエレナをぎゅっと抱きしめた。

「ホメロス…?」
「……その言葉だけで、私はこれから先を歩いて行ける。忘れた私が言うのは違う。わかっている。でも言わせてください、姫。お願いです……必ず思い出しますから。私以外と、契らないで下さい…」
「そんな心配してたの? 杞憂よ、ホメロス。私に貴方以外なんて居るわけないじゃない。私には貴方だけよ。今も昔も、これからも」
「姫。貴方にとって、私だけというのは……それは、いつからですか」
「あなたに出会った、あの日から」
「16年前?」
「ええ……あの廃墟で、全てをなくしてしまったあの時に。全てを失ってから初めて手にしたもの。私に唯一残ったもの。それが貴方よ、ホメロス」
「出会った時から、始まっていたと…?」
「は、恥ずかしいけれど……」

エレナは少し視線を外しながらホメロスに言う。

「あの白銀の煌めきに……私を助けてくれた貴方の背中に。私はきっと、既に恋に落ちていたのよ」
「っ……、」
「貴方は、私は貴方の思うような白馬の王子様ではないと言うけれど……私にとっては、初めからずっとそうなのよ、ホメロス。貴方が何かは貴方が決められるけど、私にとっての貴方は私が決めるの。だから……私にとっては、ずっと。貴方にとっては道具でしかなかった時もあったとしても。私にとっては……出会った時から、貴方が私の騎士」
「道具だなんて……そのような。なんと無礼な……あの頃の私は……闇に魂を売った私は、本当に……薄情だ。人間ではない。」
「何か、見た?」

ホメロスは頷いた。

「ええ……あれは、悪魔の囁き。私が乗せられてしまった、悪魔の囁き……姫。でも…その輝きが、私を守ってくれるのです、今も、あの時も……姫。貴方が光だ」
「私にとっても、貴方が光……貴方って、瞳も髪もお日様の色をしているの。私をいつでも照らしてくれたのよ。どんな暗闇の中でも…絶望の淵にいても。貴方が居てくれたから、私は……今度は私が、貴方を守る番。痛みは、全部貴方が引き受けてきたの、今まで……だから貴方は今、きっとその傷に苦しんでいるの。癒さなくちゃ。ね? だから」
「痛みを、引き受けた…?」
「ふふ。そうよ。思い出して、ホメロス。貴方……私に言ったのよ。そう言ったの。思い出したら、また言ってちょうだい。」
「え、ええ…」

エレナはそっとホメロスを横たえて、自分も布団に入った。

「子守唄歌ってあげましょうか? ユグノアの子守唄。メタルも眠るのよ」
「ほう。メタルも……私は眠りにはあまり耐性がないのです。メタルも眠るのなら……私など、すぐに眠ってしまうのでしょうね」
「眠らせてあげる。疲れたでしょう。沢山記憶を見て……だから。貴方がゆっくり眠れるように、深い眠りに誘ってあげる」
「ふ……ならば、お言葉に甘えます。姫。」
「ひゃん…、」

ホメロスはそっと首筋に口付ける。
エレナはホメロスの髪を撫でながら、歌い出す。ユグノアの子守唄を。

「おいで おいで」

ここはあなたの 小さなゆりかご






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