Barcarole of Prisoners

□あな愛し
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翌日、ダーハルーネの定期船に乗り込み、2人はバンデルフォン地方に降り立った。

「いつ来てもここは小麦畑が素敵…!」
「そうですね。バンデルフォンでは名産だったのでしょうか…聞いたことは無いですけど」
「グレイグの、故郷なのよね」
「はい。彼奴はここから、デルカダールへやってきた……全てをなくした男でした。それが今や英雄と呼ばれる男。彼奴は、運命に負けなかった。私は……」
「ホメロス」
「比べちゃいけないんですよね。分かってますよ。大丈夫」
「引け目に感じる必要なんてないのよ。私の友はこんなに凄いんだぞって、それでいいじゃない? 」
「なるほど……そうですね。私の友はこんなに凄い、か……素直に賞賛する。そうですね。ただそれだけの事……何故あんなにも。」
「あんなにも?」
「いえ、良いのです、私の問題ですから」

そう語るのは横顔。
エレナはその瞳を覗こうとした。
ホメロスはそれを読んだのか、エレナに横顔しか見せようとしない。

「ホメロス?」
「姫。そろそろ街へ入りますから、ホメロス禁止」
「……ジャスパー」
「よろしい」
「ジャスパー。1人で頑張りすぎるの禁止よ。分かってる?」
「ふ……禁止のし合いっこですね。いいでしょう。なら素直に甘えますよ、貴方には」

エレナの顔がぱあっと輝く。

「ほんと!? 言ったわね!? 騎士に二言は?」
「ございません」
「ふふ。なら言質は取ったのよ。どーんと甘えなさい!」
「クックック……私が甘えるのが下手なことは貴方の方がよく知っているくせに。でもまあ…そうですね。」

エレナはその顔をじっとみた。ホメロスが笑った。笑っている。

「な、なんですか…」
「ホメロス。大好き」
「ええ、知ってますけど……ひ、姫、そろそろ人目につきますから、」
「……大好き」
「………………………私も、嫌いではな、ないですよ」

ぎゅうっと首に抱きついて微動だにしなくなってしまったエレナの髪を撫でながらホメロスは苦笑した。
サムがそれに同情するように肩を竦めていた。



2人はグロッタの街へとやってきた。

「カジノ…? そんなのあったかしら」
「いえ。最近できたようですね。闘技場を改修したようです。」
「ふーん……仮面武闘会。結局1度もみられなかったわ。ちょっと残念」
「来賓で何度か呼ばれて見たことがありますよ。でも…貴方が見て楽しくもないような。仮面をつけた闘士がひたすら争うだけですからね。貴方、争いは好きでないでしょう?」
「あら、どうしてそれを?」
「……何故でしょう。なんとなく、そんな気がして」
「そうよ。争いは、嫌い。誰にも傷ついて欲しくないから」
「ええ。そうですね…」

2人はグレイグの像を見上げた。

「16年経った。あの時から。あのユグノアの悲劇から」
「ええ……貴方と私が出会ってから、16年経った。この16年……何をしていたのか。私はあまり覚えていない。見つけられるでしょうか。」
「そのための旅よ、ホメロス。」
「ええ、そうです。そうですね……」

2人は1度宿屋に向かった。
ホメロスは寝台に腰掛け手記を捲る。

「この街には二人で来ましたね」
「ええ」
「……倒れたみたいですね。私」
「ええ……倒れて、ここの孤児院の人に……運んでもらって。思い出せる?」

ホメロスは頭を振った。

「あまり。ただ……なんとなく、思い出すのは、」
「ええ」
「貴方の涙を、覚えている。その涙に、すごく救われたことを」
「救われた? 貴方私に泣くなって言ったのよ? 私に泣かれるのいちばん困るから」
「……ふ。確かに。貴方に泣かれるのは、いちばん困る」
「ごめんなさい……」
「あ、いえ、そういう訳では。ただ、その……悲しませたくないんです。貴方には、笑っていて欲しい。貴方が笑うと……笑いかけてくれると。私の世界に花が咲くのです……この、どこへもゆくともしれぬ曖昧な世界が、鮮やかに色づく。疲れた身体を癒してくれる……貴方は……我が天使、っ……、」

そこまで言ったところで、ホメロスは頭を抱えた。

「はあっ、はあっ……なんだ、身体が、重い…!ぐっ…」
「ホメロス。とりあえず横になって。」

エレナはそっとホメロスを支えて寝台に横たえた。

「はあっ、はあっ……エレナァ…!」
「……!」

エレナは思わず後ずさった。

どうして。闇は抜けたはずなのに。
どうして、そんな呼び方はまるで。

「はあっ、はあっ……、にがさぬ、」
「いやっ、待って、ホメロスっ……、なんで、」
「はあっ…」

肩で息をしながら、ホメロスはエレナ腕を乱暴に掴んで抱き寄せると、その首筋に牙を立てた。

「っ……、ホメロス、しっかりして、」
「はあっ、はあっ……、」
「ホメロス。可哀想に。まだ苦しんでいるの…?」

エレナはそっと、ホメロスを抱きしめてその頭を撫でた。

「もういいの。もういいのよ、ホメロス。そんなに苦しまなくていいの。私はどこへも行かないわ。貴方のそばに居るから……そんなに必死にならなくていいのよ。ホメロス…」
「ぐっ……、ぁっ、」
「大丈夫。大丈夫……ホメロス。ちょっとおやすみなさい。子守唄歌ってあげる。貴方が好きだった子守唄を。」

エレナは抱きしめた手で、ホメロスの背中を軽くトントンと叩きながら歌い出す。

"あなた あなた
いとしいあなた

幾多の星のもとで
今日はおやすみ

ほら目を閉じて
聞こえるだろう?
大樹のざわめき
私の鼓動

おいで おいで
ここはあなたの
小さなゆりかご"

貴方の記憶に、きっとこの歌はない。でも。
記憶はなくても、心は覚えているはずだ。あの日々を。これは、貴方が魔に堕ちてからの日々の事だから…

「ああ、何故だろう。酷く懐かしい……酷く懐かしい、歌だ……姫……どこで聴いたのでしょう。どこで……姫……私、は……」
「大丈夫よ、ホメロス。ホメロスは、ホメロスよ。私の騎士……今はおやすみ。目が覚めたら……貴方はきっと、」

また1つ、記憶を取り戻している。そんな気がするの。だから

「私がお前を守るよ、だから
おやすみ 天使よ また明日」
「ああ……母上の歌だ……」

ホメロスはそう呟きながら寝入る。ぐっと頭が重くなった。エレナはホメロスを寝台に横たえ布団をかける。

「さて、どうしようかしら。」

そうだ、孤児院へ行こう。

エレナはホメロスをサムに託して、グロッタの孤児院へ向かった。






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