Barcarole of Prisoners

□自分さがし
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誰かが私を呼んでいる。
ダメだと。そっちへ行ってはダメだと。

"早く帰ってきてください。あんな姫の甘言に、負けちゃダメです"
「ホメロス、」

縋らないと決めたのだ。もう、あの人には頼らないと。


なのに。

「甘言…?」
「クカカカ……さあ、さあ、もうお前の大好きなホメロスはどこにもおらんぞ。お前は一人ぼっちだ。ひとりじゃ何も出来ないくせに。取引をしようではないか。お前のそのからだをよこせば……同じところへ、送ってやろう!お前の大好きなホメロスの所へな!」
「……ダメ。そんなの」

なんだか少しだけ背中が、身体中があたたかい。この温度を知っている。あの人の温もり。あの人が、生きている証だ。

エレナはそっと自分で自分のからだを抱きしめた。

「ホメロスは、ホメロスよ。そういったのは、私……なら。私は……私。貴方が私がわからないのなら……はっ……!」

そうだ。貴方が私がわからないのなら。思い出させるまで。同じだ。同じなのだ。何も変わらない。だって、相手はホメロスなのだから。

「なら思い出してくれるまで……私は寄り添うだけ。あの人に。なら、こんな所で、うずくまってちゃ、だめ。」

エレナは槍を構えた。

「消えて。過去の幻影。今度こそ、送ってあげる」
「や、やめろ、待て、わらわは…!」
「憐れな姫君よ。先に行ってなさい。貴方の夢……なくした祖国を復興させること。それは私がやります。だから……プワチャット王国はもう過去の栄光。遺跡なのよ。そこはもう王国じゃない。二度と王国にはならない。貴方が帰るべき場所は、そこじゃないの」

エレナはホーリーランスを手に躍る。

「還れ 命よ 数多の命よ」

いずれまた大樹の元にて
安らかな生を 得んことを

「わらわは……わらわは、ただ……」
「さようなら。私にも、誰もいなければ、きっと、そうなっていたんでしょうけど……貴方も寂しかったのね、メルトア。ひとりぼっちで……私は、一人ぼっちでは、もうないの。私を待ってる民がいる。私が、身勝手に引き戻してしまった騎士がいる。そうだ、それはエゴなのだから……私が、取り戻させるぐらいでいなくちゃ。失敗したのは、私なのだから……」

チカラは完全には還らなかった。ホメロスが不完全なのは、罪があるから、罰を受けたから、それだけではなく。

足りなかったのだ、自分の力が。結局、自分の力は彼を完全に復活させるには足りなかった。それをしようと思ったら、それは向こうと同じように、恐らく自分の身をも……。それでは意味が無い。これはそう判断した聖竜さまの慈悲なのだ。

「聖竜様。どうか見守ってください。私……まだ、お役目忘れません。私はまだ……まだ、天使として、その使命を全うしなければならないのですね……罪深きものに、安息の眠りを。彼を導き、罪から解き放つ。それが私の……分かりました、聖竜様。もう迷いません。もう後悔しません。ありがとうございます……」

誰かがこの手を握っている。

優しい風。清浄な風。響く旋律は、愛のこもれび。

「セーニャ。ごめんなさいね、ありがとう。貴方はいつも、優しいわね……」

その旋律に導かれるように、エレナは自分の歌をそれにのせた。


"後の世も ひとつの葉に生まれよと契りし
いとおしき 片葉のきみよ
涙の玉と共に 命を散らさん

うつろう時に迷い 追えぬ時に苦しみ
もがく手が いかに 小さくとも"

「この願いひとつが 私のすべて」
「エレナ様が、歌を…!」

歌声とともに、エレナは目を覚ました。

「ああ、姫。よかった……」
「ホメロス……」
「姫。もっと早く気づくべきでした。私は最後まであの女と対峙していたのに……止めも刺さずに、安心してしまっていた……我ながら詰めが甘かった。そのせいで貴方に……申し訳ありません」
「違う。それは違うわ、ホメロス。違うの……あの人と、わたしがおなじだったからいけないの……もう送ったわ。大丈夫」
「送った、とは…?」
「ああ、貴方、覚えてないものね」
「すみません……」
「いいの。なら思い出して。私から言いたくないわ。貴方に思い出して欲しいの。あれは……貴方と私の始まりだもの。だから」
「分かりました……なら、こちらから貴方に聞くことはしません。姫……」

ぎゅうっとホメロスがエレナを抱きしめる。

「ホメロス……?」
「……1人ではない。貴方は。これだけは、伝えさせてください。貴方は1人ではない。だから…不安にならなくていい。私が居ます。ずっと、世界の誰も貴方のそばにいなくなったとしても。私だけは貴方のそばに居る。この剣とこの身に誓って。」
「まあ、ホメロスったら」

そんな様子の二人を見て、ベロニカはため息をついた。

「もう大丈夫みたいね。ほーんと、手のかかる人達」
「良かったですわ。でも、エレナ様、あの、」
「ん?」
「エレナ様、愛のこもれびをご存知だったのですか…?」
「知って…たのかしら。そういえばあまり意識はしてないわ。知ってたの、かしらね」
「今度、私の竪琴にのせて歌っていただけませんか?」
「勿論。迷惑かけたようね、レオン。ありがとう」
「いや、いいけど……叔母さま、その」
「ん?」
「……叔母さまはもっとさ、ホメロスに文句言っていいんだよ。頼っていいんだ、だから…叔母様1人で、潰れないようにね」
「レオン…」
「叔母さまだってさ、ホメロスに言いたいこと沢山あるだろうし……ちゃんと言った方がいいよ、多分。」
「ええ、分かった。分かったから…」
「それだけ。じゃ、僕達はこれで。今日はキャンプの予定なんだ。だから」
「そう……ならまた今度ね、セーニャ」
「はい」

勇者は仲間を連れて宿屋を出発する。

「ホメロス。元気でな」
「グレイグもな。私はもう、デルカダールの双頭の鷲には戻れぬが……お前の友で、いさせてくれ」
「勿論だ、我が友よ。再び会えた時にはまた土産話を聞かせてくれ。」
「土産話など、私には……だが、お前とは話がしたい。だから…また会えるといいな、とは思う。……気恥しい。さっさと行け」
「ああ……ではな、ホメロス」
「ああ、グレイグ」

ホメロスは部屋に戻る。ベッドの上で、風呂上がりのエレナが髪を整えていた。







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