Barcarole of Prisoners
□赦すということ
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エレナは半分で諦めたのに、本当にホメロスは全て食べきった。サムも一緒に。
「サム。貴様……食いすぎだ」
(ふふん。美味しかった)
「まったく……贅沢な犬だ。いや、猫か?」
(どっちでも!この姿の時は猫でいいよ!)
「それはまあ、どう見てもそうだからな……」
ホメロスはそう言いながらレモンティーを口にする。砂糖マシマシだ。毎朝飲んでるのに、おやつでもそれを飲むらしい。
「なんですか、姫。そんなに嬉しそうに私を見て…」
「食べたいものを思いっきり食べられるって、幸せよね」
「ええ、そうですね……ああ、すみません。久しぶりに食したのでついつい食が進んで。いけませんね。節約しないといけないのに…」
「いいじゃない。ご飯ぐらい、美味しいもの、食べたいもの、いっぱい食べましょうよ!」
「そうですね……腹が減っては戦は出来ぬとか、言いますし」
「そうよそうよ!」
ホメロスは少しだけ、笑うようになっていた。
エレナはそれが嬉しかった。
好きなものを食べることぐらい、いいはずだ。
それを食して、幸せな気分になって……それぐらいは、彼にだって許されていいはずだ。これは苦しく辛い旅なのだから。それぐらいのこと……。
2人はケーキ屋をあとにした。
街の真ん中には川が流れており、そこをゴンドラが下っていく。エレナはもの珍しそうにそれを見つめた。
「ジャスパー、あれは何?」
「ゴンドラですか? ここは湿地から海まで水路がつながってますので……あれで移動ができるのです。小さな船のようなものですよ」
「乗りたい!乗ってみたいわ!」
「乗るぐらい誰でも出来ますよ。乗ってみます? ならば、ゴンドラで街の北まで移動しましょうか」
2人はゴンドラに乗り込んだ。船を漕ぐのは勿論ホメロスである。
「貴方は 美しき船乗り」
「何の歌ですか?」
「今書いてる途中。だから内緒」
「ああ、そうなのですね……」
「書けたら、1番に貴方に聞かせてあげる」
「ふふ……ユグノアの歌姫様の歌を1番にとは。過ぎたる贅沢だな……」
エレナはその背中を見つめる。
白いローブ。貴方には、白が良く似合う。あの姿を見たから余計にそう思う。貴方にはやっぱり、白が良く似合う。
この旅は、この航路は、まだまだ続く、果てしない航路。
この先に待っているのは、希望よりも絶望かもしれない。
それでも進まなくては。貴方と生きる、明日のために。
"お前と生きる明日のために、必要な礎なのだ"
あの世界の彼は、よくそう口にしていた。
今度は私の番──そうだ。これは、貴方と共に生きる明日のための、礎になる旅。ならば、
「ジャスパー」
「はい?」
「漕ぎゆきましょうね。どこまでも、2人で」
「ええ……2人で」
貴方の記憶はまだ戻らない。あのころの2人に戻るには、まだ途方もない時間が必要。16年分だ。同じだけかかっても、おかしくは無い。それでも……貴方が生きていてくれるのなら。心が覚えているのなら。きっといつか。だから
「ジャスパー。貴方が居なくては、ダメなのよ」
「姫……そんなに言わなくても。分かってますよ。忘れません…もう忘れませんから。」
貴方が、いつでもそばに居ること。
その言葉を聞いて私は思うのだ。
あの世界のホメロスは存外、消え失せたのではなく……彼の心にひっそりと、居るのではないか、なんて。
ゴンドラが街の北のおりばについた。
なにかの催しものでもあるのだろうか。広場はステージのようになっていた。
「海の男コンテストがあったんです。この時期に、ダーハルーネでは毎年……うっ……、」
ホメロスは頭を抑えた。
「ジャスパー。休む?」
「いえ……少しずつ、分かってきました。この頭痛がする時は……逃げてはいけないと。記憶が戻る痛みなのです。だから……向き合わねば。ううっ……、」
「倒れてはいけないわ。せめてしゃがんで、ジャスパー」
「ええ……そうですね。倒れて、頭を打っては大変だ……」
広場の片隅。海のよく見える場所でホメロスは蹲った。
エレナはその頭を撫でながら、そっと寄り添う。
時々うめき声をあげながら、ホメロスは痛みに耐えているようだった。
「っ………、」
「ジャスパー!?」
ホメロスの身体から力が抜ける。エレナは通りすがりの人に頼んで、ホメロスを宿屋のベッドへと運んでもらった。
「ホメロス……」
その額にキスを落としながら、気を失ってしまったホメロスを、エレナはその日1日介抱した。
押し寄せてくるのは、想い。あまりにも重く、切実な。
いつも精神が耐えきれず、気を失ってしまう。
あたりが闇に沈んだ頃、ホメロスは目を覚ました。彼女はベッドの隣でうつぶして、うたた寝をしてしまっていた。
「っ……、」
まだ頭痛は残っている。胸の痛みも。
「私は……どれだけ、姫のことを…………私の感情なのか、これは? こんなにも……胸が潰れそうだ……苦しい……」
"必ず…必ず、帰ってきて…!"
悲痛な声が突き刺さる。脳裏に響く。間違いなく、彼女のものだ。
思い出してくる。あの時感じた感情。口に出した言葉。
過去の自分が今の自分に乗り移ってくるように。
言葉は自然と、口から零れた。
「こんなところで……終われるか……!」
ああ、そうだ。悪魔の子に……勇者たちに。ここでやられたのだ。
「帰ると……その約束を果たすことに必死で……姫。」
"君を守るためならこんな身体、どうなったって構わない。
ああ、でも。君は1人が大嫌いだから
きっと私がいなければ、君は死んだも同じなのだろう……破滅では意味が無い。共にあることを、私は選ばねばならない。
───その為にはレオン。貴様が邪魔なのだ"
「っ………!」
過去の自分の言葉が響く。最後の一言を発した瞬間、ドクリと心臓がはねた。それは憎悪。激しい憎悪と、何かを排除しようとする心。奪うことをためらわぬ心だ。
「奪う……そうだ、ひどい呪いをかけた。この街の子どもに……なんて事を。私はそうまでして……そうまでして、何を求めて……」
答えはこの旅の先にしかないのだろう。
この辺りになってくると、だいぶ精神が歪んでおかしくなっていたのか、日記を読んでも読んでも、狂気の沙汰しか書いていない。今冷静になって読むと理解ができないのである。自分が書いたことなのに。
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