Barcarole of Prisoners
□Departure of Prisoners
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「エレナ様、その白い犬は…?」
「ああ、説明してなかったわね。この子ね、サム。貴方、白い猫が一緒にいたの覚えてる?」
「ええ。妙に私に懐っこくて…私も懐かしいのです、あの猫のことは……ぼんやりとですが、覚えています。あの猫にパンをやったり、遊んでやったりしたことを」
「この子ね、その猫さんです」
「そうなのですか。……て、え?」
「その猫ちゃんの本当の姿。はいこれ」
「なんですか?ピアス?」
「つけてみて。この子の言葉……聴いてあげて」
「??」
ホメロスは訳の分からぬまま自分の耳にそのピアスをつけた。
(ホメロス!こんにちは!サムだよ!わーい!)
「!?!? この犬が、喋っているのか?」
(ホメロス!この節はパンをありがとね!ベッドもありがと!)
「ハハハ……記憶は怪しいのだが、まあいい。姫様、これはつまり、誰にでも聞こえる訳ではなく」
「ええ。私ぐらいよ、聴けるの。」
「なるほど……」
「だから、この子がホメロスと呼ぶ分には問題ないでしょうけど……貴方の偽名、考えないとね」
「ふむ……」
ホメロスは少しだけ考えて、直ぐに言った。
「ジャスパー。ならば私はジャスパー…身寄り無きユグノアの姫の、ボディーガードということにしましょう。職業は無難に傭兵ぐらいで」
「あら、素敵。さすがホメロスね」
「姫様……もう外へ出ますから、貴方もその名を呼ぶのはよしてください。慣れないと……ふとした時に、出てしまうものですからね、そういうものは」
「分かったわ……ジャスパー」
「悪くないでしょう?」
「ええ。素敵よ、ジャスパー」
エレナはそっとホメロスに抱きついた。
「姫?」
「頑張りましょうね、ジャスパー。きっと、辛くて苦しい旅になるわ」
「それが私への罰なのです……甘んじて受けましょう。貴方が居てくれるというだけでも、もう十分に、恩赦は受けています……だから」
「ジャスパー」
「あなたの事も、思い出せると良いのですが……姫。まだあなたのことを、私は少しも思い出せない。それでも……守らせて、ください。言いましたね? あの日は国許までと申し上げました。しかし……もう一度言わせてください。私が……私が貴方を、守ります。この身と剣をかけて。」
「頼りにしてるわよ、私の、たった1人の騎士よ」
「騎士だなどと……それは捨てた名。しかし……あなたが望むのなら、それで。」
城を出れば、日差しは眩しい。
2人と1匹、そして1頭の馬が、城門前の広場から、デルカダールの街を、街道へと繋がる門へ向けて進んでいく。
エレナは孤児院に寄った。
「いい? マザーの言うことをよく聞いて。いい子にしているのよ、皆。どうか元気で」
「エレナさまー!」
「おねえさま、またね!」
「ええ、またね」
子供たち一人一人の頭を撫でて、それからエレナはマザーとシスターに別れの挨拶をした。
「神は見ておられます。人は、生きている限りやり直せる。ジャスパー様。どうぞ気を強く持ち、贖罪の旅へ。各地の教会へはいつでもお立ち寄りください。神は等しく、見ておられますからね。遠慮する必要はありませんよ」
「はい。ありがとうございます、シスター」
「行ってまいります、マザー。皆をよろしくお願いします」
「貴方の歌声が響かなくなるのは寂しいけれど……行ってらっしゃい、エレナさま。どうぞお気をつけて」
デルカダール国を出る前、ホメロスは最後にもう一度、自分の祖国を眺めた。
「ホメロス……」
「きっともう、二度とここには戻れないでしょう。少なくとも、ホメロスとして戻ってくることは、無い」
「ええ。でも、グレイグの隣に並び立てるのは……貴方だけよ。王様もそう言っていたわ、だから」
「ならばせめて、友の横に並び立つに相応しい人間になれるよう、これからを生きよう。彼奴はまだ、私を友と呼んでくれますから」
ああ、そこの記憶はあるんだ。
エレナはぼんやりと、そんなことを思った。
エレナはリーフへ、ホメロスはサムに乗る。サムが、ホメロスがいいと譲らなかったため、その形になった。
「ホメ……ジャスパー。乗りにくくない?」
「乗りにくいですが……仕方ありません。どうにか慣れます……サム。上手に進んでくれよ」
(はーい)
サムは要求がかなって上機嫌だった。
2人は街道をくだり、ナプガーナ密林へとやって来た。
「貴方が拐かされて……ここに探しに来た。ああ、あの時リーフに乗って……サム。ちょっと」
ホメロスはサムから降りた。
「エレナ様。貴方さえ良いのなら、付き合って欲しいのですが」
「ええ。なあに?」
「ひとつ、ひとつ、貴方との思い出も辿ります。だから……貴方には記憶がある。私と、もう一度思い出を追ってくれませんか。私が知らないことを、貴方は知っている。だから」
「分かったわ」
ひとつ、ひとつ、再現していく。そうすることで、記憶を揺さぶる。
ホメロスはそうしようとしていた。
ホメロスはリーフに跨る。あの時無かった橋は、もうあるが、橋の向こうで、エレナはゆっくり後ずさる。橋のかかっていない、崖の際へ。
(そうよ、あの時。この翼を、初めて貴方に見せた)
「おい、エレナ!どうする気だ!?…っ!?」
ホメロスは自分の口からそんな言葉が飛び出したのに驚いているようだった。
「み・て・て」
エレナはホメロスにそう言うと、崖へと身を躍らせる。
「エレナ様…!」
ホメロスは思わずリーフから飛び降りて、崖の下を覗く。
ここでエレナは、1つ大切なことを忘れている。
「しまった、もう力は…!」
あの時捧げてしまった。故に、この身体に天使のチカラは残っていない。
(姫!翼が出せぬのか!? ええい!)
リーフが慌ててその身体を拾いに行く。
「おい待て、どうする気だ!?」
その背に、輝く翼が現れた。
「っ……!? ま、待て……その翼は、お前、では無く……?」
頭痛と共に、ホメロスの目の前に、違う光景が広がる。
落ちていくエレナがそっと両手を前に伸ばすと共に、その背に光り輝く白銀の翼が現れ……それをはためかせ、自分の隣に降り立った彼女の姿が。
そんな彼女を、自分が力強く抱きしめる。
"このバカ……。"
"ごめんね"
ただそう一言だけ、呟くように、彼女は言った。
「うっ……!ああ、そうか、これが、私の記憶……うっ……、」
(ホメロス、大丈夫?)
ホメロスは頭を抱えて座り込んだ。割れるように頭が痛むのだった。
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