Barcarole of Prisoners

□Departure of Prisoners
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旅に出ましょう
行先は、貴方の望むままに
この度の案内人は、貴方
ゆらゆらと揺れる 果てしなき贖罪の航路をゆく、貴方は

貴方は──美しき船乗り





イレインの甲斐甲斐しい看病のかいもあって、ホメロスは身体を動かせるぐらい回復していた。
彼が記憶を失っていることは、当分エレナと王、傍で世話をしたホメロス隊の側近の者だけが知ることとなった。

その実、ホメロスは大した役者で、事実を知らないものには、己が記憶を失っていることなど悟られないよう上手く立ち回った。
ホメロスの生存に関して、城の者の反応は賛否両論だった。
それが諍いを起こし、城にはものものしい雰囲気が漂っていた。

王は急遽会議を開くことにした。
この国の政治における重鎮を全て招集し、ホメロスの処遇について話し合いをした。
ホメロス本人も勿論同席する。王はホメロスに発言はさせなかった。

「王よ。我が国の将軍ともあろう方が、魔物の企みに加担していたとは誠か?」
「この16年、魔物と手を組み悪政を敷いていたと」
「それが王の側近である将軍がすることなのか?」

ホメロスは黙ってそれを聞いているしかない。向けられるのは、憎悪。ホメロスは何故か、そうやって誰かに憎悪を向けられるのは初めてではない気がしていた。

事実、彼は軍師であった。軍師とは、時に味方をも犠牲にする。その肉親たちに糾弾されたことは確かにあったが……それとは違う、憎悪。

"お前さえいなければ"

そう、誰かに言われたような、そんな気が。

「皆には話した通りだ。ワシもまた、魔王に操られ、この国に悪政を敷いた。ホメロスはワシの言に従っていたのだろう……王の言葉に、忠実に従っていただけじゃ。」
「それが忠義だと? 」
「ホメロス将軍ほどの人が、王を諌めることもしなかったと?」
「王よ、ホメロス将軍は魔物に操られていたのですか?」
「それに関しては……ホメロス」
「はっ」

ホメロスは処刑台にでも登るような気持ちで1歩進み出た。

「そうです。私が真にこの国の軍師であったのなら……いち早く王の異変に気づき、それを諌め、それが王で無い者、魔物の仕業であると暴き、早々に討伐するべきでした。私はその異変に気づいていながら、悪魔の囁きにのせられて、魔王の企みに手を貸していたのです。大臣、貴方の言う通りだ。それは忠義に在らず。紛れなき、叛心です」

会場がどよめく。

「ホメロス様、嘘よ」
「お願い、うそと仰って」
「ホメロス様…!」

貴婦人の中には泣き出す者もいた。

「この裏切り者が!」
「それでよくもまあ、のこのこと城に戻ってこられたものだ」
「我がデルカダール国の将軍ともあろうお方が……なんという……」
「知っていて巧妙に隠していたとは……」
「そうであるならば……お前がいたから、16年もの日々を、王もマルティナ姫様も失われたのだ!」

皆口々にホメロスを非難する。
ここまで黙っていたエレナは、もう我慢できなくなってガタッと立ち上がった。

「なら!貴方達はその時何をしていたって言うの!」

異国の姫の鋭い声に、一同の視線はそちらに向いた。
エレナもまた、ユグノア王国の第二王女として、ここに同席していたのであった。

「王様が間違ってるって、誰かひとりでも言ったのですか? この国はあれからおかしくなったと、何かがおかしいと、追及したのですか? 貴方達の忠義はどこにあったのです? デルカダール王……魔王に操られた、デルカダール王であったというなら……それはグレイグ将軍も、貴方たちも、皆同じです。皆魔王に忠義を尽くしていたのだわ」
「エレナ姫!貴方もホメロス将軍に加担して、共にこの国を陥れたのではないのですか?」
「何ですって?」
「そうだ、貴方とホメロス将軍は仲が良い。ホメロス将軍を庇いだてするのは、それはそなたにとっても都合が悪いからではないのか?」
「違います!」
「何が違うというのだ? 罪人を庇うとは、聖女さまは随分と慈悲深くあらせられる……などと言うとでも? 貴方もホメロス将軍も魔王の手先で、この国を共に陥れたのではないか?」
「そ、そんな……!」

ホメロスがダンっと椅子を蹴った。

「大臣。言葉が過ぎます。相手は亡国とはいえあのユグノア王国の姫。もう少し言葉をお選びください。この方が魔王の手先だなどと……天罰がくだりますよ、今に」
「事実だ。事実を述べて何が悪いのだ!」
「その方は何も知らない。私に騙され、囚われ、運命を翻弄された哀れな姫君に過ぎません。この16年の全ての咎は私にある。そうだ、気づいていながらそれを討とうとするどころか、手を貸したこの私に」
「ホメロス、」
「エレナ様。これは私の問題だ。貴方は黙っていて下さい。貴方は何も知らないのだから……」

ホメロスは王の前で膝をついて頭を垂れた。

「王よ。私は貴方でない者に、この16年忠義を尽くしてまいりました。それは貴方を裏切る行為、言うなれば、謀反です。断罪はされてしかるべきです……私は、罪人ですから」

ホメロスを兵士たちが取り囲む。
王はその光景に息を飲んだ。

「っ……!」
「王よ。このまま地下牢にぶち込むのが筋だと思うが?」
「待ってくれ。何もかもが、ホメロスの咎である訳では無い。ワシとて無実ではないのじゃ、大臣よ、早まるな、何も無罪放免でこのまま帰そうとはワシも思ってはおらぬ」
「ではどうするおつもりで?」

兵士の中には、武器を持つ手が震えている者もいた。

「ホメロス様」
「ホメロス様、どうして……」
「どうして、こんなことに……」

ホメロスはそっと目を閉じた。
答える気は無い。
それがホメロスからの答えだと、ホメロスの兵士にはわかった。






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