Barcarole of Prisoners

□運命の分岐点
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「最後に、ひとつだけ」

エレナは魔王の喉笛にホーリーランスを突きつけた。
その姿に、白銀の鎧の騎士が、重なっている。

「どうして、見捨てたの」
「実に良い駒であった……よく働いたよ、ホメロスは。我が期待に応えようと。だが天使よ。半分はお前のせいだぞ。ホメロスはお前が大切で仕方ないらしくてな…お前を引き合いに出せばすぐに言うことを聞いた。無力な己を呪うがいい。だからいつも、お前は1人なのだ……」
「ええ、そうよ、あの人がいなければ、私は一人ぼっち。ふたりぼっちの世界。それが私たちの世界……」

『それを壊したのは、貴様であろう』

エレナの声に、ホメロスの声が重なる。

「ホメロス?」

グレイグは己の目を疑った。

「さようなら。私達から、全てを奪った魔王よ」

エレナがそう言って魔王にトドメを刺す瞬間──それに重なって、ホメロスが、魔王に剣を突き立てていた。

「姫様なのですか? ホメロスなのか?」

魔王は霧と消え去った。
エレナの手から槍が消え、その翼も消える。
エレナはへたりこんだ。そこに、ホメロスの誓いのペンダントと……小さな指輪が落ちていた。

エレナはそれを拾い上げた。

「救えなかった……私は、また……!」

やり直すために。今度こそ、貴方を闇から守るために。時を越えてまで。なのに。

「ホメロス……こんなことって……!」

未来は変わった。たしかに変わった。だが。

運命は、変わらなかった。

「おば様……」

勇者は言葉が見つからなかった。

世界は闇に沈まなかった。大樹は落ちていない。ホメロスの凶行は事前に食い止められたからだ。

魔王も死んだ。未来は確実に変わっている。だけど。

世界のために明日を変えたことで、変わってしまった未来が。
今まで見たことのない未来が。
予想もできなかったことが、今この目の前に、まざまざと突きつけられている。

ホメロスの身体は残らなかった。それは、彼が最早人ですらなかった証拠。

あの世界で、叔母はホメロスにせめて人としての死をと望んだ。
それより悪い結果が、今目の前で起きている。
時を渡ったことで、変えてしまったことで、悪い方向へ、変わってしまったことが。

それもまた、覚悟しろということだったのだろうか。

「……グレイグ。おば様のこと、頼んでもいいかな。僕達は、」
「お父様、お父様、どうか、目を開けて下さい……!」

勇者はそう言って父をだき抱えているマルティナを見た。

「とりあえず、王様のこと、城に運んで……だから。」
「ああ……」

勇者は仲間たちを連れて、デルカダール城へ向かう。

「おば様……」

勇者は最後にもう一度、崩れ落ちた自分の叔母を振り返って、仲間の元へと足を進めた。





「姫様」
「どうして。どうしていつも、貴方だけ。どうして? そうよ、私の為にホメロスは…!この16年ずっと、なのに……なのにどうして。どうしてなの……!」

声をあげて、エレナは泣いた。泣き崩れた。
グレイグもやっぱりかける言葉が見つからず、その体をそっと抱いた。

「ホメロスよ……何故……」

死人に口なし。
いくら問うても、答えは返ってこない。
真実は闇に葬り去られた。
グレイグは、その疑問の答えを知る術を、永遠に失ってしまったのである。

「確かにホメロスは、今まで魔王の手先として暗躍していたのかもしれぬ。だが……だが、こんな最期はあまりにも。ホメロス…」
「帰ってきて、帰ってきて、ホメロス。私をひとりにしないで。お願い、ホメロス。お願いよ。私をひとりにしないで…!」
「姫様……」
「うわあああ……!」

泣き疲れてエレナが気を失うまで、グレイグはその傍を離れることも、無理矢理連れ帰ろうともしなかった。
やがて泣き疲れて倒れてしまったエレナを、グレイグはそっと抱き上げる。ペンダントと指輪をきちんと袋にしまってから。


エレナを抱えて城へ向かうグレイグの後ろを、黒い影がついていく。
気を失っているエレナは勿論、グレイグも、それには気が付かなかった。




一晩がたち、玉座に座れるようになった王は、今までの非礼を詫びると共に、宴を開いた。
勇者たちをはじめ、城の人も皆それを楽しんだ。ただ1人を、除いて。

「エレナ様は?」
「ダメです。ホメロス様のお部屋で……ホメロス様のベッドで、ずっと伏せっておられて……聞いても何も言わなくて。グレイグ様、ホメロス様は…」
「行方不明なのだ。だから姫様は…」
「そうなのですね。それは……姫様、起きていられませんね、そんなの。今日も何も召し上がってませんし……このままでは」
「何とかならぬものか……」

そこへロウがやってきた。

「グレイグよ、エレナは来ぬのか?」
「ロウ様。ええ……姫様、余程ホメロスのことがこたえたのでしょう。無理もない……殺生に縁のなかった姫様ですのに、目の前で最愛の人を斬り殺されては……受け入れられぬでしょう、到底。」
「そうか……エレナはホメロスと」
「はい。とても……姫様はとても、ホメロスを愛しておられた。姫様にとってホメロスが希望だったのでしょう。ユグノアの悲劇で全てを失った姫様にとって……あんまりだ」

部屋の中。明かりも灯さずに、エレナは昼も夜もカーテンを閉め切って、ホメロスの布団にくるまっていた。枕に残る移り香を、せめて自分の身にしめてやろう。そう言わんばかりに。

涙は不思議と枯れなかった。
いくらでも流れて、枕を濡らした。あの人がいた、枕を。共寝した、枕を。

シーツには、あの金の糸が何本か落ちている。掃除がまだであったのだろう。それを、エレナは幸いに思った。

ああ、肉体が消えても、肉体から離れていた髪の毛までは消えぬのだと。

だからエレナは部屋中からホメロスの髪の毛を拾い集めて、糸を紡いでいた。そんなことだけは、得意だったから。







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