Barcarole of Prisoners

□過ぎ去りし時を求めて
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「グレイグ!」
「ホメロス!」

城に戻ると、グレイグとホメロスが乱闘していた。

「ああ、これは……」
「いつの喧嘩? グレイグ」
「クレイモランで、姫様たちに会ったあとの……問い質したのです。なぜ、氷の魔女は同じペンダントをしていると言った。そんな人間はこの世で一人だ。だから……この時、やはり暴いておくべきだった。今なら、そう思うよ」

後悔ばかりだな……。

グレイグはそう思った。

「ホメロス、貴様…!」
「フハハハ……!だったらなんだと言うのだ? そんなことに何の意味がある? 私が魔女を解放したとして、お前は私をどうするのだ?」
「ホメロス、お前……何が目的だった。魔女はあのクレイモランの首都を氷漬けにしていた。民も何もかも氷に閉じ込めたのだ。そんなことをさせて、それが騎士のすることか!」
「騎士道か? フン。それを律儀に守っていれば、大切なものを守れるのか? 本当に?」
「何が言いたい、ホメロス」
「……守るために必要なのは、チカラではないのか?」
「……!」

グレイグがホメロスの頬を殴打する。
ホメロスは転んだ。
グレイグはそれに馬乗りになって胸ぐらを掴む。

「盲目的にチカラを求めることは暴力に繋がる。ホメロスよ。あんなチカラは、解放していいものでは無い。お前ほどの男がなぜ分からぬ」
「やってみねば結果などわかるまい?」
「ホメロス…!」
「諦めろ、グレイグ。お前に今語ることは、私には何も無い。最初からそう言っているだろう」
「っ……!」

グレイグは手の力を弛め、立ち上がった。

「……ホメロスよ」
「何だ」
「お前は、昔からいつもそうだな。俺の知らないところで」
「お前が鈍いのだろう? 人のせいにするな」

グレイグの翡翠と、ホメロスの黄金がかち合う。

「手段を選んでいられないのだよ、軍師というものはな」
「ホメロス」
「ああ、やめろ。これ以上やり合っても何の進展もない。この話はここまでだ。それが及第点だろう」

グレイグが去ったあと、ホメロスが呟く。

「ふ、煽りすぎたな…我ながら相当切羽詰まっているらしい、らしくもない……上手くやらねば……ヘマは出来ぬというのに……エレナを守るには、やりきるしかないのに」
「守る……おば様を、守る……」
「ホメロス様のお気持ち、やっぱり本物なのでは? エレナ様は騙された訳では無いと私は思います」
「俺もだ、セーニャ。姫様は利用された訳では無い、と思う。本当にホメロスと愛し合っていたのだと思う……心を囚われたわけではなく、姫様は姫様の意志でそうされたと」
「ワシもそうじゃろうと思うよ。それに、あの子は天の眷属……悪しき力が手を伸ばせば執拗に感じ取ったはずじゃ。つまり、」
「そこに悪意はない。操ったのではなく、エレナ様が、ホメロスを思う気持は……エレナ様自身のもの」

視界に黄金色が反射する。白いベッドに、広がる黄金と白銀。

「ホメロス……貴方、どこに行こうとしてるの。私にもグレイグにも言わずに……何処へ行こうと、してるの?……守ってみせる。迫る闇から……私は貴方を、守ってみせる」

眩いほどに光が差し込んでいる。
あのピアノのある部屋。穏やかな午後の昼下がり。

「ああ、あの絵の、光景だな…」

膝で眠るホメロスの髪を撫でながら、エレナは闇を払っていた。

「払っても払っても戻ってくる……貴方がそれを望む理由は? 何のために。私が考えたって、到底分からないでしょう。貴方と私じゃ頭の作りが違うもの、でも……ねえ、ホメロス」

想いは、本物なのでしょう?
嘘にしないのでしょう? あの言葉だけは。

「"私が、貴方を守ります"……その言葉、だけは」

強い風に、勇者達は目を閉じた。
場所はいつの間にか廃墟となったユグノア城へ。

「きゃあ…!」

悲鳴をあげて、エレナが飛ばされてくる。

「リーフ!来てはダメ…!」

少し向こうにいる愛馬に、エレナはそう叫んでいた。
彼女の手が小さな火の玉を放ったその瞬間、白銀の煌めきが視界を掠める。
誰もが、息を飲んだ。

「何が起きたの……?大丈夫。ちょっと打っただけだよ。双頭の鷲……デルカダール兵?」
「さすがよくご存知で。ホメロスと申します」
「ありがとう、ホメロス。」
「どこか痛みますか?流血はないようですが」
「いえ、少し立ちくらみがしただけで……!」

よろけたエレナを、ホメロスが支える。

「ご無理なさらず。貴方の事はこのホメロスが責任をもって国許までお守りしましょう。ですから……おやすみなさいませ、姫」

気を失ったエレナを、ホメロスが抱き上げた。

「ああ……これが、エレナ様とホメロス様の出会いですね」
「ホメロス……」
「初めは利用するつもりだった。だとしても、私にとっては……出会った時からずっと、白馬の王子様、唯一の騎士だった」
「おば様」
「もの好きね。こんなところまで潜ってきて。ビックリしてる。ここまで潜られる予定じゃなかったし」
「ふふん。ちょっと迷ってることがあるんです…」

仲間たちはいつの間にか居なくなっていた。
ここには、勇者とエレナだけがいた。
同じような、蒼炎の瞳。

「迷い?」
「はい……全てを救いにいくんですけど。ねえ、おば様。ホメロス助けたいよね、おば様は」
「勿論」
「じゃあ聞きます。どうやって?」
「………。」

エレナは口を閉ざした。

「貴方が教えてくれるなら、それだけはします。貴方のことは、好きだから」
「レオン……何をしようと、しているの」
「世界のやり直し」
「……!」
「過ぎ去りし時を、求める」
「……代償は」
「僕だけしか行けない。この世界ごと、時間を巻き戻す。多くの命が失われる前に。」
「時を越える、か……そうねえ、貴方だけに押し付けるのも、理不尽だとは思わないの?」
「でも、だって、僕しかできないなら僕がやるしかないじゃないですか……ならやってやりますよ、世界のために」

エレナは、レオンをじっとみた。レオンはちょっと、背筋が伸びる気がした。

「巻き戻すのなら……なかったことになるの? 今まであったことは、全部」
「多分」
「だとしたら……」
「??」
「……時を越えられるの、貴方だけでもないかも」
「え?」
「また逢いましょう、レオン……それならば、時を越えた先で」
「え、え、え?」
「言ったでしょう? 許すのは、私だけでいいの。だから……貴方は貴方の救いたい人だけ救いに行きなさい。貴方がやってやると言うなら、こっちだってやってやるわよ。ふふ。血は争えないわねえ」

そう言って笑った叔母の顔は、とても母上に似ていた。

「はっ!」
「おいおい、大丈夫か? ぼーっとしちまって」
「うん……」

どうやら元の森に戻ってきたらしい。





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