Barcarole of Prisoners
□自分さがし
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「汗沢山かいちゃったから……先に入ってきたの」
「ああ、そうでしたか……湯冷めしてはいけない。そんなに薄着で…」
ホメロスは自分の外套をエレナにかぶせた。
「これ…?」
「物的証拠は残さない方がいいのですが。イレインが持ってけとうるさくて。貴方が好きだから、要らないなら貴方にあげろと。何故か分かりませんがそういうので……何かあったのでしょうね。私は忘れてしまいましたが……なんとなく、懐かしいです。貴方がそうして、私の外套にくるまっているのは」
「そう……?」
そういえば、時を渡ってすぐの時も、こうやって外套にくるんでくれたっけ。
エレナはぼんやりとそう思った。
「私も湯浴みしてきます。もう下がったとはいえ、高熱が出ていたのです。早めに休んでくださいね。」
「ええ。」
「さあ、そうと分かったら横になってください。」
エレナが寝台に横たわると、ホメロスがそっと布団をかける。
「これ、着ててもいい?」
「勿論。お好きなように。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ホメロス」
エレナがそっとホメロスの頬にキスをする。
「……姫」
「いいじゃない、ほっぺぐらい」
「そうですね。ほっぺぐらい、いいですね」
ホメロスもそう言ってエレナの頬にキスをした。
「……!」
「ふふ。いい夢を。おやすみなさい」
ホメロスはそれだけ言うと着替えを持って部屋を出ていく。
「ホメロスにも、ちょっと心境の変化があったのかしら…?」
触れられたところが熱くなったような気がして、キスをされた頬にそっと手をやりながら、エレナは微笑む。
「そうよ。貴方が私がわからないのなら……思い出させるだけよ。1度はできたのよ。きっと大丈夫……」
エレナは次第に眠りに落ちる。
ホメロスは鏡で己の顔を見る。
「あれは恐らく、魔に踊らされ、魔に堕ちた私……現実かどうかはわからぬが……目を背けてはいけない。奴は、きっと私の中にいる。」
おぞましく醜い姿。自分の嫌なところなどこれまでにも多く見せられてきたが……異形はさすがに。目眩がした。
「この嫌悪感を…恐らく大事にせねばならぬ。でなければ同じ袋小路……もう二度と、繰り返さぬために。二度と?それはいつ?」
自分の口から転がり出た言葉に、ホメロスは戸惑いを隠せなかった。
世界の時は断ち切られた。
世界はやがて、ひとつに収束していく。
事実としてあったことを、人は、完全に忘れることは出来ない。
記憶はなくても、心は覚えている。それがあったことを。その日々を。
その全てが、彼であり、彼女であり、貴方であり──私で、あるから。
───自分さがし────
(どんな姿になっても。貴方は貴方。なのだから)
2019/11/17*