Barcarole of Prisoners

□赦すということ
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2人の子ども達に連れられて、ホメロスとエレナはダーハルーネの領事の館を訪れた。

「この人たちがね、お手伝いしてくれたんだ」
「俺たちさ、2人でシーゴーレムをやっつけたんだぜ!ヤヒムと俺、2人なら魔物だって倒せる!」
「まあ、2人でそんな危険を冒して……私のために…?」
「母上。飲んでみて。きっと良くなるよ」
「ええ、ええ。直ぐに…」

領事はエレナとホメロスを呼んだ。

「ありがとうございました。2人で、と言いますが貴方がたのお陰で怪我もなく帰ってこれたのでしょう……旅の方。何か礼をと思うのですが」
「領事さま。ならば、少し私と話をして頂けますか?」
「ええ、なんでしょう?」

エレナはベールを取りユグノアの首飾りを取りだした。

「きっと、お初にお目にかかりますね。私は、エレナ=ユグノア。今は亡きユグノア王国の第2王女でございます」
「なんと。ユグノアの姫君が何故そのような格好で旅を?」
「我が祖国、ユグノアの復興のため、世界を渡り歩き協力を募るのと……散り散りになってしまった我が国の民を探すために。領事さま。ここは人の流れが激しいと聞きました。ユグノアから、流れてきたものが居ませんか?」

領事は少し考えて言った。

「そうなのです。流れが早いので、住民の出身まで全て把握している訳ではありませんが……定住している者については、幾人か心当たりはございます」
「ユグノアの民は、皆私の歌声を愛してくれました。ダーハルーネでは催し物があったと聞きました。どうかそのステージを貸しては頂けませんか? 我が声を聞けば、我が民には私が生きていたこと、きっと伝わると思うのです。ですから」
「ふむ……では、ここ数年廃止していたカラオケ大会でも…」
「なぜ、廃止を?」
「歌や踊りをする人はプチャラオのパレードやデルカダールなどの大国に流れてしまいまして。ここダーハルーネに集うのは海の男コンテストに相応しい屈強な男ばかりですので…」
「海の男コンテスト…?」

エレナはホメロスをじっとみた。

「私は、出ません。断じて」
「今年の開催は、勇者様とホメロス将軍のいざこざで見送ったのですが……そうですね、合わせてそれも開催しましょう!そうと決まれば各国へ知らせを出さねば。姫様。国を復興するには財も必要でしょう。我がダーハルーネの商人や貿易が力になれるのであればいつでもお声がけくだされ。あなた方は恩人だ」
「ありがとうございます、領事さま。」

ホメロスとエレナは領事の館をあとにした。
ヤヒムが飛び出してくる。

「おじさん!」

ホメロスは振り返った。

「あの、えっと、その……あ、ありがとう!おじさんのおかげだよ、だから……だから……」

ホメロスはそっとヤヒムの元へ歩み、屈んで目線を合わせた。

「これで、おあいこにしよう、おじさん。おじさんはもっと悪いことしたから、国外追放だって言ったけど……ぼくのことは、もういいよ。おじさん、僕をたくさん助けてくれたよ。おじさん悪い人じゃないって、僕そう思ったよ。だから……」
「ヤヒム。お前がそういうのなら……この話は、ここまでにしよう」
「うん……おじさんがホメロスだって、誰にも言わないよ」
「え……?」
「おじさんは、僕を信じてくれたんでしょ? だから……おじさんは今はジャスパーだもんね。ホメロスじゃ、ないんだよね…?」
「……いい子だ。そうしてくれると、助かる……あの姫に、迷惑をかけるわけにはいかぬのでな」
「うん。また遊びに来てね、おじさん。ありがとう。おじさんみたいな、剣士も良いかも。ラッドと、ちょっとまた相談してみる!」
「ああ……友は、ああいう友は、大事にしろ。お前が迷った時、苦しい時…必ず助けになる。だから……背を向けるなよ。頼っていいのだ、ああいう友は、な」
「うん!」

ホメロスはそっとヤヒムの頭を撫でて、エレナの元に戻った。

「またねー!」
「ああ」

2人で子どもに手を振り返す。

「姫」
「なあに?」
「聞いてくれますか。かつて、私があの子どもに、何をしたか」
「聞いて欲しいの?」
「知っていて欲しい。貴方には。貴方は知らない……私が、どれだけの悪事に手を染めてきたかを、まだ。知っておいて欲しいのです、それは……私は貴方の思うような、白馬の王子などでは決してないことを。それから決めて欲しいのです……それでも、それでも私と行くかを。私を……愛すると言うのかを」
「そんなの、もう決まってるわ、」
「姫。貴方が思う以上に、私は罪を重ねている。しかも自分の意志で。軽々しく言いきらない方がいい。いつか絶対後悔しますよ」
「後悔なんて、しない。後悔することがあるなら……貴方が、死んでしまうことだけよ」
「…………!」

ホメロスは、返す言葉を持たなかった。

「貴方だって知らないくせに!私が、私が、どんな思いで…!自分がどうなって、今ここにいるかなんにも知らないくせに!私は、私は……!」
「姫。もういい。私が悪かった……ひとまず、ここでは人目についてもいけません。ひとまず宿を取りましょう………各国へ知らせを出すのなら、しばらくはここへ留まることになるでしょうから……」
「どうして。どうして貴方はいつもそうやって…!」
「姫……申し訳、ありません……」

両手で顔を覆って泣き出してしまったエレナの肩をそっと抱いて、ホメロスは宿屋へと歩き出した。
白い猫が、その後をついていく。

「ユグノアの姫君が……そういえば、あのそばに居た男は一体…? ヤヒム。あの男の人は一体?」
「ジャスパーって言うんだって。お姫様のごえいけんし?らしいよ。」
「護衛か……剣士。ふむ……」
「ど、どうかしたの?」
「いや。ユグノアの姫君だというのに、護衛剣士1人で旅をしているとはな……なかなか勇敢な姫君だ。お前のことも助けて貰ったし…勇者様もユグノアの出身だという噂だ。できるだけ、助けになりたいと思ってな」
「うん!僕もそう思う!」
「そうかそうか……ならば、ユグノアが復興したら、1度遊びに行こう。母とワシとお前と、皆でな」
「うん!」

ヤヒムはおやすみなさいを言ったあと、窓の外からダーハルーネの街を見た。

ホメロスは、岬の灯台に一人でいた。

「ホメロス、おじさん。おじさん、どこに住むんだろ」

国外追放されて、行く場所がないのなら。
ずっとこの街で、仕事を探せばいいのに。

そんなことを思えるぐらい、この子どもの心はまだ幼く、素直であった。


月を見上げて、ホメロスは独りごつ。

「ひとつずつ、ひとつずつ……我が所業を省みて……そうだ、ごめんなさいでは済まぬ。許されぬこと。それもまた、罰だ……ならば許されようだなどとは思わぬ。ただ……せめて。せめて一番近くにある笑顔を、守る……私に出来ることを、ひとつずつ。途方もないな……また泣かせてしまったし……サム。いっそ、全て1度に思い出せれば良いのにな」
(潰れちゃうよ。受け止めきれずに…ホメロス潰れちゃう。きっと)
「潰れるのが、報いなのではないか?」
(馬鹿言わないでよ。そういうとこだよ、ホメロス)
「は?」
(そういうとこだよ。そういうとこが、姫様を……まあ仕方ないな、ホメロスだし)
「は?何を言ってるのだ、サム。話が見えぬ」
(ホメロスは、さ……いつまで1人の道を歩くつもり?)
「え……?」
(思い出したんじゃないの? 過去の君は、今の君に何を言った? もうちょっと向き合って。思い出したから済んだじゃなくてさあ……寄り添ってよ。過去の君に)
「最低な、私に?」
(そうだよ。可哀想だよ。自分のことも愛せない人に、他人は愛せないよ)
「………!」
(ほら、寝るよ、ホメロス。起きてるから余計な事考えるんだよ、寝るよ、ホメロス。姫様騒いでるよ、多分。ホメロスがいない!!って)
「ま、待て、サム、待ってくれ、フードを引っ張るな、この、」

白い犬がホメロスのフードを引っ張って引きずってゆく。
ヤヒムはそれをじっとみていた。

「サムは、大きな犬だったなあ……おじさんの飼い犬なのかな。言うこと聞いてたし……」

今度あったら聞いてみよう。

密かにそんなことを思って、ヤヒムは布団に潜り込んだ。



サムに宿屋へホメロスが放り込まれるのと、ホメロスを探しにエレナが扉を開けたのはほぼ同時。

「きゃあ!?」
「うわあ!?」
(あ、ご、ごめん、姫様…!)

エレナとホメロスは2人仲良く床に転がった。

「ひ、姫、お怪我は」
「だ、大丈夫……」
「なら良いのですが……」

その手を取って、ホメロスはエレナを立ち上がらせた。
何も言わずに、エレナはぎゅっとホメロスの首に抱きつく。

「姫…」
「私を、ひとりにしないで」
「……yes, your highness.」
「お姫様扱い、しないで」
「姫……それは、今は、まだ」
「っ……、」

ホメロスはそのままエレナを抱き上げて、泊まっている部屋へ入った。

(それは、姫様が、急ぎすぎ)

サムも続けて部屋へ入った。
エレナを寝かしつけて、ホメロスは机に向かう。日記をつけるために。

"自分を愛せない人に、他人は愛せない"

サムの言葉を、ホメロスは手記に綴った。

そうだ、その通りだ。まずはこんな自分を、愛せるようにならなければ。そのために、一つ一つと、逃げずに向き合わなければ。

そう、1つの決意を込めて。


───赦すということ───

(誰が誰を。どのように? それはきっと、罪人の数だけ、形がある)

2019/11/16*


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