One Piece*short

□キスして
1ページ/2ページ








『…ねえ、』


「…………」


『ねえマルコ』


「…………」


『ねえってば』


この通り、何回呼んでもシカト。
特に何か重要な要件があるわけではないけれど、それでも返事くらいしてくれたっていいじゃない。
ロクな要件ではないと見抜かれているのかもしれないけれど。
恐ろしいやつめ。

書類とにらめっこをして、こちらをチラリとも見やがらないのも気に入らない。
彼女からの言葉より優先度の高い仕事があるだろうか?
いや、あってなるものか。

それにしても素晴らしいスルースキル。
本当に聞こえていないかのよう無反応さ。
この部屋には自分だけがいて、書類を捲る音だけが静かに響いていると言わんばかりの態度である。

…あれ?私本当に彼女だよね?
ちょっと腹立ってきたんですけど。


『ねえマルコ』


「…………」


『キスしたい』


「…………」


『キスしたいなー』


「…………」


『マルコがしてくれないならその辺のやつ引っかけるけど』


「仕事中」


『知ってる』


「空気読めよい」


『私が読んだことある?』


「はああ」と、大袈裟なくらいに溜息をつかれた。
鬱陶しそうに眇められた流し目が寄越されて、またすぐに書類へ戻る。

何。するの?しないの?

マルコの部屋のソファに並んで座っているけれど、私はマルコの方を向いて正座を崩している。
見て分からないの?いつでも準備万端なんですよー。

無言でマルコをガン見していたらまた深い溜息。
幸せ逃げちゃうね?


「…これが終わったらない」


『マルコこそ空気読んでよ』


「…………」


『分かった。ならエース襲ってくるからいい』


言いながらソファから足を下ろす。
私は今すぐしたいって言ってんのに。

マルコが一番嫌だと思いそうな相手の名前を態と口に出してやった。
年下に掻っ攫われることはマルコに取って嫌なことに違いないと思うけど…
どうなんだろう?

名前を呼ばれて、不機嫌丸出しの顔でマルコに視線をやれば瞬く間より早くソファに組み敷かれていた。


『…んっ、…』


一瞬押し付けられた唇、顔を背けて無理矢理外す。
遅いんだよバカパイナップルめ!
年下にでも奪われてしまえ!とどこか他人事のように心の中で悪態をつく。


「拗ねんなよい」


『拗ねてません』


「機嫌直せよい」


『エースに直してもらうから離して』


「馬鹿だねい」


うるさいわね。
少しは困ればいいんですよ。

両腕は逃げられないように頭の上で一纏めにされていて。
たぶん体を捩っても解けないだろう。

別にエースでなくても、その辺の島民を引っかけたって構わないのだ。
幸い今は島に停泊中。一旦気配を消して姿を眩ませてしまえば、いくらマルコでも早々簡単に見つけられはしないだろう。

それが分かっているからか、腕は離される気配もなく。
くそう。どうしても体格差と力量差は埋められない。

顎を捉えられて、正面を向かされた。
下りてくる唇を避けられない。
睨みつけて抵抗してみても眉一つ動かさないんだから困っちゃうよね。

頑なに結ばれた唇を啄ばむようにそっと触れてくる。
馬鹿って言っておきながら行いが矛盾してない?

下唇を甘く食んで離れていくそれを目で追ってしまってから、「あ」と思った。


「満足かよい?」


『…………』


全然。全然足りないよ。

そう思ってしまったことを見透かすような問いとタイミング。
上がった口角に腹が立って、黙って睨みつけた。


『エースに甘やかしてもらうからいいもん』


「我儘」


『うるさい』


「エースじゃお前を満足させられねェよい」


どういう意味、と問いかける隙もなく再び落ちてくる唇。
何度か角度を変えて触れて、唇をペロリと舐められる。

見上げたマルコの瞳の中。
いつも冷静な色をしたその奥に籠もった熱が見えた気がした。
あとでエースに謝っておかなきゃ、と、このあとのエースの身を案じるけど。

それでも身体は素直で、酷く優しく与えられる刺激に心臓がとくんと反応してしまう。

うー。あんまり優しくしないで。
拗ねてるフリだとバレているのだろうけど。
流石に、彼は私の機嫌を取るのが恐ろしく上手い。


「口、開けよい」


唇同士が触れ合ったまま、直接吹き込まれる言葉に逆らえる気がしない。
瞳の奥を見つめられて催促されれば、言われた通りにする。

そうすれば、よくできましたと言わんばかりにうんと優しく瞳が細められた。

そんな顔していること、マルコは自覚しているのかな。
私だけが見られる特権だったら嬉しいのに、と霞みそうな思考で思う。


「…誰のこと考えてんだよい」


『マルコのこと』


考えごとをしていると決まってそれを尋ねてくるけど、集中しろってことだと勝手に思っている。
拘束していない方の手がするりと首元に回って、咎めるように喉元を緩く絞められる。

マルコのことって言ってるのに、信じてないの?

綺麗に筋肉のついた太い腕で、緩やかに首を絞められるところを想像したら甘い痺れが脳を支配した。
ぞわり、とする。


…私、変態かもしれない。

唇が微かに震えて、それに気づいたらしいマルコが、"クツ"とくぐもった声を上げた。


「首絞められて感じてんじゃねェよい」


『感じてない』


「変態」


もう分かったってば。
私の白旗でいいから。
エースのことなんて考えてなかったのに。
マルコの馬鹿。

ちょっとは嫉妬してくれてるのかなぁと思ったんだけど、気のせい?

逃げないと踏んだのか、離された両腕。
自由になった両手首を目の前に翳して見つめてみるけれど、跡は残っていない。
ちゃんと力加減をされていた証拠だ。


「痣なんて残さねェよい」


『ん』


「残念そうな顔すんない」


してないもん。

手首を柔らかく掴まれてそこにキスが落とされた。
ちゅっとリップノイズを鳴らして、手首越しに視線が絡む。

見つめたままカプリと、手首の内側の、皮膚の柔らかいところを甘噛みされて、そのまま吸い付く。
チリ、とした刺激にゾクリと皮膚が粟立った。


「こっちだったらいくらでも」


『…ぁ、…、、…』


違う。そっちじゃない。

言いたいけど言えない。
見せつけるように手首に唇を落とす彼を見ていられなくて。
焦れて両方の内腿に力が入ってしまうけど、間にマルコの膝があって閉じることができない。


「ほら。言わねェといつまでもこのままだよい」


『…、……』


息が詰まる。
さっきまであんなに堂々と言えていたのに、と自分でも思うけど。
悔しいような恥ずかしいような、とりあえず目は合わせられそうもなくて顔ごと視線を外した。


「ご希望通り、甘やかしてやるよい」


『…ぅ、…』


本当にずるい。
このタイミングでそれを言わないでよ。
どろどろに甘やかしてほしい、なんて口が裂けても言えないのだけど。


『…ねえ、お願いマルコ、』











__キスして










##おわり

次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ