君の見る景色

□Act.3-2 逡巡
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「…テミン?」


僕はアルバイトの途中、街へ買い出しへ出ていた。
昼下がりの雑踏の中、視界の片隅に見覚えのある鮮やかなブルーグレーがなびいた気がした。
思わず目をやったけれど、そこには見知ったものは何も見えなかった。
…気のせいか。


テミンは今頃何をしているだろう。
自ずと顔が浮かぶ。
最近、忙しくてあまり構ってやれていない。
けれどいつも彼は穏やかな空気を纏ったまま、僕のそばにいる。
僕が帰ればいつも通りに、目を細めて「おかえり」と出迎えてくれる。
思えば何もできなかったテミンは、随分と人間らしく生活するようになった。
放っておけば化学実験でも始まりそうだった料理も、僕の真似をしてそれとなくこなすようになった。
身の回りのこともーー例えば初めはシャツのボタンさえ一人で上手にとめられなかったーー、今ではすっかり一人でやっている。


このままで、いいのだろうか。
博士からテミンを与えられた時は、もう一人じゃないことが嬉しくて、ただ一緒にいられれば良かった。
けれどこうしていかにも人間らしくなったテミンを、このままただ僕のそばに置いておくだけでいいのか。
テミンは僕にはもったいないほど神聖で貴重な存在だと思う。
本当に彼は今のままで幸せだろうか?

テミンが時々僕のことを不安げに見つめるのを、僕自身も気づいていた。
だけどこの心の深い部分を、黒い感情を見せるのが怖くて、知らないふりをした。
一度さらけ出してしまえば、ぐずぐずに崩れてしまいそうで。
テミンにはただそばにいて笑って寄り添っていて欲しかった。
この葛藤を、僕はまだ整理できないままでいた。


「…ミノ!」
背後から呼ばれて振り向くと、二人の男が立っていた。
「あぁ、キボミ、ジョン」
唯一、街の子供の中で僕をいじめなかった二人。
特別仲良くするでもないけれど、昔から付かず離れずな関係だ。
「今テミンが街のやつらと歩いてったぞ」
「…テミンが?」
やっぱりあれはテミンだったのか。
「そう…どんな感じだった?」
「んー、別に楽しそうに話してたけど」
…そうか。
テミンなりに外の世界に繋がりを作っていたのかな。
僕にとってはあまり好きではないこの街や人も、もしかしたらテミンにとっては楽しくて、幸せなのかもしれない。
それならそれで、良いじゃないか。
僕に口を出す権利はない。

それに、どこかホッとする自分もいた。
テミンとゆう奇跡のような存在を僕だけが囲っているとゆう大それた重圧と、彼の自由になる権利を奪っているとゆう罪悪感が、少し軽くなった気がした。


博士に早く恩返ししなくちゃ。
そうすれば、今の僕のこの迷いも吹っ切れる気がしていた。
僕は二人と別れると、振り返らずに足早に街を後にした。


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