君の見る景色

□Act.1-2 期待
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博士が、ついにアンドロイドを完成させた。
今まで発表されたどんなものとも違う。
「それ」は、限りなくヒトに近く、けれどどこにも存在しないような、特別なものだと。

昔から家が隣だったオンユ博士の元へ、小さな頃から遊びにいってはたくさんの研究を見せてもらった。
幼い僕にはよくわからないものばかりだったけれど、小さな好奇心を満たすには十分で、博士が見せてくれる様々なものを目をキラキラさせて眺めていたものだ。

「それ」は、博士の生涯をかけた研究だと言った。
失敗すれば二度と同じものは作れないと。
何年もかけて実験を重ね、あちこちから素材をかき集め、博士は取り憑かれたようにそれに没頭していた。
あれほどこの分野では権威と呼ばれた博士が、他の研究や利益になるものを全て投げ捨てて始めたこの研究。
どうしてそこまでするのかはわからなかった。
けれど、少し大人になった僕は、アルバイトの合間に博士の研究室に入り浸っては、その経過をわくわくしながら見守った。


「それ」がついに完成したと聞いた。
僕は逸る気持ちを抑えつつ急いで研究室へ向かった。
勢いよく研究室の扉を開けると、いつもの穏やかな雰囲気を纏った博士が、呆れ顔で出迎えてくれた。
「まったく君は…もう少し静かに入ってこれないものかな」
…またやってしまった。
反省もそこそこに、いつもの場所で目を閉じて座っているはずの「それ」に目をやった。

ーーその瞬間。
僕は目を奪われた。
目を覚ました「それ」は、静かにそこに立っていた。
ブルーグレーの髪と、色素の薄い黒い瞳。
透き通るような白い肌と細い手足が、シャツから覗いていた。
纏う空気そのものが、僕らとはまるで違っているみたいに思えた。
「ーーきれい」
無意識に口からすべり出た。
なんて、きれいなんだろう。
この世のどこにも存在しないような存在が、目の前にいた。
あぁ、やっぱり博士は天才だった。
こんなきれいなものを作れるなんて。
まるで神様みたいだと、思った。

惚けて見つめるだけの僕を、「それ」もじっと見つめ返していた。
感情のない、静かな瞳で。
きゅっと結んだ淡い色の唇で。

我に返った僕は、慌てて話しかけた。
「とってもきれいだね…テミン」
博士が与えた、「それ」の名前。
僕もお気に入りの名前。
「…ミンホ」
当たり前のように僕の名前を呼び返す。
少し低くて柔らかい、僅かに甘さを含んだような声だった。
ーーもっと呼んでほしい。
そう思った。
「ヒョンて呼んでもいいよ」
明らかに僕よりは幼い見た目だ。
僕がヒョンでいいよね。
「ミノ…ヒョン?」
恐る恐るテミンが僕を呼ぶ。
そう、それでいい。
「さぁ、早速僕がこの世界のことを教えてあげるよ。おいで」
僕は手を差し出した。
黙って手を重ねるテミン。
ひやりとした、冷たい手だった。

僕が君に、この世界を教えてあげる。
安心してついてこれば良い。
ーーもう1人の、僕。
無垢な白い手を引いて、僕たちは無機質な研究室から一歩、外へ踏み出した。
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